10.異端審問官『黄金姫』のヨルシカ ②
「危なっかしい小娘じゃの。ヨルシカ相手にあそこまで啖呵を切るとは……目を付けられても知らんぞ?」
「どうしてかしらね。色々言ってやりたい奴だったのよ。フレデリカ先生の最大の敵なのに」
「む? あっははは! これは面白い偶然じゃ! 儂もフレデリカに魔女の手解きを受けた身でのぅ!」
「……貴女が? 先生の目は曇っちゃったのかしらね」
「フレデリカのことは嫌いではない。もちろんお主もな」
「私は大嫌いよ、貴女みたいなJerkass」
「汚い言葉遣いは関心せんのぅ。いやはや、しかし色々と合点がいったというか……」
「はぁ? イミフメー」
私はヨルシカの皿を片付け終え、魔女の姿に戻ったサンサーラとの大嫌いな会話を早めに済ませたいと思っていた。
今日ほどここが人気店でないことを恨んだ日はない。繁盛していれば、この性格最悪な奴もずっと猫の姿で愛想を振り撒いていただろうに。
「ヨルシカの顔見たか? お主のこと、心底気持ち悪がっておったわ……フフフッ。自分が性的に見られてるのではないかと吐き気を催していた」
「……私が好きなのは1人だけよ」
「だとしてもじゃよ。お主の景色はお主にしか判らん。たとえ聖人君子であろうと、お主が純愛だと思っとるそれは、気色悪い劣情に見える」
えずくようなジェスチャーをしながら、お馴染みの腐った笑顔で私を抉ろうと言葉を発する『否定』の魔女の台詞に、私は度々自己嫌悪を起こすようになっていた。
気に留めてはいけない言葉の奥底を考え始め、やってはいけない自己解釈を済ませてしまう。
この女の目的は、きっとそうではない。
単純に、人を否定するのが面白いんだ。正気の沙汰ではないが、それだけの為に魔女である私をおちょくっている。
これが「生きがい」と語ったのも嘘ではないのかもしれない。
『否定』の魔女が抱える願いは想像できる。永劫、誰かを否定して傷付けたいが為に「輪廻」と「変身」の魔法を身に付けたに違いない。
「……」
「んん? 反駁を加える気はないか? ならばこれは事実じゃよ。ほれ、飲み込め」
そして私が何も言えなくなると、サンサーラも笑顔で黙る。決して畳みかけないのは、この女が感情的ではないことを印象付けるのだ。
私はそれが、痛くて堪らない。
「……気分が悪いわ。今日は帰って」
「帰る家が無いんじゃが」
「出てけ」
「おお怖」
おどけた態度で店を出るサンサーラに一瞥もくれてやらず、私は卓に突っ伏した。
あの処刑から、既に1週間が経とうとしていた。マーシレスは店に来ていない。
最長記録だ。前に禁煙している客が話しているのを聞いたが、煙草を止めると、数日間は頭の奥がぼーっとするらしい。
それに似た感覚なのかな、などと考えていると、腹の奥で何かが沸き立ってくるのを感じた。
……苦い。降り掛かる現実が苦く、重い。
気持ち悪い。私自身が気持ち悪い。
「っ……ぅ……ぉぇッ……」
泣き方なんて忘れてしまった。代わりに、胃の中を何かが押しのけるように蠢いて、戻しそうになる。
――どうしてなの? どうして私は、私なの?
