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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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気まずい朝

「おはようございます……」


僕が出勤すると、作業場にすでに人のいる気配を感じたので、僕が入口から声をかけると、親方はすぐ僕の様子に気がついてこちらにやってきた。


「何だ、ずいぶん疲れてるな」

「親方、おはようございます。実はあまり眠れなくて……」

「何か言われたか」


僕の声がよほど疲れていたのだろう。

その声から親方は昨夜、早速僕が新築の話をしてあまりうまくいかなかったと考えたらしい。


「そうですね……。色々考えさせられました」

「そうか」

「あ、別に反対はされなかったんです……」


てっきりよくない返事をされて落ち込んでいると思っていたらしい親方は、眉間にしわを寄せた。


「賛成されたのにそのツラか?とても嬉しそうには見えねぇなぁ」

「親方に提案された工房の住み込み用住居のことも話してみたんですけど、ちょっと気まずくなってしまって」

「なんだ、こんな親方の世話にはなりたくねぇってか?はっはっはっ!」


冗談とは分かっているが、親方が住み込み住居を勧めてくれた厚意に対して同じように冗談で返すわけにはいかない。

何より僕がそういう状態ではない。

だから僕は思いっきり否定した。


「違います。父さんは森で仕事してますし、そのことがあるから断ることになるだろうって、提案された時、親方には話したと思います」

「ああ、そうだったな」


僕の勢いに押されて親方も真面目に話を聞こうと表情を変えた。


「でも両親は、僕だけでも、父は母と僕の二人だけでも工房の住み込み用住居で生活した方がいいんじゃないかって言い出して……」


僕の中には親方の言葉に甘えて、可能ならば工房の住居に移動してもいいのではないかと思っているところがあった。

けれど両親はそうではなかった。

それだけではない。

僕が今まで家に入れているお金は母親がほとんど手を付けずに残してくれていると言った。

僕はそこがどうしても納得できずにいたのだ。

親方は僕の話を聞いて相槌を打つ。


「なるほどなあ」

「僕は家のためにできることをしたいから働いてるし、家のことだって、二人に喜んでもらいたいから、僕ができるならって思ってたのに、二人とも……」


僕のことを優先して考えてくれた。

そのこと自体はとても嬉しかった。

でもそれは僕が二人のためにできることがないと言われたも同じなのだ。


「まあ、俺もお前はまだ親離れするには幼いから、工房の住み込み用住居を使って両親と同居すんのを勧めただけだからなぁ。にしても、お前のとこの親は……」

「とても尊敬できると思います」


いくら親方でも両親を否定されたくない。

どんな言葉が出てくるか不安になった僕が、親方の言葉を遮って言うと、親方はガハハっといつものように大きな口を開けて笑った。


「その通りだ。それで、お前はどうしたい。それを考えてて寝てねぇんだろ?」

「はい」


正直頭の中はぐちゃぐちゃだった。

僕の話している内容から親方はそれを察したのだろう。

僕が考えをまとめやすいように、要点をまとめてくれた。


「じゃあ、一個ずつ聞こうか。まずは工房の住み込み用の住居に入るかどうかだ」

「僕は今まで通り、あの家で家族と暮らします」


僕は親方の質問に即答した。

これは初めから決めていたことでもあり、両親の意見を聞いてから、なお強く思ったことでもあった。


「それじゃあ、もう一個だ。新築の家はどうする」

「建てます」

「すぐに始めるのか」

「はい。でもまだどんな家にするか決まってないので、まずはそれを考えます。だから材料をどうするとか、作り始めるのとかは少し先ですが、取り掛かるつもりです」


これも両親が家に居続けると言った時に決めたことだ。

家族があの場所から離れられないのなら、早く安全な場所に作り替えなければならない。

そうしないと、本当にどうなってしまうか分からない。

だから早くどんな家にするか決めて、話を進める必要がある。

僕が決めたことを伝えると、親方はニッっと笑った。


「おう、そこまで決まってんなら、できることあんだろ。一番いいのはお前が新しい家を作って、家族で安心して過ごせる環境にするってことになるんじゃねぇか?まずはその下準備。考え方も上出来だな」

