樽と酒場とジョッキ
僕が周囲を見回してキョロキョロしていると、樽工房の親方は手に何かを持ってすぐに戻ってきた。
そしてそれを僕の前に突き出す。
「こいつは樽とおんなじ作り方してるジョッキだ。面白半分で作って知り合いの酒場にやったら、その酒場で人気になっちまってなあ。今じゃあ樽より人気だ」
「これって……」
前にいた世界の創作物に出てきそうなジョッキに僕は思わず目を見開いた。
前の世界のいわゆるファンタジーとかいうジャンルの酒屋で、恰幅のいい冒険者たちが大声で話しながら豪快に酒を飲む、その時に使っていそうなものだ。
その実物、イメージされた再現物をこの手にとる機会が来るとは思わなかった。
僕がちょっと心をときめかせながらジョッキを受け取って眺めまわしていると、親方はそんな僕の反応を楽しそうに見ながら言った。
「まあ、水筒より面が広いから、当然これじゃあ使えねぇ。それに樽みたいに注ぐとこがいんだろ?」
「あ、そうです」
浮かれていた僕が慌てながらも現実に冷静に返事をすると、親方はうなずいた。
「んじゃあ、こいつを基準に考えていくぞ。まず取っ手はいらねぇだろうからはずすか。樽が欲しいんだもんなあ」
そう言った親方は僕が持っているジョッキを指でコツンと弾いた。
僕はびっくりして落とさないよう、ジョッキをしっかりと握ってから、思ったことを口にした。
「そういえばこの取っ手って、後から付けてるんですか?」
「ああ。基本はちっこい樽だ。それ作ってから割ったり貫通して中身が出ないとこまで金具を刺し込んでるだけだからな。だからといって中身入れて持ち上げたら落ちましたってんじゃあダメだろ?だからジョッキ作るのは手のとこ付けるのが一番難しいって、弟子たちは言ってるな」
僕はとってに手を通したまま片手で持ち、釣ったような形にしたりして取っ手に負荷をかけてみた。
確かにぐらついたりしないし、しっかりくっついている。
今、中身は入っていないけれど、これなら飲み物を入れても問題ないだろう。
「これって先に金具を刺した板で作るのは無理なんですか?」
樽が完成してから取っ手を付けるより、最初から板に取っ手を付けておけば、穴が空いて廃棄になるリスクは低い。
失敗したら取っ手を付ける板の部分だけ取り換えればいいのではないか。
僕がそう提案すると、親方はニマッと笑ってそれを否定した。
「ああ、そりゃあ無理だ。樽の金具の位置を見な。この輪っか、出っ張りがあったら通らねぇだろ?樽ってのは木をこの輪っかん中に縦に入れてって内側から締めて作るんだ。だから余計なでっぱりがあると締まらねぇでバラけちまうんだな」
僕は知らなかったが、樽というのは外側の金属の輪が先にあり、その中に木材を差し込んで作るもので、木材をくっつけてから金属を巻きつけるのではないらしい。
だから樽のサイズはこの金属の大きさで決まるのだという。
だから樽がダメになるまで同じ樽をリサイクルするし、木材がダメになっても金属は使えるので、古い樽があれば回収、修理か木材を外して新しい樽を作るかは状態を見て決めている。
もちろん金属の輪を発注することは可能だが、樽とジョッキ以外のサイズの物は特注になる。
そしてこの金属というのは、外から取り寄せているものなので、なかなか手に入らない。
加工できる職人はこの街にいるけれど、特注にするのなら加工するための金属を職人に取り寄せてもらうか、古い金属を持ち込む必要があるという。
ちなみに工具も新品を作る時は同じ手順だと教えてくれた。
「そうなんですね。樽の作り方って全然知らなくて。すみません」
職人がそう作るのが最善と判断して作業しているのに、つい思いつきで余計なことを言ってしまった。
僕が謝罪すると、親方はそれを笑い飛ばしてくれた。
「謝ることでもねぇし、むしろちゃんと自分で考えんのは悪いことじゃねぇ。最近のは言われたことやるだけのが多いからつまらねぇってのが、話題に上がることが多かったんだ。だからお前んとこの親方の話はおもしれぇ。そしてお前と話してみりゃあ納得だ」
僕は緊張しながら慎重に言葉を選んでいるのに、この親方は僕と話すのが楽しいらしく、次々とジョッキの改造計画を聞いてくる。
「で、もっと細長くだったな」
「はい。本当は人が一人中に入れたら掃除もできると思ってたんですけど、洗い流せるのなら……」
最悪入れなくても仕方がない、僕がそう言いかけたところで、親方は言った。
