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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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版画用インクの作り方

「じゃあ、材料を取れたらのりを作って持ってきますね」


材料は森で採集してくることになる。

だから雨が酷ければ森には行けないし、材料となる実が採れなければのりを作ることはできない。

だから僕は明日晴れたら早朝から森で材料を取ってくるつもりでいるが。そのことはあえて伝えなかった。

自然を相手にするのに期限を切るのは難しいのだ。

親方もそれを察してくれたのか、何も言わず同意してくれた。


「ああ、そうしてくれるか。本当は時間内に工房で作ってもらってもいいんだが、今はあんまり皆と違うことをして目立ちたくもないだろう。もし材料費が必要なら出すし、かかった時間分給料に上乗せくらいするんだが……」


家で作ってくれというのは、親方の配慮だった。

この間の一件で僕が兄弟子から目をつけられていることを知っているので、目立たせないようにと気を使ってくれているのだろう。

だから僕もできるだけ人のいない時に親方に声をかけるようにしているし、親方も僕が一人で倉庫にいるのを見計らって声をかけてくれたり、気兼ねなく話せるよう商談室に入れてくれているようだ。

しかもそれを仕事として扱えないことを申し訳ないと思ってくれているらしく、親方は僕に給料にその時間分を上乗せしようかと提案してくれている。


「そうですね……。じゃあ、持ってくるのに必要なビンが欲しいです。できればフタができる口が大きいものがいいです。カバンの中がべったりになるのはちょっと……」


親方の給料上乗せの話は魅力的だったが、僕は一度それを断ち切って必要なものを提示した。

もしこれが商品になったらマージンがもらえるというのなら、それだけで充分だ。

確かに家に持ち帰りで仕事をするなんてどこかの世界でもブラック企業のさせることなのだが、親方は別に僕に強制しているわけではないし、僕としては工房からもらったもので家が少し書いて気になったのだからこのくらいの仕事はしてもいいだろうと思っている

僕がそんなことを考えている間に、親方は何か思い出したように一度席を外すと、どこかの部屋から木の箱を持ってきた。

そしてその蓋を開けて自身で中身を確認すると、僕もその中身を見せてくれた。


「こいつでよかったら使ってくれ」


親方はそう言って木箱から口の広めなビンを取り出して僕に差し出した。

その瓶は何となく飴玉がたくさん入っていそうなガラスの入れ物を思い出す形をしていた。

インクの入れ物とは違い口が広いし、これならばのりは入れやすく取り出しやすい。


「あの親方、その木箱、取っておいてください。のりってあんまり日光に当てない方がいいみたいなんで」


僕がみたいと言ったのは実はよく分かっていないからだ。

僕が知る限りでんぷんのりは全て光を通さないプラスチック容器に入っていた。

それに何と言っても元はイモとか植物の実なのだから、煮込んだものが腐るという可能性は否定できない。

できるだけそうならないように心掛けるのは間違っていないだろうし、前の世界での陽気にも何か意味があるに違いないと、何となく思ったのだ。

だから確証はないので、らしいという言葉を珍しく使った。


「そうなのか。じゃあ、その瓶に入れて持ってきたもんをビンごとここに入れておきゃあいいってことだな」

「はい。お願いします」


その日、僕は親方からビンを預かって帰ることになった。

この世界、ガラスは貴重だし、もしこれを割ってしまうようなことになったら怖い。

だからできるだけ早く親方のところに戻したい。

もし仮にそういうことがあっても親方はきっと僕を許してくれると思うけれど、そんなヘマはしたくない。

僕は帰りながら明日は早起きしようと決めたのだった。



僕はその翌朝、太陽が昇るのと同時に森に出かけて、でんぷんのりを作るのに使っている実を採集して急いで戻ると。朝食の時間の前にコンロに火を入れてのりを作り始めた。

いつもより量が多いものの早く作らなければならないので、水を少なめにして、実をつぶしてひたすら煮込む。

いつもなら水を多めにして、つぶしていない実からしっかりでんぷん部分が出たら、鍋から実を取り除き、あとは手を休めながら時々かき混ぜるくらいなのだが、今日は手を止めている暇はない。