私の体は勝手に動いていた。
店を早めに閉めると、裏手にある自分の部屋へと籠る。
チープな化粧品を棚から取り出した。
僕はこの不健康な顔色を直さなくちゃ。明日、マーシレスが来てもいいように。好きな人には、良い顔を見せたいんだ。
◆
ヨルシカはプライベートの日にも関わらず、街の見回りのため夜の中を進んでいた。
少し考えたかったのだ。あのレフトピアスという小さな喫茶店の店主の言葉について。
端的に言えば、それは自らの黄金比の中に混じってしまった要素を噛み砕く作業でしかないのだが、あの言葉からは、揺るぎなかった自らの「規律」を丸ごと崩してしまいそうな力を感じていた。
しかし、まるで自分が魔女であると自白するような店主の口ぶりは、逆にヨルシカをその真実から遠ざけていた。
ヨルシカは魔女とまともに対話した事がない。魔女の誰もが彼女を恐れて口を噤むか、或いは対話する前に「事が済んで」いたのだ。
奇跡的に触れられていなかった場所にようやく触れたのだと気付くのには時間がかかりそうである。
魔女が異端だということに確信めいたものを持っていたが、その理由が分からなかった。初めてそのような「魔女の源泉」に触れた彼女は、それと魔女を結びつけることが出来なかったのだ。
「(不可思議な人だった……一生理解し合えぬような、それでも正体不明の親近感を感じるような……いや、しかしアレは間違ってる。男女の沙汰が崩れ去ることは、どの時代でも無かった。あの店主は、少々疲れ過ぎているのやもしれん。彼女には神官ギルドでのカウンセリングでも斡旋して――)」
ふと、ヨルシカは鉄の匂いを感じ取った。初夏の湿った風に乗り、彼女の鼻を掠めるその臭気は異常事態を知らせる。
一旦思考を休め、夜の中を足早に歩むと、彼女はすぐに匂いの根源を探り当てた。
「(男女の切断遺体……! あれほど夜間外出の注意喚起を我々が出したというのに……)」
巷を騒がせる魔女は何人か居る。そしてその心当たりの中から、ヨルシカは簡単に犯人を絞り出した。
「近頃噂になっている紳士服の魔女か」
流れ落ちた血液や金属の匂いを辿り、ヨルシカは魔女の痕跡を追い始める。
魔女の行動様式は経験から理解していた。連中は身元を特定されないよう、血液を洗い流すために水場へと赴く。
この近くで手頃な水場というと、噴水広場だ。ヨルシカは当たりをつけて、人の気配を感じない噴水広場へと足を運んだ。
その場所は接近するごとに、匂い立つ金属臭は強くなっていく。ヨルシカの足音だけが響く夜の中で、その臭気だけが魔女に接近していることを理解させる。
――刹那、ヨルシカの胴体に横一文字の切取線が走った。
「……僕も運が無いね。草木も眠る頃合いに、『黄金姫』のヨルシカと相見えるなんて、どんな偶然だろう」
闇夜の静寂を、文字通り切り裂くようにして、その魔女は現れた。
『継接』の魔女ウィスパー・マーキュリー。加速度的に狂気を蓄え、今や彼女の魔法は研ぎ澄まされている。
ヨルシカの対面に立つ時、既に彼女は切取線を無数に仕掛けていた。
「その中性的な声も情報通りだな」
「……へえ。僕が鋏を閉じれば、貴女は死ぬんだよ? それなのに、どうしてそんな余裕の顔をしているの?」
「試してみるか、魔女」
「【裁断】」
ウィスパーは挑発に乗ったという訳でもなく、ただあるがままの延長として、手に持つ禍々しい鋏を閉じた。
不可視不可避の斬撃が、切取線に沿ってヨルシカの全身をくまなく切り刻む……はずだった。
「三拍子の魔法か。確かに強力無比。これなら街すら切り裂ける」
「……貴女、本当に同じ人間?」
「貴様は魔女だろう。私が人間だ」
空気は鋭利に切れていた。しかし、ウィスパーの魔法はヨルシカまで届いていない。「反対の性質」で掻き消されたのだ。
――ヨルシカ曰く、魔法とは情報集積体である。
魔力を魔法として変換して発動する際、術者は一定の法則に基づいたコーディングを行う。
ヨルシカは魔女が魔法を発動する際に漏れ出すそのコードを解析し、逆の性質を持つ魔力を創り出すことで、魔法を打ち消している。彼女に魔法が届く直前、何も起こらなかったことにして無効化しているのだ。