「そうだな。樽と違って手を突っ込んで届く高さじゃねぇしな。普通に考えりゃ、あそこの樽より少し大きいくらいになるが、それだと幅が足りねぇんじゃねぇか?今は子供だからいいけど大人になっても入れなきゃならんだろ?」
「そうですね……」
今の僕なら親方の指した樽にすっぽりと収まるし、少しくらいなら動けそうだ。
そのまま蓋をされて運び出されても気が付かれないだろう。
そのくらいのゆとりはありそうだ。
ただそれは僕が子供だからで、大人になったら入るのが精一杯。
体型によってはつっかえるに違いない。
周囲にいる大人のサイズを考えると、僕が成長した時、掃除のために身動きを取るなど無理だし、入るのが目的ではないのだから、どうせなら少し大きくなっても掃除できる幅の物にした方が良いのかもしれない。
僕が迷っていると親方はすぐに折衝案を出してきた。
「まぁでも、水筒やこいつよりは小さくして問題ねぇだろ。トイレの個室の広さの半分ってとこが妥当だろうが」
僕はそう言われてトイレのパーツと家のトイレのことを思い浮かべた。
トイレは階段半分、座るところ半分くらいの割合だ。
ちなみに僕の水筒のサイズはトイレのパーツの床面積にすっぽりと収まるくらいの大きさで、コップよりもジョッキの幅に近い。
トイレは長方形なので、実際にはめこんだら先が少し余るだろうが、横幅を考えただけでかなり大きいものになることが分かる。
そう考えたら、その半分でも少し大きいというサイズ感も理解できるし、今提案されているサイズが、家の設置に許容できる一番大きなサイズになるだろうということも理解できる。
ここへきてようやく模型を作る時のポイントを一つ掴みかけた気分だ。
「確かにトイレの半分のスペースがあれば人も入れますし、窮屈かもしれませんが、大人でもしゃがんで底を掃除することができると思います」
「だろ?」
とてもいい案だと僕が同意すると、親方は満足げに笑う。
そこに僕は次の要望を突きつけた。
「それでそこに雨水が貯まるようにしたいので、上を開けたいんです。本当はゴミが混ざらないようにしたいんですけど、中に入って掃除をすることを考えたらジョッキみたいに開いていないと入れないですし」
入れないのなら下の穴から全ての水を流すことで濯いだとみなすしかないと諦めかけていたが、中に入れるのなら蓋の方を諦めるべきかもしれない。
僕がダメ元で親方にそう言うと、さすがの親方もすぐに良案は思い浮かばなかったらしい。
「そうか。飲み水貯めるんだったらゴミ入っちゃあダメだな。けど蓋しちまったら、中には入れねぇな。仮にこいつにここで取り外せる蓋をつけたとしても、家につけたら重すぎて蓋そのものを動かすのが無理だ。大人数人がかりで持ち上げることになるが、高さがある上に足場がねぇ。上から水を貯める、掃除優先ってんだったらしっかりした蓋はできねぇと思った方がいいな」
蓋をして口を小さくしたとしても水を流す以上、ゴミを全く入れない方法はない。
それならば衛生面を考えて掃除できる方がいいだろう。
それは僕も同意できる内容だった。
「そうですよね……」
「まぁ、後から付けられるもんとか必要なもんは何とかなる。まずはそのサイズの樽を作るのが先だろうな。これはもう受注ってことでいいのか?」
親方に尋ねられ、はいと言いかけて僕はギリギリのところで思いとどまった。
勢いで返事をして話を進めてはだめだ。
確かに僕の家のことだけど、その家造りの発注先はうちの工房なのだ。
勝手に購入することを決めて、使えないものができたら無駄遣いになってしまう。
それに適正価格だってわからない。
価格に関しても一度持ち帰って確認してからにするのが正解だろう。
「あ、えっと……親方を通して連絡します」
僕がおどおどしながらそう言うと、親方はまた面白いヤツだと言って笑った。
「おう、そうか。ちゃっかりしてんなぁ……。まぁ、とりあえず何作るかは分かった。そっちの親方によろしくな。仕様の相談に乗ったんだ。他に話を持ち込むのはナシだぜ?」
「はい。親方にもそう伝えます。今日はありがとうございました」
僕は最後にきちんとお礼を言って樽工房を出た。
竹の水筒も気に入ったけど、今日見せてもらったジョッキもよかった。
もし僕にお金の余裕ができたら、お酒は飲まないけどジョッキを使って何かを飲みたい。
僕は密かにそんなことを考えながら帰宅するのだった。