だからひたすら水の状態の時からかき混ぜ続けた。

そうしなければ滑らかさがなくなってしまうからだ。

そうして手早く作ったのりを少し冷まし、今度はせっかく沈んだ不純物が混ざらないように上からそっとヘラですくってビンに移していった。

のりは瓶いっぱいになったが鍋にはのりと実の残りが入ったままだ。

残ったのをどうしようかと思っていたら母親が朝食の準備を始めてしまった。


「母さん、今朝実を取って、工房の材料を作ったんだけど、何かに使える?」

「珍しいわね。実をつぶしちゃったの?」


片手間に鍋を見ながら母親は僕に尋ねた。


「うん」

「じゃあ、夜のスープに使うから置いておいて。朝ご飯はもう作り始めているからこっちを食べてちょうだい」


僕が何度もこの実を火にかけているのを知っている母親は、中身が何かを察して言った。


「ありがとう」

「いいえ」


こうして残った実は母親の手で夕食のとろみのあるスープに使われることが決まった。

僕は無駄にならなかったことと、鍋を使いっぱなしにしているのに怒られなかったことに安堵しながら朝食を済ませて工房にできたのりを持って出勤したのだった。



僕はこの日も早く出勤して工房を覗いてみた。

すると今日も親方はすでに机に向って何かをしていた。


「おはようございます」


僕が一人で机に向かっている親方に声をかけると、親方は頭を上げて僕の方を見た。


「ああ。そんな時間か……」


僕の出勤時刻は時報代わりなのかと思いながらそれを否定した。


「いえ、今日も早く来たので……。親方、この前早く来た時もすでに仕事してましたよね。何か手伝えることはありますか?」

「いや、これは大丈夫だ。それよりなんだ?まさかもう、のりってやつを作ってきたのか?」

「はい。そのまさかです」


僕が笑顔でそういうと、親方は大きくため息をついて立ち上がった。


「そうか……。分かった。移動だ」

「はい」


僕は親方に移動と言われただけでどこに向かうのかは分かった。

だから僕は親方と並んで迷うことなく商談室のある建物に足を向けた。



親方に案内されたのは昨日と同じ部屋だった。

そこにはすでに版画セットが用意されていて、本当に足りないのはのりだけという状態になっていた。

だから僕はテーブルに親方から預かっていたビンを乗せて言った。


「まずこれがのりです」


僕はもらったビンいっぱいにつまった白いものを見せた。


「ほう、これがなぁ……」

「それで、インクにのりを少しだけ混ぜます。僕は感覚で混ぜてますが、筆で混ぜると少し重たい感じになって持ち上げてもインクが滴らなりますし、布で混ぜると絞りにくくなる感じです。で、あんまり入れると紙と版がくっついてしまうので、混ぜている時は少し緩いくらいがいいと思います」


僕は持ってきたスタンプ台を出して、中に入っている布をどけると、そこにインクを入れて瓶に入っているのりを少しだけ入れてまんべんなく混ぜた。


「こんなに少なくていいのか。そしたらこの量を使うには随分とかかりそうだな」


親方はその分量を細かく見ている。


「これで大丈夫です。版にインクを薄く塗っている間にも少し乾いてしまうので、のりは少なめくらいがちょうどいいです」

「なるほどな。こいつは乾いたらくっついちまうもんだから、乾く分を計算して使うってことか」


親方も自分でやってみたいと思ったのか、事前に用意していたインクに僕の持ってきたのりを少し混ぜて同じようにインクを作った。

さすがに手際が違うと僕が親方を見ながら思っていると、親方は自分のインクを版の半分に、そして僕の作ったインクをもう半分に塗って、新しい紙を一枚使って試し刷りをした。

そして版から紙をはがすと、その紙にはきれいにインクが付いている。

僕は乾かすために表に向けて置かれた紙の文字の美しさに感嘆の声を上げたが、親方は無事に使えるものができたことが分かってホッとした表情をしていた。

こうして役割を終えた僕は、親方に版画のことをすべて任せることができるようになり、仕事だけをする生活に戻ることになるのだった。

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