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11.異端審問官『黄金姫』のヨルシカ ③

 ウィスパーは禍々しくも黒く大ぶりの鋏を、引き裂くように2つに分解し、双の短剣のように構えた。ヨルシカはそんな彼女に対する印象を「戯れに鋏を振るう者」から「濡れた刃を握った料理人」へと変化させた。


 しかしヨルシカの態度は変わらない。逃すつもりもなければ、殺される予感も感じていないようだ。


 その感覚は正しい。ウィスパーはもう、ヨルシカを仕留めることを諦めている。散々っぱら聞いていたヨルシカの力を、打ち倒せるなどという妄想は、最初の不意打ちが失敗した時点で打ち砕かれていたのだから。


 一撃でいい。少しの間だけでも、動きを止める。

 ウィスパーの目の前に、幾層もの魔法陣が浮かび上がった。ヨルシカの瞳はそれを映し出すと同時に、逆算を開始する。


 そんなことは百も承知。ウィスパーが仕掛けたのは速攻だった。演算が間に合わなくなるほどの手数を含めた乱撃。


嚥下針(ラルドン)】【跳び鎌(オリーブリーパー)】【数閃(アリュメット)】【摘筋(シズレ)】【円筒の幹(トロンソン)】【面取(トゥルネ)】【(サルピコン)


 加えて【切取線(パッチワーク)】に【裁断(エスパーダ)】、同時九層の総火力砲。

 出し惜しみなどしていられない。この女とはまともに対面してはいけない。そう考えた故のフルスロットル。


忙殺の厨房(セ・コンプレ)――」

「……単純な奴だ」


 影から溶け出すようにして現れた、どこか歪な刃物がウィスパーの周囲を舞い飛ぶ。


 それらは一斉にヨルシカへ矛先を向けると、ウィスパーの振りと同時に、神速とも呼べる速さで襲いかかる。僅か二拍の、息をもつかせぬ速攻の間隙。


 その二拍で、ヨルシカは逆算を殆ど終了していた。

 彼女にとっては、ウィスパーの全力など「たかが自動追尾の斬撃」という認識でしかない。手法は変われど、刻印の魔力でのマーキングは相変わらずだ。


 その一拍があれば十分だった。


 全ての斬撃は、決してヨルシカには届かない。


「……!」


 しかし、その中に不完全が混じっていたのは、ヨルシカの予想を超えていた。


 たった一撃だけ隠された、自動追尾ではない斬撃。自身の全開火力すら虚構(ブラフ)にした、ウィスパー渾身の騙し撃ち。


「【隠し包丁(アンシゼ)】ッ!」


 わざわざ「もう効かない魔法」まで含めて滅多撃ちにしたのはこの為だ。漏れ出す魔法の残滓を少しでも嗅ぎ分けられまいとする策は、多少なりともヨルシカにまで届いた。


 寸前で身を躱すも、左腕の切断に成功。ヨルシカにとって、その痛手は痛手ですらない。飼い犬に少し強めに噛まれた程度の些細な事故。

 しかし、重要なのは()()()()を突いたことだった。視線は一瞬、切り落とされた左腕に移る。


 同時に巻き起こる煙幕。それは切られたというより、ウィスパーの流れ弾に当たってもはや粉微塵にされた石造の道路によって巻き起こったものだった。

 撤退策にしては幾分博打の要素もあったが、ここまで計算通りのようだ。この機を逃すまいと、ウィスパーは軽業師も驚くような身のこなしで大きく後退する。


「……妙な魔女だ。最近は、妙な奴続きだ」


 そしてその、一度は成功したと思われた企みもまた、ヨルシカの「黄金」に容易く呑み込まれた。

 ウィスパーの周囲で、鎖が乱軌道を描いて飛び交う。一見隙間だらけのその結界は、しかし触れてみると透明な壁のようなものに覆われていて抜け出せない。


 その鎖と壁に触れた瞬間、電流のような衝撃がウィスパーの全身を駆け巡った。


「く……ぅッ……!?」

「普通、逃げる気ならば市民を巻き込んで逃げるよな。妙じゃない魔女ならそうする。あくまでも美男美女だけを狙うというのはポリシーか?」


 ヨルシカは既に仕込みを終えていたのだ。

 この魔法は、元を辿れば周辺住民に危害を加えさせまいとする予防線。

 それを逃げるウィスパーに転用するだけでも天才的な魔法の操作を求められるというのに。


「まあ、いずれもさせないが」

「(コイツ……逆算しながら、ここまで精密な複数の魔力操作を……ッ!)」

「鎖縛、雷鳴、金剛殻、追従、重力、不可視化といったところだな。このくらいあれば一般人は守れると踏んだのだが……少し過剰だったか?」


 既に左腕は服まで元通りに繋がっていた。格が違うし、桁が違う。天才は誤差を許さない。そして天才に、二度同じ手は通じない。魔女の機は絶たれたのだ。


 鎖に触れてしまったウィスパーの体感する自重は数倍に跳ね上がり、呼吸すら難しいほどの電流が全身を駆け回る。


「か……ふッ……!」

「死ぬなよ。注意はしてるが、貴様に合わせるだけの物差しの単位を持ち合わせていない。何度殺せば死ぬのかすら分からないからな」

「(一回殺せば……死ぬに決まってるじゃん……ッ……!)」


 辺り一面をドーム状に囲う無数の鎖に、ウィスパーは絶望していた。ここまで時間をかけてしまえば、もうヨルシカにウィスパーの魔法は欠片も通らない。

 放つ魔力はその身体を出た瞬間に逆算され、消失してしまう。魔法でこの鎖を切って脱出、という真似は出来ないだろう。

 電流や重力だって、「思うように体を動かせない」なんて言っていられるほど生易しくはない。指の一本も自由が利かない。激痛は思考も鈍らせ、それを激痛とも思えなくなってきた。