「そうですね。まだ僕にできることがあるんですね」


僕がつぶやくと、親方は笑みを消して意味がわからないと大きく目を見開いた。


「はぁ?お前は何を言ってんだ?まだできるってか、これからできるようになってくんだろうが。なんか他にも言われたか」

「あ、いえ。僕は、僕が思ってたより家族の役に立ってなかったんだなって思って……」


急に怖い雰囲気に変わった親方に、僕は困惑しながら答えた。

もし僕が家族に文句を言われていたとしたら、きっと親方は両親を怒鳴りつけに家に来たかもしれない。

後になってから冷静に考えたらそう思えるくらいの変わり様だ。

けれどこの時、僕はその変化に驚きすぎてそんなことは考えられず、ただ正直に思っていたことを口に出したのだが、親方はその言葉を聞いて雰囲気を和らげた。


「そんなことねぇだろう?お前は周りから見ても充分働き始めたのは早いし、家のために色々考えてきたんだろうが」


確かに兄弟子たちは僕よりも年齢が上で、少し離れている人が多い。

兄弟子たちは僕が入った時、すでに研修期間を終えていたし、親方は入った当初、僕に兄弟子たちを見て学べと言った。

だから残っている兄弟子たちはもう長い間ここにいるのかと思ったけれど、そうでもないということらしい。

僕はそこに少し驚いたものの、それで僕の落ち込みは消えるようなものではない。

僕は働くことで、少しでも親孝行できていると思い込んでいた。

それが全く必要とされていなかったと知らされたのだ。


「でも、僕はまだまだ父さんに養ってもらってる状態でした。働き始めたから少しは役に立ててると思ったのに……」


僕がそう言うと、親方は頭をガシガシ掻いてからため息をついた。


「そりゃあ、子どもを養うのは親の務めだ。お前が気にすることじゃねぇ。迷惑かけないだけで充分親孝行してるだろ。子どもなんだ、本当ならまだ遊んでたっていい歳なんだぞ?お前のことだから、どうせ親と住む家を建てるために、働いた給料がもらえないってのを謝ったりしたんじゃねぇのか?親のこたぁ、親が年老いてからしてやりゃあいい。元気なうちから親の仕事を奪うことはねぇだろう。まあ、しっかりした親でよかったとも言えるがなぁ」

「そうなのでしょうか?」


この世界に生まれ変わってから、年上の子供と遊んだ記憶はたくさんある。

でもそこには森のことを覚えるという重要な意味があったように思えた。

そしてその知識は僕が将来、父親と同じ仕事をするのなら、森から恩恵を受けて生きていくために必要なものだった。

それに大人と森に入っても、子どもにはそれなりの役割があったし、手伝いをするのも普通だった。

前に生きた世界ならばこの年でそもそも弟子入りなんてしていない。

通いたくないと言いながら小学校に通い、いやいや授業を受けて、と、ここで言うなら贅沢な文句を言う生活をしていたはずなのだ。

だからこそ、ここでの生活はそれではいけないと思って頑張ることにしたのだが、親方はそこまでしなくていいという。


「まぁ、あの地区の子どもたちのことはよく知らんがな。小さい頃から狩りの手伝いに出たりして、大人の仕事を手伝うのが当たり前になってんのかね。お前もそういう中で育ったからなのか、随分と背伸びした発言をしてるように思うぞ。俺らからすりゃあ、お前なんざ、まだまだひよっこなんだ。してもらえることはしてもらっていいし、親なんてもんは今のうちに利用しておきゃあいい。いつか自分が利用される側になるんだしな」


そう言って親方はがははっと笑い飛ばした。


「とりあえずは仕事して、どんなもんにするか考えるんだな。今すぐにどうすることもできない家の財政のことに頭を悩ませるよりはよっぽど有効だ」

「はい。とりあえず倉庫に行って整理しながら頭を冷やします」

「おう」


僕は親方に頭を下げて倉庫に向かった。

倉庫の扉を開ければいつも通り材料や工具が散乱していて、僕はそれを整理しながら一緒に頭の中も整理できるだろうと考えたのだ。

ぐちゃぐちゃな倉庫は今の僕の頭の中と同じ。

そして倉庫に散らばっているのは、材料として必要なものばかり。

親方は僕の頭の中のもやもやしたものを、考える材料にまで引き上げてくれた。

やることは決まっているのに、そこにどうやっていけばいいのか、この感情をどう処理すればいいのかだけが決まっていない。

でも一つ一つ片付けていけばきっと道は見つかるのだ。

散乱しているものを戻しているうちに倉庫の入口がきれいになるように。

僕はそんなことを考えながら倉庫の扉を開けた。

そしていつもと同じ惨状に、今日ばかりはホッとして、早速作業に取り掛かったのだった。


「頭を冷やす……なあ。そういうところが年相応じゃねぇんだよなぁ……」


倉庫に向かった僕の背に向かって親方はそうつぶやいたらしいが、その呟きが僕の耳に届くことはなかった。

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