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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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最善の打開策

親方は工房が大変でも、できる限り長く続けて自分たちの雇用を維持しようとしてくれている。

それはとてもありがたいことだ。

そこまで考えてくれているのに、彼らも自分も、そして不満を持っている皆も何も分かっていなかった。

親方の言葉を聞いて、親方が何をしたいのかは分かった。

けれど同時に一つの疑問が浮かんだ。


「親方はあいつを利用してるってことですか?」


兄弟子が取り繕うことなくそう言うと、親方は一瞬眉をひそめたが、うーんと唸り声を上げて少し考えてからその疑問に答えた。


「まあ、そうなるが、あいつは多分、全部わかってんだ。あいつなあ、工房を持つ気はなくて、長く働けるとこを探してきたらしい。つまり、工房がなくなりゃあ、収入がなくなることも理解してるってことだ。だから工房のために知恵を貸す。その代わり俺に工房を長く経営させて、そこで自分を雇い続けてくれってことだな」


すでに何年も働いている兄弟子である自分が気がつかなかったことに気付いて、そのために知恵を貸さなければならないといち早く動く。

いくら機転が利くとはいっても、働き始めたばかりの子供がそこまで考えるだろうか。

親方はやはり新人を買いかぶっているのではないかと兄弟子は冷たく言い放った。


「そこまで考えてますかね。俺たちですら考えないようなことを、まだ子供の新人が」


兄弟子の言葉に親方も頭をボリボリ掻いた。


「さあなぁ。全部を本人から聞いたわけじゃねぇからな、どうかは知らん。けど、あの地区の子供は、幼い頃から、生活のためにやるべきことを叩き込まれて生きてんだ。だからあいつの休みは優先的に森の採集日に当ててる。あっちも人手がいるだろうからな。だからあいつは採集日以外の休みしか休んでない。あいつからすりゃあ、ここでの給料は生活に直結するからな。ぬるま湯につかってるお前らとは、本気度が違うってことじゃねぇか?」

「……工房を持つ気がないのに本気なんですか?」


将来コンペで採用されて世の中に認められて工房を持ちたいと思っている人間の方が、人に一生雇われていようと考えている人間より本気だと言われても意味がわからない。

新人の何が本気だというのか。

兄弟子が異議を込めて尋ねると、親方は再び大きなため息をついた。


「だから、自分を一生養ってくれる工房を維持するのに必死なんじゃねぇかっつーことだ。下手すりゃ俺よりあいつの方が工房の経営向いてるかもしれねぇとすら思ってんだ」

「冗談でも止めてくださいよ。そんなの……」


もし親方が工房を誰かに譲って隠居するようなことになった時、自分たちや兄弟子を通り越してあの新人が親方になったら、さすがに後輩の下について働く気にはなれない。

それは自分のプライドが許さない。


「いや冗談じゃねぇ。けどな、あいつは上には立ちたくないんだと。つまり、その責任の重さってのを重々承知してるってこった。お前が説明されなきゃ意識もしなかったことを、あいつはさも当たり前のように言いやがった」


今まで工房に来ている弟子たちの出世欲が高いことは知っている。

将来工房を持ちたいと思っている弟子も多い。

だが、彼らは親方になるには勉強不足だ。

だから世に名前を知ってもらえる可能性の高い他工房と争うコンペなどもあるが、そこになかなか推薦できない。

なぜなら今の弟子たちは、形を作る技術だけは持ち合わせているため、万が一にもコンペに当選してしまう可能性があるからだ。

そしてコンペで当選するということは、その作品の全責任を負うということなのだが、彼らにその責任を負う器が備わっていない。

しかしどうしても工房で複数人をコンペに参加させなければならない場合があり、その時に限り弟子の中から誰かを指名してコンペに参加させているというのが現状だ。

もちろん、そんなことを親方はいちいち弟子に説明などしていない。

必要なコンペの参加が決まった時にだけ、参加する人物を指名するだけだ。


「お前たちの言いたいことがわからんわけじゃあない。けどなぁ。一つ言っとくが、お前たちが思ってるよりこの工房は深刻な事態になってんだ。経営に関してはお前たちには関係のないことだから黙ってたが、訳も分からず不満を溜めるくらいなら、その話を一度した方がいいんだろうなぁ」


