工房の職人と情報網
「じゃあ、今日はここまでかな。片付けはしなくていい。この場で気に入ったものがあれば取り置きも可能だけど、親方と相談だよね」
彼は僕が最後にパーツをはめ込んだ状態のミニチュアを見ながら確認した。
「はい。僕の一存で決めるのは……」
確かにいいなと思う組み合わせはあった。
けれど即決するのは怖い。
そもそも即決しなくて済むように、僕を工房から派遣したという扱いにしてくれているのだ。
親方に話せば値段交渉ができる可能性もあるし、違う視点でアドバイスがあるかもしれない。
パーツを実際に組み立てて、僕の気持ちは購入に傾いている。
そして楽しすぎて気持ちが高揚している。
この状態で衝動買いするのが危険な事はよくわかる。
もともと親方に説明して、それを家に入れても大丈夫だとお墨付きをもらったら取り入れようと考えていたのだ。
冷静になるためにも、親方に確認するためにも、この話は持ち帰りにしなければならない。
「それにしても、短期間であの親方にここまで気に入られるとはなあ」
彼のつぶやきに僕は思わず反応した。
「どういうことですか?」
「いや、実はさ、お前のことは他の工房も気にしてたんだよ。あの工房が採用しなきゃ、うちも声をかけようと思ってたしな」
僕が職人になりたいと言った時、面談の機会を作ってくれたのは父親だ。
もしかしたら職人街を回って頭を下げてくれていたのかもしれない。
声をかけようと思ったということは、あくまで面談してやろうという話で、きっと採用の話ではない。
けれどもし、先にこの工房の面談を受けていたらどうだったのだろう。
考えていくうちに、今の工房が面談に応じてくれた理由を思い出した。
「もしかして……簾のことがあるからですか?」
「そう。何か画期的なもん作ったやつが森の狩人のとこにいるってのは、この界隈で有名だから」
「狩人ですか……」
確かに父親は森で狩猟をするし、その肉を売ってお金を得ている。
何となく僕はそういうものとして捉えていただけだったので、職業名を考えた事はなかった。
狩人という言葉に馴染みはないが、言われてみればそうかと納得してつぶやくと、彼はそれを違う意味でとらえたらしい。
慌てて確認してきた。
「あれ?採集日の狩猟で動物狩ってる家の子じゃなかったか?」
「確かに父は狩りをしてますけど……、そういえばそんなことまで知ってるんですね」
改めて聞かれて思ったが、彼はなぜか僕の事だけではなく、両親の事も知っているらしい。
少なくとも父親の職業は知られている。
僕が不思議に思って尋ねると、彼は笑った。
「情報網ってのはそんなもんだぞ?意外と周りは見てるってことだ」
「……そうですか。わかりました」
簾を作っただけで職人界隈で有名人になるとは思わなかった。
わかったとは言ったけど、ちょっと気分は複雑だ。
「あの工房がやらかしたって聞いた時はどうなるかと思ったけど、こうして商品見に来てくれるってことは、仕入れに使う金が工面できたってことだろ?その功労者がお前だって聞いたぞ?」
うちの工房には他にも職人がいる。
辞めてしまった者がいたって、僕はまだまだ下っ端だ。
後輩がいるわけでもない。
それにいくら簾を最初に作ったとはいえ、技術は未熟だ。
そんな僕が工房の名前を背負って商品を見に行くというのだから、勉強のためにしても不自然に映ったのだろう。
おそらくその時に理由の一つとして、親方は僕が兄弟子にできなかったような功績を残したということにしたのだろう。
何となくだけどそれは版画かスタンプとして販売されるもののような気がする。
ただそこまで具体的な話はしていないのか、彼のところにはあくまで金の工面ができるような何かをしたという情報しかないらしい。
それなら僕が迂闊な事はいえない。
未発表の工房の商品な話だから、この世界では耳にしないが守秘義務と言う考えはモラルとしてあるだろう。
「それも情報網ですか?」
僕が話をぼかすためあえて彼は知っていると言う体で尋ねると、彼は苦笑いを浮かべた。
「まあ、そうだな。今回の件を知っている工房は、問題を起こして辞めさせられた人間を雇いたくない。それは他で起きても同じだからな。お互いに共有して、損しないようにしてるのさ。特にうちみたいな専業分野でやってるとこだと、大体の工房が取引先になるからな」
組織にはなっていないようだけど、何となく職人協会みたいなものがあるのかもしれない。
きっと仲のいい職人同士、やり取りをしているグループがあるのだろう。
そしてそのグループ内では利権を侵害しないよう仲良く仕事を分けたり調整したりすることで、お互いを取引先として皆で収益を上げていく。
彼らはそのグループ内にいる親方の工房の人間ならば、色々教えても自分の工房の利益は侵害されないし、僕がこの話をすることで、この工房の仕事の範囲が理解されれば逆に抑止になると考えたのだろう。
そんな感じに見えた。
「そういえば、親方は専業の工房のある仕事を、うちで始めたり受けたりするのはよくないって言ってました」
「お前のとこの親方は、何でも作れるからなあ。今回も、支払いできない可能性があるものは発注できないからって詫びにきたんだ。そのくらい損害がでかいって聞いて、そりゃあ仕方ない、手伝えないけど頑張れって思ってたとこさ」
あのトラブルで親方があちらこちらに頭を下げて歩いていたのを知っている。
納期が遅れると謝罪したり、材料を融通してもらったりしていたのは分かっていたが、まさか取引ができなくなるかもしれないという謝罪までしていたとは思わなかった。
そこまで気を使えるのはさすが親方だと思わず感心して、同時にそんな親方の下にいるのを僕は誇らしく思った。
情報網というのもあるが、情報源が親方だというのなら、彼が僕にそういう話をしてくるのも納得だ。
「じゃあ、入口まで送ろう。期待して連絡を待ってるよ」
「はい。僕の口添えで一つは注文できるよう頑張ります!ありがとうございました」
彼に言われて僕はテーブルのパーツをそのままに立ち上がった。
片付けないのは申し訳ないが、そのままにしておいてほしいと言うのだからその方が効率がいいのだろう。
彼は店のドアを開けると、わざわざ入口まで来て、丁寧に見送ってくれた。
「そちらの親方によろしくな。思ってたより早く立ち直ってくれてよかったって伝えてくれ」
「はい!」
「気が向いたらまた見に来るといい。最後に話し込んじまって悪かったな」
「いいえ。今日はありがとうございました」
僕は最後に彼に向かってしっかりと礼をしてからパーツ工房を出た。
明日工房に行ったら真っ先に親方に今日の話を伝えよう。
僕はそう決めてから、家に着くまでの残りの時間は、バリアフリーな家について考えながら帰ったのだった。




