模型の欠陥
新しい家のことを考えながら日々過ごしているが思うようにまとまらない。
親方のアドバイスで大きく前進したものの、いざ自分で全てを決めるとなると難しい。
だんだんと僕の中に焦りが出るようになってきた。
そもそも僕は前の人生においても家など作ったことはない。
それに過去の世界では家を建てる際、基礎工事などをしていた記憶がある。
だが、親方の話では家は基礎の上に建てるものではなく、宙に浮いた状態で設置されるものということだ。
すでに僕の知っている建築という概念ともずれている。
それでなくても鉄筋やコンクリートのようなものがない中での建築なのに、何をどうしたらいいのか。
頭の中で同じことがぐるぐる回るようになってきた頃。
いつも通り帰る前に倉庫の片付けを進めていると、ふと、片隅に置かれた模型が目についた。
入ったばかりで、まだ工房に入れなかった時は、倉庫の整理をさっさと終えて、よくこのミニチュア模型を観察していたのだ。
倉庫の資材が破壊されても無事に残っていた模型だが、使うことはないので、あまり使わない物をまとめているところに置いていた。
見つけた時は無事でよかったと思ったのだが、資材の片づけをした後、僕も実戦に投入してもらえるようになり、工房の作業に参加できるようになったから、これをじっくり眺めるような機会はなくなっていた。
懐かしくなって僕は思わずそれを手に取った。
「これで欠陥品とか言われるんだよな……。そう言えば、この模型の欠陥、未だにわからないままだ」
ほったらかしだったため、かぶってしまった埃に息を吹きかける。
すると固まっていた誇りは容赦なく舞い上がり僕は思わずむせてしまったが、これは自業自得というやつだ。
けれどこれ以上埃を吸い込むのはよくない。
とりあえず一度模型は棚に置いて、近くにあったハタキで埃を落として、再びその模型を持ちあげた。
「前に見た時も思ったけど、本当によくできてる……」
僕は模型を改めて観察した。
この模型、屋根と壁と床がパズルのように組み合わさっている。
でっぱりとへこみを組むことでずれないようになっていて、これらを外して中をしっかりと見る事ができるのだ。
最初は壊れないように、できるだけ外れないよう、継ぎ目の部分は触らず動かさずじっくりと眺めていただけだったが、あれから職人見習いとして仕事に関われるようになってきたこともあり、その作業内容からこれがどのように組まれているのかも少し分かるようになっていた。
実は僕が最初にこの模型を見た時、土台が少し広めになっているのは、上に乗っている家に周囲の物がぶつかりにくくするための、展示に最適なバッファーくらいにしか考えていなかった。
なぜなら選挙の投票で見た作品たちも同じように大きめの板に乗せられた状態だったからだ。
でも親方の話を聞いてから、改めて模型と向き合っている今ならわかる。
この土台は、家を穴の上に乗せるために必要な広さを忠実に再現しているものだ。
このミニチュアは土台を含めて完成品という扱いになるのだろう。
「そう言えば……」
僕は模型をひっくり返した。
模型は土台となる板にぴったりとくっついていて、中にある備え付け家具も動くことはない。
土台の板はまっ平らで、手触りもなめらかだ。
親方が裏面であろうとも手を抜くことなく丁寧な仕事をしていることが分かる。
「あっ……。そうか。排水……。親方が言ってたのはこれだったんだ!」
その底には排水の穴が開いていなかった。
そこに気が付いた僕はひっくり返していた模型を再び元の形に戻して水回りを確認する。
トイレは壁に取りだし口もあるし、ちゃんと穴も見えるので問題なさそうだが、流しを見てみると、そこには確かに穴があいているが、下まで貫通はしていない。
下まで貫通していないだけなら、下から開けて穴を繋げればいいのではないかと思ったが、しっかり見るとそう単純なものではなかった。
ここまで完成しているのだから、まっすぐキリのようなもので穴を開けていけば貫通させる事ができるだろう。
だが問題はこの模型に使われている木材だ。
この木材は繊維がよく見える。
つまりその繊維の通りに裂けやすい。
だから穴を開けるためにキリを差し込んでいくとおそらく板が割れてしまうのだ。
板が割れてしまった状態で穴の上に乗せたとしたら、すぐに底が抜けてしまう可能性がある。
つまりこうなってしまうと修正不能でとても危険な建物になってしまうということだ。
だから親方はこれは欠陥品で使えないと言ったのだ。
ただ、親方なら僕が思っているような欠陥程度ならリカバリーできたに違いない。
ご丁寧にも分解できるような構造になっているのだ。
床の素材だけの問題なら、床とそれにくっついている部分を作り直すことで何とかできそうな気がしなくもない。
それなのに親方はこの模型をそのまま残して一から作り直す判断をした。
だからこの模型にはそれだけではない、もっと重大な欠陥、もしくは複数の欠陥があるか、使えない理由が他にあるのではないか。
僕は、その原因を探るため、勇気を出して模型の屋根と壁を丁寧に分けることにした。
割ったりしなければ直せる事は分かっているし、組み方が判らなくなる可能性は低い。
ただとてもきれいにはまっているので、壊れないよう丁寧に外さなければいけない事に変わりはない。
幸いにも工房での仕事のおかげで、僕は少し器用になったようだ。
そして中心に残っている土台や柱、そしてそこに差し込まれている壁をみる。
正直、隙間なくぴったりはめこみできるものを作る技術にも驚きだが、その中にある一つ一つの作業の丁寧さにも感服している。
そして改めてこれを自分が作らなければならないのかと考えると、気が重くなってくる。
そうして一度屋根と床と壁、壁にくっついた付属品など、外れる限り外した状態にして、じっくりと観察した。
工房に入った当初、この模型を眺めてすごいすごいと感動していただけの僕も、ようやく職人の目線に立てた気がする。
分けたものの中から、僕は水回りの部分を中心に隅から隅までなめ回すように見た。
こうして分解したものを見ると、より親方の作業の細かさや技術の高さが解かる。
そしてやっぱり親方は尊敬すべき人物で、目指すべき目標なのだと認識できた。
改めてその作業の素晴らしさに感動しつつも、僕は親方がこの建物の模型を一から作り直した理由が複数あることを突き止めた。
「そういうことか!」
僕は誰もいない倉庫で思わず叫んだ。
それだけ自分の出した答えが納得できるものだったのだ。
働き始めてから解明できなかった謎が解けた感動でがらにもなく興奮していた。
そして一刻も早く親方にこの話がしたいと思った僕は、模型を急いで元の形に汲み上げ直すと、その模型をしっかりと抱えて、工房へと走ったのだった。




