家事の手伝い
洗い場を見ながら僕はそんなことを考えていたが、考える前に手を動かすことにした。
この洗い場で手を洗うことはあるが、たくさんの水を流したことはない。
もちろん水は使った分を汲みに行かなければならないし、貴重なものなので無駄遣いはできないが、洗い物必要な水を流すのは問題ないはずだ。
そもそも今日は手伝いをすると僕は言ったのだ。
それならばちょうどいい。
手伝いにもなるし、実験にもなる。
「母さん、僕、このまま洗い物してもいい?」
「あらいいの?じゃあお願いしようかしら?」
「うん。まかせてよ」
そんなわけで母親の代わりに洗い物をしてみることにした。
まずは食器。
これは簡単。
水に少しの間つけ置きしておいて、汚れが浮いたらそれを洗い流す。
スポンジなんてものはないから手で行うのだ。
つけ置きするのに桶などはないので、食器の中で比較的大きいものか、鍋の中に他の食器を入れて付け置きする。
井戸に水を汲みに行く前に母親がすでに鍋の中に食器を入れて水に付けるところまでを済ませてくれていたので、僕の仕事は汚れをこすり落として、最後に水ですすぐだけだ。
まずは水のはられた鍋の中にすでに入っている食器をこすって、汚れを鍋の水の中に落とす。
そうして次々と汚れを落とした食器を避けて、最後に鍋をこすって汚れた水を流した。
ちなみに排水口からものを落としたら回収することはできないと言われていて、そのためここにだけは金属でできた細かい目の網が付いている。
僕は水を流した鍋に、もう一度水を入れて全体をこすり、汚れが残っていないことを確認してから、その中に再び皿を入れて軽くすすいだ。
そして最後に鍋に少し水を入れて鍋の中をきれいにしたら洗い物は終了だ。
それから僕は食器を洗ってから再び皆で井戸へ行き、汲み置きの水をたくさんの入れ物いっぱいになるまで何度か往復した。
「久々にうちにたくさん水が置けたわ。これなら数日は行かなくてもいいわね」
甕にたまった水を見た母親はとても嬉しそうだ。
何とかこの手間を減らしたい、水回りについては僕の中でこの家の解決すべき問題としての認識が強くなったのだった。
「母さん、次は何をしたらいい?」
食器類の洗い物と甕への水汲みを終えた僕が母親に尋ねると、母親は少し考えてから言った。
「そうねぇ……。じゃあ、洗い物するから、また井戸まで一緒に来てちょうだい。一度にたくさん運べると助かるわ」
「うん。わかった」
僕がそう返事をすると、のんびり過ごしていた父親も手伝いに名乗りを上げた。
「じゃあ、俺も行くか」
「あらそう?それはもっと助かるわ」
そんなわけで次は家族総出で洗濯に出かけることになった。
もちろん手洗いで、量の多い時の洗濯は井戸にある桶を借りてすることが多い。
森まで行って川で洗っても問題ないはずだが、普段は少しずつ洗っていて、その時は汲み置きの水を使うらしい。
少しなら流しで済ませるが、今日は僕がいるから洗い物をたくさん運べる。
それに普段は桶いっぱいの水を汲み上げるのが大変なので、いつもは少しずつしか洗えていないから、今日はせっかく晴れているし井戸まで行きたいという。
ちなみに衣類も食器と同様で洗剤なんて使わないから、汚れた部分をこすり洗いだ。
「母さん、どの桶に入れればいいの?」
三人で洗濯物を抱えて井戸までやってきて僕が聞くと、母親は井戸の流し場の近くに洗濯物の入ったカゴを置いて、洗濯に使う桶を取りに向かった。
「ちょっと待って。今近くまで運ぶから」
「俺が運ぶからそっちの準備を頼むよ」
「ありがとう」
母親が桶を取りに行こうとすると、桶は重たいから自分が持ってくると父親が母親の置いた洗濯物の隣にカゴを置いて桶の置かれた場所に向かった。
この井戸には皆で使えるものがいくつかあって、洗濯用の桶もそのひとつ。
他にもサイズの違う桶や洗濯板などが置かれていて、ここで使って元の場所に戻すというのが暗黙のルールだ。
別にどのサイズを何に使うか決められているわけではないので、大きい桶に水をたくさん入れて洗ってもいいし、小さい桶に何度も水を入れ替えて洗っても問題ない。
洗濯以外に食器や野菜などをここで洗う人もいるので、最後に桶はきれいにして返すのがマナーだ。
ちなみに父親が持ってきたのは大きな桶で、これは男の人が一人で運ぶにも結構重たい。
確かに洗濯物は三人で運んできた事もあり、たくさんあるので、一気に洗ってしまうならこの方がいいだろう。
僕は父さんが運んできた桶に、井戸で汲み上げた水を何度も往復して入れていった。
そして、その水を使って両輪はすぐ洗い物を始める。
僕はその洗い物には参加せず、小さめの桶を持ってきて大きな桶の近くに汲み上げた水を置いていくことにした。
そうすればスムーズにミスの入れ替えができるからだ。
「いつもこれだと大変だよね。川までいった方が楽な気がするよ」
僕が水を運びながらそうぼやくと、母親は水の中に手を入れたまま答えた。
「そうだけど、何かあった時に、これを担いで門まで走れる自信がないわ。置いてくるわけにもいかないし……」
「そっか……」
うちは貧乏なので、無駄な買い物はできない。
命あってのものだから、もし何かあったら当然そのようなものは捨てるしかないのだが、多少ボロになった布でもこれはうちの貴重な財産の一つだ。
これらを森に置いてきて、後で買い直す余裕などない。
もちろん、僕の給料を使ってもらえばできるのだろうが、何度もというわけにはいかないし、リスクは避けたいということだろう。
手伝いをしながら、水道をひねれば水の出た過去の世界がいかに恵まれていたのかを改めて感じた。
できればそういう家にしたいのだが、残念ながら水道の設置は僕の腕では無理だ。
雨水を貯める給水タンクみたいなものを家に作って、流しに誘導すれば似たようなものはできるかもしれないが、水を出したり止めたりする方法が浮かばない。
晴れの日に止めておいて、雨の日に溜められたとしても、一度その栓になるものを抜いたらきっと途中で水を止められない。
止めようとしても上から落ちてくる水の勢いに負けてしまうに違いない。
それに水は非常に重たい。
この世界にあるもので、水を屋上に大量保管できるような丈夫な家を作る方法など、僕の頭では考え付かない。
僕は建築に関しては素人なのだ。
僕が考え事をしながら水を運んでいるうちに、両親は洗い終わった洗濯物をカゴの中にどんどんと入れていて、気が付いたら終わっていた。
父親が僕に水を汲むのを止めていいと言うまで、同じ作業を繰り返していたが、とりあえずもういいらしいと理解して手を止めた。
そして空になった桶を先に元の場所に戻す。
最後に洗濯板を洗って他の桶も僕の用意した水を使ってすすぎ、父親が洗濯用の大きな桶を戻したのを確認すると母親が言った。
「さあ、帰るわよ」
母親の一声で僕は自分の持ってきたカゴを持ちあげた。
水を含んだ洗濯物の入ったカゴの重さは行きの比ではなく重たい。
確かにこれを背負って森から逃げてこいと言われたら辛い。
僕はそんなことを考えながら、両親の後ろを、カゴを抱えてついて歩くのだった。




