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勇者の流儀 〜もう遅い? 言われなくても分かってる。追放する者の覚悟と決意〜

作者: 児玉 金児


「ポール、おまえはもう要らねえ。抜けろ」


 とある酒場のテーブルで、いかにも勇者っぽい男はそう言い放った。

 彼の名前はアルス。勇者を自称する顔の整った青年である。


「なっ……なに言ってんだよアルス! 俺が何したって言うんだ!」


 ウィッチローブに身を包んだ青年――魔法使いのポールは声を荒らげた。

 無理もない。苦楽を共にしたパーティーだ。そう簡単には受け入れられないだろう。


「新しい魔法使いが見つかったんだよ。おまえより強くて低賃金の奴がな。だから消えろ」

「な、なら給料を減らしてもらっていい! 何なら食事だって! だから――」


 ポールはそこまで言い掛けると、チラりと女性陣に視線を向けた。

 ポニーテールの女性とボブカットの少女は、冷ややかな視線を返している。


「ポール、アンタしつこいよ。アルスの決定は絶対なんだから、とっとと抜けたら?」

「ほんとだよねー。魔王退治は遊びじゃないんだよ?」

「っ……!」


 戦士のアンナが突き放すと、僧侶のヘレンも同意するように続いた。

 その瞬間、ポールは唐突に立ち上がる。彼は悔しそうな表情を浮かべながら、夜の街へと走り去ってしまった。


 その光景は、どこにでもある普通のパーティー追放だった。

 しかし――取材班は見逃さなかった。ポールが走り去るその瞬間、アルスの表情が曇ったのを。


 何故、彼は表情を曇らせたのだろうか。

 そして何故、勇者(彼ら)は「追放」という決断をするのだろうか――。

 その真相を知る為に、取材班は一人の男を追った。





『勇者の流儀 〜もう遅い? 言われなくても分かってる。追放する者の覚悟と決意〜』





 翌朝、取材班は勇者ご一行が宿泊する宿を訪れた。

 アルス氏は朝の体操を行っている。取材班が声を掛けると「取材内容の公開は世界が平和になってから」という事を条件に、取材に応じてくれた。



――なぜ、勇者は「追放」をするのか。



「シンプルにパーティーを強くする為ですね。弱い人を解雇して強い人を歓迎する。それが魔王討伐の近道だと思うんですよ」


 アルス氏は淡々とそう語った。

 あまりにも非情な返答。しかし――ここで取材班は一つの疑問に直面した。

 メンバーを追加していく、或いは補欠として追放を保留にする事はできないのだろうか。


「無理だと思います。雇用費、生活費、装備費……これらは全て勇者の負担です。人数が多いと連携が取り辛くなりますし、メンバーの管理も難しくなります。そして3人につき1人のヒーラーが必要になるので、どうしても4人という人数に落ち着いてしまうんですよね」


 アルス氏はそう言って苦笑いを浮かべる。

 確かに勇者という職業は過酷だ。100ゴールドを片手に世界を救う事を強いられ、宿屋や武具屋からは定価でゴールドを取られる。

 また、常にメンバーの状態を把握する必要がある他、時には隠密な活動を強いられる事もある。

 そう考えたら、大人数の管理は厳しいのかもしれない。


 しかし――ここで気になるのが、メンバーに対しての「情」である。

 情を優先して成長を待つ、或いは追放するにしても優しい言葉を選ぶ事はできないのだろうか。


「魔王討伐って遊びじゃないんですよ。みんな命掛けでやっていて、その命はリーダーの僕が預かってるんです。情で弱い仲間を庇って、他の仲間が命を落とすなんて事があったら、それこそ勇者失格だと思うんですよね」


