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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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排水の仕組み

親方の言葉に押されるように仕事を開始してしまった僕は、仕事中も結局わからないままになっている排水のことが気になっていた。

あの流しの水はどこに向かっているのか。

良く考えたらここには上水だけではなく下水の概念もない。

水道をひねれば水が出ることが当たり前だった世界では、確か上水も下水も管を通していた。

上水がないのだから水道管などがないのはわかる。

だが、下水管、排水管、下水道のようなものは見かけないのに、僕は当たり前のように流しにある排水溝に水を流している。

ではその水が川や井戸に流れ込んでいるかというと、それも違う。

井戸の水は湧水らしく常にきれいだし、川の水だって今まで飲んでお腹を壊したことはない。

じゃあ、流した水はどこでどうなってしまったのだろう。

少なくとも井戸に流れ込むような事があってはならないことは分かる。

だからきれいな水と混ざることがないような工夫がなされているのだろう。

考えれば考えるほどわからない。

きっと僕の知る常識では考えられないような仕組みなのだろう。



僕は仕事を終えると真っ先に親方の元に向かった。

このままではきっと夜も眠れない。

それなら今日中に答えを教えてもらった方がいい。


「親方、今朝の話なんですけど」

「どうした」

「排水の仕組みを教えてもらえませんか?」


僕が勇気を出して聞くと、親方は作業中の手を止めてため息をついた。

そしてあっさりとその仕組みについて話し始めた。


「朝もそんなこと言ってたな。仕組みなあ……。簡単に言やあ、地面に吸収させてるだけだな」

「地面に吸収?」


僕はその意味が理解できず眉間にしわを寄せた。

その様子を見た親方は、さらに基本的なことだがと前置きしてから説明を加えてくれた。


「まあ、床下にでっかい穴が空いてて、家は橋みたいなもんに乗っかって浮いてるようなもんだ。だから水は床に空いた穴からそのまま流れて地面に吸収されてくってわけさ」

「地面に穴ですか」


穴と橋というのがよくわからない。

橋というからにはそれなりに穴は深いということだろうか。

それとも穴が広く、支えているものが橋と呼べるくらい距離の長いものということだろうか。

僕がさらにわからないと親方に素直に申し出ると、親方は聞き方を変えてくれた。


「ああ、そうだ。お前、新築の家ができんの見たことねぇか?」

「それはあります。山の上から一度だけですけど……」


この世界、滅多に新築の家を建てる人などいない。

だからこそ、そういうことがあるとお祭り騒ぎになるのだと父親は言っていた。

しかも家は空から降りてくる。

僕も初めて見たあの時、思わず驚愕してしまった。

魔法など存在しなそうな、文明も前の世界の方が発達していそうなこの世界で、唯一感じたファンタジーの空気。

それ以外はどちらかといえば不自由に感じる暮らしをしているが、あの衝撃は今でも心に刻まれている。

そして僕はまたあの景色を見たいと思っているのだ。


「あー。なるほどな。それじゃあ分かんねぇのも無理はねぇ」


山の上から見たというのなら家が下りてくる様子を見ただけだろう。

家が降臨する様子を見たり、出店などが出ている中で、皆と同じようにその凄さを祭りの空気感と共に楽しんだりするだけなら山の上から見れば充分だが、それでは家の構造は理解できない。

少なくとも、よほど山の近くの家が新築にならなければ、家が退いて、新しい家ができる際、その土地がどうなっているのかを見ることはできないからだ。

それにしても、この子どもは発想が柔軟で、すでに商売になりそうなものまで考え付くレベルなのに、どうして家の基本的な構造を知らないのかと不思議になる。

だが、その基礎がないからこその柔軟な発想なのかもしれない。

親方はそんなことを思って次にどう説明すべきか考えていた。



けれど僕は、親方が黙りこんでしまったので急に不安になった。

確かに工房で働いているのに、基礎と呼ばれる事を何も知らないなんて、このままでは職を失ってしまうかもしれない。

それでは困るので何とかここで踏ん張らなければと僕は考える。

とりあえず、僕がこの世界の家について知らないことは間違いない。

だから僕が見たものを伝えて、何を勉強しなければならないのかを聞こう。

そう思って僕は恐る恐る親方に言った。


「あの、新築の家は父さんが連れて行ってくれただけで、僕はそれが初めてで、まだその一回しかなくて……」


僕がしどろもどろにしゃべるのを聞いた親方は再びため息をついて、僕の言葉を止めた。


「いや、責めてるわけじゃねぇぞ?あれはあれで見応えあんだろ。職人になるんじゃねぇならそれで充分だからな。お前の父親はお前に家ができる様子を楽しんでもらいたくて連れて行ったんだろう?それにその時お前はまだ職人でも何でもなかったんだ。それに山から見た景色が忘れられなくて職人を目指す奴もいる。まぁ……お前は違うみてぇだけど、あれはあれで見ておいて損はないもんだ」

「でも……」


別に親方は怒ったりしていない。

けれどそれは僕が失望されているのと同義な気がして不安になる。

親方はそんな僕の不安をよそに、あっけらかんと言った。


「まあ、そんなことより、とりあえずどんな家にするかが先だろうな」

「そうですけど……」


別に天狗になったつもりはないが、今まで少しずつ積み上げてきた自信がぽっきりと折れた気がした。

親方の言うことはもっともで、まずどんな家にしたいのか、その大枠が決まらないと先には進めない。

きっと親方はその大枠を見て、僕や家族の希望を聞いた上で、現実的な提案を持ってきて、それを家に反映させられるようアドバイスをくれるのだと思う。

そうしなければきっと、希望するような家にはならないからだ。

もし親方が最初から家とはこういうものだと、その形を説明していたら、僕はきっとそういうものだと受け入れていただろう。

僕の前の世界には建売住宅や分譲住宅と呼ばれるものがたくさんあった。

だからモデルルームを見て気に入ったらそこに住めばいいと考えるのが一般的だったし、同じ家を自分の土地のサイズに少し変更して立ててもらうことも可能だったはずだ。

でもこの世界にそういうものは存在していない。

簡単に建て替えはできないし、引越しも容易ではない。

土地と家は全て、その家族が暮らし代々受け継ぐ唯一無二のもの。

だから妥協は許されない。

親方からたくさんのヒントはもらえた。

それに聞きたいことの答えは親方の答えの中にきちんと含まれている。

けれど僕はすっきりしなかった。

別の考えが頭を支配してしまったのだ。

そう、僕はこの質問をしたことで親方を失望させたのではないかと、不安になってうつむくことしかできなくなったのだった。

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