黙ったまま持ち直せたらよかったがそうも言っていられない。

あまりにも新人への扱いについて彼らの不満が溜まりすぎてしまった。

言葉が足りなければこうなってしまうのは仕方がない。


「それは前の件が原因ですか」

「まあ、その前から少し状況はよくなかったが、間違いなくあれが響いてんだよ。材料費だけじゃねぇ、人件費も余計にかかったし、顧客の信頼も落としちまったからな。どうにか挽回するなり、新しいことに手を出すなりしねぇと、いずれ回らなくなっちまう。そこにあいつがえらいもんを持ってきたってわけだ」


工房の新人のアイデアを工房のものとして商品化しようとしているのだ。

それが新人を利用していると言われるのなら、その言葉を甘んじて受けなければならない。

親方としてはその覚悟を持っての採用だ。


「親方、もし自分たちがそれを手伝わなかったらどうなりますか?」


新人の案を採用したということはその指示は新人が出してくることになるのだろう。

兄弟子としては新人の指示に従って作業をするというのはどうも気が進まない。


「別にやらんでも構わんが、給料も仕事の保障もできねぇな」

「どういう意味ですか?」

「今までの仕事が入ってくりゃあ、お前らにやってもらう仕事もあるが、それが減った以上、当然収入を減らしてもらうしかねぇ。新しい仕事の分は当然それに関わったやつらにしか割り当てられん。そもそも働いたやつに働いた分を払うのが給料ってやつだ。俺はこれでお前たちの仕事を増やして給料も増やしてやれるかもしれねぇって期待してたんだがな。お前らにやる気がねぇなら別に無理させるつもりもねぇよ」

「……そうですか」


やりたくないのなら今までの仕事だけをしていてもいいが、今までの仕事が順調に受注できなくなった場合、仕事はなくなる。

そしてもし新人の考えた商品が売れても、その作業をしていなかった人にはその分の給料は払わないのだから、今までの仕事をしただけでは今まで通りの給料はもらえなくなる可能性もあるということだ。


「まあ、やりたくなかったらそう言ってくれ。俺りゃあ、どっちでもかまわねぇからな。もし新商品の仕事がたくさん取れそうなら、人が足りない分、納期を長く設定すりゃあいいだけだ。他にない商品を提供するんだから、顧客も待つくらいはすんだろう。まだ始めてない分、こっちに関しては融通がきく。だから無理するこたぁねぇってのは本当だ」


でもこの商品を売れば工房そのものは維持できる。

だからいきなり解雇ということはなくなるだろうということだ。


「じゃあ、この工房はもう今までのままではないということですか?」

「今までのままなぁ。まあ、前みたいにお前らが手を抜いて作業する余裕はないだろうな。そういう意味では今まで通りじゃねぇ。まぁ、今まで目をつぶってやったんだからその分働いてもらいてぇところだが」

「それは……」


親方がそこまで把握しているとは思っていなかった兄弟子は思わず目を泳がせた。


「お前ら、まさか俺が気がついてねぇとでも思ってたのか?」

「……ですが」

「今まで何も言わなかったのは、工房に余裕があったからだ。潰れそうになってる時そんな悠長なことは言ってられねぇ。ここで本気を出せねぇなら、ただの足手まといだ。お前らからすればあいつは未熟かもしれねぇが、あいつは手を抜くことなく仕事をまじめにこなしている。ああいう奴は伸びるし、現にお前らより売り上げで成果を出す寸前だ。努力を怠っている奴が敵う相手じゃあねぇ」


そもそも工房の資材の破壊行為も、このような不満を持っていることも、真面目に働くことを忘れた兄弟子たちの妬みや逆恨みでしかない。

親方としてはそれも含めてガツンと言わなければならなかったのだが、様子見と称して放置したことの責任も感じていた。


「せいぜい技術で抜かれないよう努力すればまだ何とかなるんじゃねぇのか?アイデアを出すのは才能もあるだろう。けどな、何年も前からこの工房にいる全員があいつに技術で負けたら終わりだと思うぞ?お前らが勝っているのはここでの仕事の経験だけだからな」

「わかりました……」

「言っとくがここでは年功序列なんてもんは存在しねぇ。実力主義だ。抜かれそうになったからって俺に何とかしろと直訴する前に努力の一つも見せるんだな」

「……はい」


不満を申し出た兄弟子は、返す言葉がなかった。

そしてその日の話はそこで終わったのだった。

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