過去の知識との戦い
親方に朝から弱音を吐いて倉庫の整理を始めた僕は、頭の中を整理しなければと必死に手を動かした。
親方の言う通り、大まかに向かう方向は定まったと思う。
どんな家にするべきかというアドバイスをしてこなかったのは、それを伝えたら僕や家族が望まない形でも受け入れなければならなくなるかもしれないという配慮だろう。
親方が変なアドバイスをしてくるとは思わないが、僕が、そして僕の両親が住む家なのだから、まずは自分で考えるべきだ。
そんなことを考えながらも体は倉庫の配置をしっかりと覚えているらしく、散らかった倉庫の中は僕の頭の中に反して整頓されていく。
倉庫は片付いていくのに僕は何から考えればいいのかすら決められていない。
今すぐどうにかしなければならないわけではないが、親方にも始めると宣言したのだからちゃんと進めなければと僕は必死に考えた。
その結果、僕は、新しい家に何が必要かを考えることにした。
今、家にあるものは必要最小限のものだ。
だから新しい家になったとしても必ず使うし、それを家と共に新しいものに置き変えるか、今あるものを使い回しするのか、まずはそこからだ。
ちなみに今あるのは、食卓にベッド、すっかり僕が占拠してしまっている机代わりの小さなテーブル、それに椅子。
そこまで考えて、気がついた。
僕が考えていたほとんどが家具だ。
家の設備として備え付けられているものではない。
確かに家具の備え付けはあれば便利だろうが、備え付けると動かせないというデメリットもある。
だからまず、僕が考えなければならないのは、それらを置けるような間取りだ。
回り道をしたが、おそらくこれを最初に考えれば一歩前に進める。
まず、さっきまで考えていた必要になるだろうものを全て配置できる部屋が必要だ。
もちろんそれだけではだめで、生活の中で重要な水回りやキッチンの場所も確保しなければならない。
そう言えば前の人生ではあまり間取りというものを気にしたことはなかった。
あの時に住んでいた家はどうだっただろうか。
ダイニングキッチン、トイレ、風呂、両親の部屋に自分の部屋、意識していたのはそのくらい。
廊下に物入れなんかもあったかもしれないが開けた記憶はない。
トイレや風呂は両親がいない時を見計らって利用していた。
キッチンは最低限、水を飲みに向かうくらいだった気がする。
そして両親の部屋などほとんど足を踏み入れたことがないので、どんなものだったか記憶にもない。
どこかの世界で生きていた時、僕の家での居場所は自分の部屋にしかなかったのだ。
もうすっかり慣れてしまったが、この世界、前に比べたら本当に不便なことが多い。
どこかの世界が恵まれ過ぎていたのかもしれないけれど、あちらではそれが当たり前だった。
本当ならばそういう生活を両親にさせてあげたい。
けれどこの世界にそれを叶える技術はなさそうだ。
じゃあ僕がそれを再現できるのかというと、答えは否だ。
僕は確かにあの便利さを知っている。
何となくだけど、どういう原理なのかもわかる。
だからあの便利さを維持するために多くのものが必要なことも分かっている。
あの便利さは家の中だけで得られるものではなく、外のサービスと繋がっていることで成り立っているのだ。
まずこの世界にそのようなサービスはない。
電気もガスも水道もないし、電話やネットのような情報網もないのだから、それらがあれば快適なのにという発想は捨てなければならない。
じゃあ、ここで再現可能なレベルで、最大限快適な家とは何か。
僕は、僕だけではなく、家族にも住み心地が良いと言ってもらえるような家にしたい。
もともと家というものに執着がなかったこともあり、僕自身はあまり多くを望んでいないつもりだった。
この世界の生活にも十分対応できるし馴染んでいる。
しかしどうしても過去の記憶が僕の理想を高くしてしまう。
少なくとも前に生きたところでは機能していたものだ。
ないものは仕方がないが、本当に自分で似たようなものを作ることはできないのか?
できることならば妥協などしたくはない。
後からこうすればよかったと、こういうものがあったじゃないかと気が付いても、建ててしまってからでは手遅れだ。
過去も今も、人生の中で、家なんて何度も建て替えられるものじゃない。
その上、この世界では親方の話を聞いた感じでは増改築がかなり難しい。
そもそも改築して解決できるのなら、とっくにそうしていたはずで、できないから新築の家のことを考えているのだ。
改築すればいいと思えるのならば、今と同じ間取りでもいいはずだけれど、それは僕の過去の知識が違うと指摘してきて考えの邪魔をする。
そして、なぜできないのかと僕を責めるのだ。
僕は今までかなり過去の知識に依存してきた。
ここにはないけれど、自分の力で再現できる簡単なものを実際に形にすることで、少しだけ自分の周りを便利にするつもりだったのだ。
その結果、思わぬ高評価を受けることになったりもしたが、基本スタンスは変わらない。
ただそれが通用したのは、あくまで簡単なものだったからだ。
家の設備のような大掛かりなものなど考えたこともなかった。
そもそも、家の設備なんて、あの時はあるのが当たり前だと思っていた。
僕は今の家よりも僕が建てた家の方が、雨漏りもしないし、隙間風も入ってこないだろうからマシなのではないかと、かなり安直に考えていた。
親方も今の家は崩れるかもしれないし、そうならないような家を建てる方がいいと安全面を気にして協力してくれている。
まさかここで僕に、大きな欲が出てしまうとは思わなかった。
だがこのままでは収拾がつかない。
少なくとも今日中に何かを決めるのは無理だろう。
むしろこの状態で決めるのは、間違った方向に向かってしまう可能性がありとても危険だ。
そして、こんなにまとまっていない状態では誰かに相談しようにも無理だ。
僕自身がうまく話すことができないし、過去にあった家の話などしても夢物語として聞き流されてしまうに違いない。
僕の過去に存在していた家を再現できるなんて、この世界の人たちは考えないだろう。
僕はこうして、過去の知識との思わぬ戦いを強いられることになるのだった。