通常、魔法には火・水・木・金・土の五属性がある。しかし魔女の魔法は特異で、そこに属性がない。
本来魔法を逆算する際は属性を足掛かりにし、属性を緩和する抗魔法をぶつけることで威力を抑制するのがセオリーなのだが、魔女の魔法はその壁を突き破る「無属性」であり、検討すべき要素が多すぎるという点で逆算が使えない。
しかしヨルシカは、頭抜けた数的処理能力に裏打ちされた直感で、魔女の魔法を逆算して感覚的に無効化してしまう。
俗っぽい言葉にはなるが、要するにヨルシカは「自分でも説明がつかないほどの情報処理能力を持った天才」なのだ。
これは言うなれば数万にも及ぶ試行を瞬時に暗算するほどの頭脳であり、それを感覚的に実行するというのは、「天賦の才」としか表現しようがない。
そして逆算が出来るということは――
「【切取線】」
「ッ……!」
当然、再現も可能。
現在ヨルシカが再現可能な魔力の性質の数、おおよそ12万種。
火の魔力、水の魔力、木の魔力、金の魔力、土の魔力、陽光の魔力、月光の魔力、剣戟の魔力、双眸の魔力、身体強化の魔力、精神耐性の魔力、封印の魔力、飽食の魔力、磔の魔力、業の魔力、情報の魔力、再生の魔力、道具師の魔力、精霊の魔力、変貌の魔力、融解の魔力、凝固の魔力、鍛治の魔力、鑑定の魔力、精製の魔力、美食の魔力、噴煙の魔力、殴打の魔力、反射の魔力、刺突の魔力、収納の魔力、騎馬の魔力、怒張の魔力、生体音の魔力、彫刻の魔力、絶対防御の魔力、弩の魔力、看破の魔力、幸運の魔力、竜化の魔力、創造の魔力、破壊の魔力、賢人の魔力、青銅の魔力、銀弾の魔力、抗生の魔力、病理の魔力、残心の魔力、無何有の魔力、荒波の魔力、属性避けの魔力、第六感の魔力、蟲の魔力、劇毒の魔力、扇動の魔力、粘菌の魔力、呪詛の魔力、重力の魔力、砲の魔力、道化の魔力、棄眠の魔力、棄食の魔力、充満の魔力、拷問の魔力、数理の魔力、言語理解の魔力、流転の魔力、蚕食の魔力、霞の魔力、教導の魔力、複製の魔力、操作の魔力、支配の魔力、戦争王の魔力……エトセトラエトセトラ。
名の付くもの全てを自らの均整の中に落とし込んでしまう、圧倒的な魔法使い。
2つの魔力を持つだけでも一流とされるこの世界において、存在するだけで力関係を狂わせる、稀代の黄金姫。
それが異端審問官ヨルシカ。
……彼女に弱点があるとすれば、それは「完璧」にしかなれないということ。
レフトピアスに「個人」ではなく「仕事」でやって来ていたのならば、彼女は看破の魔力などでウィスパーたちの正体を見破っていただろう。
自分の目的を確実に達成できる力しか、決して彼女は出すことはない。
客ならば客として。処刑人ならば処刑人として。異端審問官ならば異端審問官として。
それはある種、自身の必要以上に世界を変えないようにする、ヨルシカに備わった本能だろう。
「【反刻印】ッ!」
「【裁断】」
ウィスパーが使用したのは、自身の魔法に対する「抗魔法」だった。彼女の【切取線】と【裁断】は目視からマーキング、そして自動追尾の三つの要素から成立している。
ヨルシカはこれを「三拍子」と呼んだが、言い得て妙。相手の身体に刻印した位置情報に、不可避の斬撃を飛ばす魔法である。
しかしウィスパーは、ヨルシカが用いた『刻印』の魔力を解除する魔法を用意してあった。結果、ヨルシカの使う【裁断】は位置を見失い、狙いが逸れる。
それはウィスパーの背後にあった広場の噴水を切断した。水すらも一瞬切れるほどの切れ味だ。
周囲に水飛沫が舞い、真っ二つに壊れた噴水から漏れた水がウィスパーの足元を濡らす。
「殺し合いには慣れてるな、魔女」
「(ははっ……分かってはいたけど、ヨルシカを仕留めるのは無理だなぁ〜。何とかして、逃げる隙をって感じ?)」
ヨルシカは皆さんお待ちかねのチートキャラです。お前らこれが欲しいんやろ! というように、最強に極振りしました。戦闘がメインの小説ではないですので、登場の塩梅が難しいですね。
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