 自分が仰向けに倒れていることにも気が付けないほどの虚無感だった。


「(詰み、ね……あっけない人生……結局、私はどれだけの力があろうと、恵まれた時間を与えられようと……最期は幸せになんて、なれないんだ……)」


 何も感じなくなってきたウィスパーが見ることを許されたのは、鎖に阻まれた夜空。思い返せば、こうやって自由に空を仰ぐことも出来ないような人生だった。

 手の届かない月に向かって、ひたすらに背伸びし続けてしまった憐れなぶら下がり人形は、糸が切られてしまえば簡単に地に落ちる。


 流れ星が瞬いた。


「月に2度も魔女の処刑が開催できるのは稀だ。感謝するぞ、紳士服の魔女よ。貴様には血の検査も必要ない」

「……あ」

「……? 何だ……?」


 異端審問官ヨルシカ。

 彼女に理解出来ないものはない。


 ――最初に気付いたのは、空を仰ぎ見ていたウィスパーだった。予感は不自然な尾を持つ箒星。


「っ……!?」


 そしてヨルシカもそれに気付いた直後だった。


 この日の闇夜は、ゆうに昼間を超えるほどの目眩く輝きに包まれた。その光に温もりは無い。


 影すら照らし尽くすような狂気を帯びた眩ゆさに、灼熱地獄すら涼しく思える究極の熱。そしてエネルギー。


「ッ……この魔法は……!」


 ヨルシカは腕を前方に突き出すと、ウィスパーには到底逆算出来ない複雑な魔法陣を展開。持てる破壊力を出し尽くし、空中でその巨大隕石を粉々に吹き飛ばす。撃墜距離にしてみれば遥か彼方の衝撃だったが、周囲の民家の窓は全て砕け割れた。


 そんな街中に響き渡りそうな轟音と光の中から、あろうことが一人の少女が舞い降りる。


 何処から来たのか。どうやって来たのか。全てが観測不能。


 その少女はウィスパーを閉じ込めていた鎖を、「ふっ」と吹きかけた吐息のみで跡形もなく粉砕すると、彼女の横へ降り立つ。

 倒れるウィスパーを覗き込む瞳には、夜空が宿っていた。


 黄金姫のヨルシカ。

 彼女に掌握できないものはない。


 ――たった2つを除いては。


「やあ、息災かい」

「先……生……?」


 その少女にとって、既存の常識など灰塵に等しい。ヨルシカが完璧な超人だとするならば、彼女は骨の髄まで型破りな狂人。

 ヨルシカがこの世でただ1人、恐れ、戸惑い、掌握不能としている女。未だヨルシカが論理的に理解できない「宇宙」と「不完全」……その2つの魔力だけを持った、魔女の主犯。


「こんな真似が出来るのは貴様だけだろうと思ったよ、『遊星』の魔女……フレデリカ」

「やあ、ヨルシカくん。君も息災かい」

「もし民衆に被害が出たら……いや、あの威力だぞ。この街を焦土にする気か」

「まあそうカッカしないで。君を信用してるからだよ。しっかり空中で跡形もなく吹き飛ばせたじゃないか」

「……まあ、それはいい」


「(いいワケあるか)」


 ウィスパーの身体は動かなかったが、2人の常識外れな会話のせいか不思議と意識は失っていなかった。もはや正しさすら疑いたいような両名のブッ飛んだ価値観に至極正論なツッコミを入れる。


「問題なのは、何故貴様がこうやって出しゃばってきたのかということだ。ここ10年は殆ど目撃例の無かった貴様がな」


 「それはいい」と言ったが、ヨルシカはようやく姿を現した『遊星』の魔女をみすみす逃がすつもりはないようだ。フレデリカの胸中を暴きつつ、この場所に引き留めようとしていた。


 しかし、この世に人の心を読むことが出来る魔法はない。類似したものはあるが、それは別の要素から心理を推測する程度のものに過ぎず、直接的に心を読んではいないのだ。「絶対的に正しい」と言えるような、他者の心中を察する魔法は存在しない。


「この子は少し特別な教え子でね。今はまだ死ぬべきじゃないと思った。だから今回は助けたんだ。……まだやるかい? 私たちがぶつかるには、この遊星は狭過ぎると思うんだけど」


 そんなヨルシカの態度に、フレデリカは余りにも堂々としていた。思考を敏感に感じ取ろうとするヨルシカに、敢えて何も隠そうとしない大立ち回り。それはもはや、()()()()()()()()に等しい。


「……」

「私は構わないよ。君がこの子を殺したら、私は君の恭順するこの国を殺すだけ。オシャレに月でも堕とそうか」


 そう言って空に指を向けると、雲間から覗いた月が明確に大きくなるように見えた。


「冗談……ではないか。貴様なら簡単だろう」

「なーんてね」


 フレデリカは軽いジョークを言った後のように笑って指を引っ込めた。すると月は再び同じ大きさへと戻る。


「ま、それでも君は生き残りそうだね。本当に面倒な奴だよ。いくら叩いても湧いて出る」

「……今日は退く。その魔女に言い聞かせておけ。また会ったら、次は確実に仕留めると」

「それだったら仕方ないねぇ。私もこの子に『次』を用意するつもりはないけど」


 別次元の2人が別れるのを見届け、緊張の糸が途切れたウィスパーはようやく意識を失うことができた。

面白いと思って頂いた方にはブックマーク・評価・感想などがおすすめです。わたくし、クッソ励みになりますわよ!

あと、このお話って異能バトルものでしたっけ? バッドエンドが透けて見えそうな恋愛譚4割、やたら重い日常6割とかだった気が……編集部の血迷った意向に逆らえない漫画家かな?

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