樽の仕組み
家が貧乏な上、両親が酒に溺れる性格ではなかったため、この世界にお酒があることに気付かなかった。
それに僕自身、前の世界でも酒を飲むことは滅多になく、引きこもりなので外食も必要最小限しかしておらず、当然、皆の気が大きくなって人に絡まれやすい酒場など近付く事もなかった。
だから酒という飲み物について考えが及ばなかった。
正確にはお酒を樽で保管しているということに気が付かなかった、だ。
けれど言われてみれば樽なら容器から汲み上げるより仕組みは単純。
側面に付いている栓を抜いたら水が出て、塞いだら止まる。
それだけだ。
井戸のように汲み上げなければとか、水道のように流れる仕組みを作らなければとか、タンクというものについて難しく考えすぎて、樽の仕組みは完全に盲点だった。
親方から樽の話を聞いた僕は、改めて樽というものについて考えてみることにした。
樽や桶は木製。
作り方はこの世界に樽が存在するなら調べられるはず。
あとはどうやって洗い場に水が流れるようにするか。
樽と聞いた僕の頭に最初に浮かんだのは、ウイスキーなんかの工場見学に行くと、試飲のためにコックをひねると中身が出てくるやつだ。
もしかしたらそれに近いものは作れるかもしれないけれど、口が少しでも緩んでいたら、貯めた水が漏れ出してしまい、作った意味がなくなってしまう。
それにそこまでしっかり止められるようなものが作れるのなら、僕のししおどし案の時に話が出ているはずだ。
だから前の世界みたいに密閉できるような技術、もしくはそれに近しい別のものを模索する必要がある。
とりあえず僕が知る限り、この世界でコックとか蛇口とか呼ばれるような仕組みは見ていない。
だからできないと考えた方がいいだろう。
一方、木材でもできることはある。
この世界の家では、ひしゃげた薄い金属のものが家宝のように使われ続けていたから失念していたが、よくは考えたら、前の世界の古い時代、桶や盥は木を組み合わせて作られていた。
同じように木材を組み合わせて水を貯める樽も、その頃にはあったはずだ。
そして僕のいるこの街は木が手に入りやすく、そのために加工技術も高めで職人が多い。
できないわけがない。
そしてすぐそばには、頼んだら簡単に作れてしまうだろう木材加工のプロがいる。
何より、この世界には樽がすでに存在している。
それならその職人に樽のサイズを指定して依頼するか、自分で作ればいい。
わざわざ手に入れにくい竹を使う必要はない。
親方に言われたことを頭の中で整理できたことで、僕の思考がようやく竹を使わなければというところから離れた。
ふと、日本酒は鏡開きとかいって、おめでたい席で上から木槌で叩いて開封するのもあったけど、側面に呑み口とかいう注ぎ口のついた樽もあったことを思い出した。
僕が知ってるのはスーパーに売っていたミニ樽だけど、あれは樽を傾けて注いでいた。
でも、呑み口より水位が上なら傾けなくても水は出る。
傾けるのは穴に呑み口を立てる時と、栓を外しても酒が出なくなった時だけだったはずだ。
それに日本酒の樽は呑み口の部分も含めて全て木製のはずなので、入っている酒が違う樽でも同じようなものができると考えていいだろう。
ここの酒だって樽に保管した後、何かしらの方法でコップに注いで飲むのだから、僕が伝えなくても同じような注ぎ口が付いている可能性もある。
それがうまく活用できるのならそれを使えばいい。
僕は期待を膨らませながら、一方で厳しい条件で作成をお願いしなければならない事を思い出した。
そもそも依頼をする側が何を作ってほしいのか、どうして欲しいのかを説明できないのではまずい。
親方の紹介だし、子供だからと話を聞いてくれるかもしれないけれど、そんな考えで行くのなら親方の付き添いを断った意味がない。
考えをまとめると、今のところのイメージは洋酒の樽というより、日本酒の樽が近い。
樽の側面に穴、呑み口をつける。
そこから流れる水をできれば流しに誘導したいが、それは外付けで考えるので樽とは切り離す。
水は出すだけではなくて入れなければならない。
水は雨水を貯めるつもりなので、水は屋根から樽に流れるようにする。
親方の言った通りジョッキ型にした場合、雨の時に水は効率よく貯められるが、上が全開なのでゴミもたくさん入ってしまう可能性がある。
理想は網を設置することだが、網は金物になるし、樽のサイズのものを用意するのは難しいので、加工するとしたら、樽の上部に小さな穴を開けて、シャワーのような状態にしてもらうことになるのだが、ただそれでもゴミが入るのを完全に防ぐことはできない。
ということは、水がなくなるたびに上部から樽の中に降りて、ごみをかき出すことになる。
仮に蓋のようなものを樽の上部に付けるとしたら、それは持ち上げられて、外せる状態のものにしなければならない。
そして中に入るためにはそこに上り、そして中に降りるハシゴのようなものも必要になるだろう。
そう考えると、初めはタンクを設置したら水汲みに行かなくてよくなって楽ができるんじゃないかって考えたけど、衛生面なども考えるとメンテナンスが大変そうだ。
けれどその作業をすることまで前提に考えないと、作ってからできませんでした、では、設備として成り立たない。
もしタンクにゴミが溜まって水が腐るようになったら、当然その水を使うことはできなくなるし、使ってしまったら健康被害だって心配だ。
そして水が腐るということは、相応の臭いもしてくるということで、それが家の流しやガレージ、そして屋根の辺りから垂れ流されるようになり、臭い家になってしまう可能性もある。
周囲にも少なからず影響を与えてしまうだろう。
だから水を腐らせないように保管できるようにしなければならない。
僕は想定されるものを考え、できる限りの準備をした上で、希望を持って親方から聞いた樽工房を訪ねることにした。
こうして親方から提案された樽というアイデアを採用することにしたため、僕の竹を使ったタンクの案は不採用になった。
でも研究のためと購入した竹の水筒が無駄になった訳ではない。
もし竹の水筒を家の材料の一部として使うことになるのなら、傷が付かないようにしなければならないと使用を控えていたが、材料にしないのなら普通に使ってみようと考えたのだ。
結果、竹の水筒は僕のお気に入りとなり、僕は毎日、この水筒を下げて工房へいくようになった。
何気にサイズも量もちょうどいい。
そうして水筒は水筒のまま、本来の使い方で僕の重宝されることになり、竹雑貨を売っていた商人には申し訳ないけれど、竹に付いて色々聞いただけで、商品の購入予定はなくなったのだった。




