獣の臭い
「いつもやってる解体作業って、外の方がいいものなの?地面が土ならいいの?」
僕は室内の床とかをデッキブラシで洗い流しているような調理場を最初イメージして話していた。
板の隙間から水が地面に流せるのなら、最後に洗えば問題ないと思っていたのだ。
けれどそれではだめで、地面は土でなければならないということだ。
じゃあ、それ以外の場所はどうなのか。
部屋と仕切ってあれば臭いが付くのはそこだけだろうから、部屋の中に臭いが入ってくる事はないのではないかと考えたのだ。
だが、父親の答えは予想に反したものだった。
「そりゃあ外の方がいいな。床だけじゃなくて壁だって同じ。解体すると血は飛ぶし、臭いもするし、場所も取る。家に臭いが染みたら取れなくなるからな。血なまぐさい家で過ごすなんて嫌だろう?血の臭いってのは、意外と強いものだから、ちょっと仕切ったくらいでは臭いが入ってくるぞ」
ちょっと仕切った程度では臭いを抑えることはできないという。
確かに慣れてしまえば何ともないかもしれないが、そもそも獣臭というのはなかなか消えないものだ。
魚市場のような生臭さに似た、不快な臭いが家についてしまうイメージに近いかもしれないと僕は考えた。
そして魚ならば下処理として、海や川で血抜きをしたりする事がある事を思い出した。
森にも川はある。
だから河原で肉を捌けば手も肉もある程度きれいな状態にすることができるし、その状態で持ち帰れば家が汚れる心配もない。
「それなのに、どうして森の中でやらないの?その場で解体したら僕たちの籠にも入るし、運べる量も増えるよね。家も汚れないし……」
僕が思いついたまま提案すると、父親はにっと笑った。
「森で解体しない理由か……。それは危険だからだな」
「そうなの?」
「さっき、臭いの話はしたな。その臭いが他の獰猛な動物を呼び寄せてしまう。だから解体は戻ってからしかしないんだ」
動物の血の臭いは強い。
だからそこに動物の死骸があると他の動物が察知して寄ってきてしまうのだという。
しかもそれだって一匹とは限らない。
いくら狩りの道具をそろえた大人がいても、たくさんの獣を一度に相手にするのは難しい。
そしてそれが河原だったら、川の方に追いやられて逃げ場を失うのは間違いない。
運が悪ければ人間が狩られる側になってしまう。
「でもそれじゃあ、家でやっても臭いを嗅ぎつけて動物が来ちゃうんじゃない?家は森からそんなに離れてないし」
「まあ、何もなきゃそうだな。けどここには森と街を隔てる壁があるし、門番たちもいる。彼らは子供が追いかけられた時だけ動物を狩るわけじゃないんだぞ?」
門番たちは常に獣が近付いてきた時の事を想定して準備している。
人間の不審者への警戒より、獣への警戒の方が強いくらいかもしれないが、その勢いで迫られたら、獣じゃなくたって怖いのだから、やっぱり素直に指示に従ってしまうだろうなと思う。
子供たちにはお節介なオジサンたちだけど、彼らは頼りになるのだ。
「そっか。じゃあ採集日から戻ってすぐ森に出るのは危険なんだね」
僕がぽつりとそうつぶやくと、父親は驚いたように言った。
「……言われてみればそうだな。そもそも森に行きたがるやつは、採集日なら朝から一緒についてくるから気にしたことはなかったが、それがどうかしたのか?」
確かに採集日、貧困地区の子供は森へ行きたいのなら大人と一緒に朝から森へと出かける。
当然、いつもよりも森の奥まで往復するし、重たい荷物も持つので疲れて帰ることになるので、同行した子供なら、再度森に行きたいとは言わないだろうし、家に帰る頃にその体力が残っているとは思えない。
けれどもし、忘れ物をしたとか、朝は間に合わなかったから、終わってから近くの森で遊ぼうとか、そう考えて森へ出かける子供がいたとしたら。
その時、各家庭で獣を捌いていて、その臭いが森の方に流れているとしたら。
そんな偶然が重なるようなことがあれば、実は危険かもしれないと僕は気が付いた。
けれど、それに気が付いたからといって僕が門の前で張り込んだりするのもおかしいし、採集日に参加している子供たちなら、今の僕のように各家庭できっと教えてもらっているだろうから、そこまで気にすることではないかもしれない。
それより今の僕に必要なのは、家のレイアウトに必要な情報だ。
「ううん。大したことじゃないんだ。家の中で解体できる方が屋根もあるし便利じゃないかなって思っただけだから」
「けど、狩りは晴れの日にしかしないからな」
「確かにそうだけど……。でも夏の暑い日は日陰の方がいいとか、冬の寒い日は風があんまり入ってこない方がいいとか……」
「まぁ、そう言われればそうだが、そこまで気にする必要はないぞ?庭があれば充分だ。面倒なら荷車の上で捌いてもいいんだからな。あれは元々獣を乗せてきたものだから臭いの事は気にする必要ない。それと、臭いはこもらない方がいいから、風は通る方がありがたい」
「そっか……」
しっかりと僕の話を聞いていた父親は、的確に僕の質問に答えてくれた。
具体的に色々聞いているため、頭の中に僕の想像しているものと似たようなものを頭に浮かべてしゃべってくれているのかもしれない。
そして僕は、荷車の上でという話を聞いて、ガレージのようなものにすればいいのではないかと考えた。
車ごと入って作業ができて、ちょっと手が洗えるような水場があれば、そこで荷車も洗えるし、今外に置かれている荷車を屋根の下で保管すれば、その分傷みも遅くなるはずだ。
そして水場を、料理などを行うところに付ける流しと、ガレージの二ヶ所にすればいいのではないかと思った。
ガレージのような形にすれば解体場所としても使用できるし、上手くやれば洗濯もそこで可能になる。
そこに水場があれば、台車を簡単に洗ったり拭いたりすることもできるし、そこで洗濯をして、物干しになるようなものをつけておけば、井戸から水を含んだ洗濯物を苦労して運んでくる必要もなくなる。
もちろん、常にそこに水を貯めておけるとは限らないし、必要になったら水を汲みに行かなければならないのは変わらない。
けれど、水を貯められ流せる場所が、あるのとないのでは違うはずだ。
ただ、土の上に水をまくのは控えたい。
近くに排水のための穴があるのなら、土と穴の境目から水を流したことで地面が欠けたり窪んだりしてしまう可能性がある。
だからガレージにするなら土がむき出しの地面の部分と、排水しても問題ない場所を作ることになるだろう。
そんなわけで、僕の中ではすでにガレージ案が採用されているのだった。