 アルス氏は「僕も死にたくありませんしね」と冗談交じりに言葉を続けた。


「それに――昨日のポールもそうだったんですけど、追放を宣告すると必ず食い下がってくるんです。だから厳しい言葉で突き放さないと、相手が未練を残してしまうんですよ」


 そう語ったアルス氏は、少しだけ辛そうな表情をしていた。

 ようやく表情を曇らせた理由が見えてきた。やはり勇者にも「情」はあるのだろうか。



 暫くの間、取材班は勇者ご一行に同行させて貰う事になった。

 3日もしない内に新メンバーのヨーダも合流。魔法使いとは思えない程、異様に肩幅の広い中年の男だった。


 そしてある日、その事件は起こる。

 新規加入のヨーダはあまりにも強く、アルス達はSS級モンスター「ラクーンバッファロー」をいとも簡単に倒してしまったのだ。


「すげえなおまえ! 前は1時間くらい掛かったのに!」

「おまえ……? 不適切な呼び方だな」

「わ、悪いヨーダ。つい癖で……」

「ヨーダくんは礼儀正しいんだね。素敵だなぁー」


 アルス氏、ヨーダ、ヘレンは喜びを分かち合っている。

 そんな中、ポニーテールの戦士――アンナだけが、項垂れながら複雑な表情を浮かべていた。


 その日の深夜、ふと取材班が目を覚ますと、テントの外から話し声が聞こえた。

 物音を立てぬよう、静かにテントの外を覗く。すると、アルス氏とアンナが言葉を交わしていた。


「なぁアルス。次はあたしなんだろ……?」


 アンナは瞳に涙を浮かべながら言葉を振り絞る。

 彼女は気付いてしまったのだ。もし次の追放があるとしたら、次は自分の番である事を――。


「……」


 アルス氏は言葉に詰まっている。

 まだ追放は決まった訳ではない。故に、厳しい言葉で突き放せないのだろう。


「言われなくてもわかってる。今までそうしてきたんだもん。その時が来たら、あたしも受け入れるよ。だから――」


 アンナは涙を拭いながら言葉を続ける。


「追放する時、あんまりキツく言わないで欲しいな。だって……好きな人に拒絶されるのは辛いから……」


 そう語ると、アンナはアルス氏にしがみついた。

 アルス氏はそっと抱き締める。彼女は長い冒険の中で、アルス氏に惚れてしまったのだろう。


「……こんな所じゃ風邪引くぞ」

「いい。大丈夫」


 二人はそう言葉を交して服を脱ごうとした。

 これ以上の収録を行うと、ゴールデンタイムでの放送が難しくなる。

 そう思った取材班は、そっとカメラを止めて、その行く末を見守った。



 翌朝、勇者ご一行は何事も無かったかのように冒険を再開した。

 恐らく、あと2日もすればタイサマ王国の領地に入る。この国は、魔王が居城を構えるマングー帝国の隣であり、世界屈指の強者達が揃っていると聞いた。

 恐らく、この国でも追放が告げられるのだろう。


 アルス氏が一人になった隙に、取材班は再びインタビューを試みた。



――また「追放」するんですか?



「……あると思います。この先は更にモンスターが強くなりますし、アンナはついてこれないと思うので」


 そう語るアルス氏に、取材班は思わず戦慄してしまった。

 アルス氏に好意を抱き、あまつさえ体を交わしたアンナを、彼は追放しようとしているのだ。


 あまりにも非情な決断。

 血も涙もないというのは、この事を言うのだろう。

 しかし――次の瞬間、アルス氏は苦悶の表情を浮かべた。


「僕だって辛いですよ。けど、魔王討伐は遊びじゃないんです。僕はメンバーの命を預かってます。ヘレンとヨーダ、そしてアンナもです。私情でアンナを連れ回して、彼女が命を落とすなんて事があったら、絶対にいけないんですよ」


 そう語るアルス氏を前に、取材班は思わず沈黙してしまった。

 魔王討伐は遊びではない。パーティーメンバーの命が掛かっていて、一度失った命はもう戻らない。

 それは追放の対象者も同じで、彼らを私情で戦場に立たせてはいけないのだ。


 やはり勇者にも「情」はある。取材班はそう確信し始めていた。

 一方、アルス氏は一人の青年を遠巻きに眺めている。ローブ姿の青年――かつて追放した魔法使い・ポールだ。


 彼は、いかにも男に都合が良さそうな獣人の娘と共に、SS級モンスター「ラクーンバッファロー」を制圧していた。

 恐らく、色々あって真の力に目覚めて、無双モードに入っているのだろう。

 そこで取材班は、一つの質問を投げ掛けてみた。



――彼を追放した事に後悔はないのか。



「今更後悔した所で"もう遅い"ってやつですよね、知ってますよ。けど僕のパーティーにいた所で、その能力は覚醒しなかったと思いますし、最悪死んでいたかもしれません。なので後悔はないです」


 アルス氏は呆れ気味に語ると、そのまま言葉を続ける。


「それに僕の最終目標って、魔王にトドメを刺す事じゃなくて、世界を平和にする事なんですよ。だから魔王を倒すのが必ずしも僕である必要はないんです。彼が魔王を倒して平和になるなら、それもまた世界が望んだ形の一つです。それでも良いと思っています」


 アルス氏は「勿論、報酬もあるので負けるつもりはないですけどね」と冗談交じりに付け加えた。

 今や異世界の流行語である「もう遅い」という言葉。その実態は、追放する側にも自覚はある物だと実感できる一幕だった。


 思っていたよりも過酷で華がない。

 パーティー追放の実情を通じて、勇者という職業の実態も掴めてきた。

 そこで取材班は、今までとは少し趣旨を変えて、お決まりの質問を投げ掛けてみた。



――現役勇者にとって「勇者」とは何か。



「僕も最初は勇者って、もっと格好良くて皆に慕われる英雄だと思ってたんですよ。苦楽を共にした仲間と魔王を制圧して、色んな人から感謝される。そんな未来を描いてました」


 アルス氏はBGMのProgressと共に語りだした。


「けど現実は違いました。なけなしの金銭を管理して、命の危機に晒されながら次の街を目指す。そんな地味で過酷な日常の繰り返しで、時には人の恨みを買うことだってあるんです」


「けど後悔はしてないです。それで世界が平和になるなら、僕はどんな手だって使います。勝手にタンスは漁るし、罪の無い銀色で液状のモンスターだって虐殺します。そして何度でも仲間を追放しますよ」


「僕にとっての勇者って、始めた頃は漠然とした英雄でしかなかったです。けど今なら勇者が何か分かります」


「勇敢な者、或いは勇気ある者と書いて勇者。その勇気や勇敢さって言うのは、ストイックに魔王討伐に向き合って、色んな人に非情になって、嫌われても前を向ける事なんだと気付きました」


 そう語るアルス氏の表情は、清々しいほど爽やかだった。

 彼が語った勇気と勇敢。その内容は、世界平和の為なら自分が悪役になる、と言わんばかりの内容だった。


 アルス氏は語り終えると、取材班に背中を向けた。

 長かった密着生活も終わる。そう思った取材班は、最後の質問を投げ掛けた。



――仲間達に対して「情」はあるのか。



「あります。ヘレンやヨーダは勿論、アンナにもポールにもあります。だから僕は追放した人達の分まで戦って、世界を平和にしたいと思います」


 アルス氏はそう言って、パーティーメンバーの待つ所に向かっていった。

 今や異世界の日常となった、パーティー追放と「もう遅い」という言葉。

 しかし――実は「もう遅い」なんて事はなく、平和になった先の世界で和解できるのかもしれない。

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