版画の品定め
親方は僕を商談で使う部屋に招き入れてくれた。
そこからこの作品への親方の期待度が伺えて少し緊張したが、僕は案内された部屋のテーブルに版を置いて、インクと紙を準備すると早速、手順を説明しながら、紙に印刷して見せた。
その後、作り方についても親方に説明をした。
僕が最初に説明した版画を作れるような板が端材の中にはなかったので、その代わりに薄い二枚の板を使って、一枚は文字をくりぬいたものを作り、それをもう一枚で作った外枠にはめ込んで一枚の板のように平らに均したもので代用していること。
それから、これを作る過程で文字を反転させる過程を省略できたこと。
一応この二枚はくっつけてあるので外れないようになっていること。
それらの説明を終えて僕は親方の反応を待った。
すると親方は一枚板で作られているものの方が売り物としての価値は高くなると言った。
親方の説明を僕なりに解釈するとこうだ。
確かにつぎはぎのある板より、つぎはぎのない板で作られているものの方が客としてもその価値を認めやすいに違いない。
正直切り抜いて逆さまに張り付けただけという作り方は非常に楽だったが、工房の売り物にするのなら楽に作れるという理由で商品価値を落とす必要はない。
ある程度同じものを作るのなら、繰り返し作っているうちにその形を覚えられるだろうから下書きにも時間はかからなくなるのではないかということだ。
当初は大変かもしれないが、要は慣れれば反転作業も簡単にできるだろうから時間も短縮されるだろうという。
僕は親方から依頼を受けて工房で使う版画を正式に作ることになった。
そうと決まれば後は細かい調整だけだ。
ところがここからの親方が細かく厳しかった。
「なあ、ここんとこ、ちとイビツなんだが、これはどの部分なんだ?」
「ここですか……。それはここですね……」
僕が紙と版を指すと。その文字に対して親化やは注文を付ける。
「この文字はもう少しここんとこが丸いカーブになんのが本当なんだが……」
「そうなんですね」
実のところ、僕は市場の文字と親方の文字を見てその形を覚えたため、正確な文字の形というものを知らない。
すべて誰かが手書きをした文字なので、人によって書き癖がある。
だから僕はたくさんの市場の文字を見ることで、それが書き癖と思われる部分を自分なりに修正して覚えるようにしていた。
とりあえず僕の文字でも書類に書く分には合格をもらえていたし、そもそも書ける人が少ないのだから、文字の大きさをバランス良く書けば、それで何とかなるだろうと思っていたが、正確な文字の形を知っている親方からすればそうではなかった。
「これに俺が手を加えてもいいか?」
「もちろんです。見本ですし、もともと工房のために作ったものですから」
「そうか……。とりあえず、コイツは……左右対称だったな。だから、こうか……」
親方は印刷された文字と版を比較して、僕がうまく削れなかった部分を次々と修正していった。
文字の形がいびつなところの修正はもちろんのこと、技術的に僕がうまく削れず形が整わなくて苦戦していた文字もどんどん削って直していく。
僕は親方が器用に直していく様子を、黙って見守ることしかできなかった。
そうして親方はひとまず一度修正が終わったと道具を置いた。
「まあ、文字はこんなもんだろう。で、これを確認するにはどうすりゃいいんだ?」
削った木くずを息で飛ばしながら親方が言うので、僕は自前のインクと前にもらっていた書き損じの紙を出して使い方を説明した。
「この文字の部分だけに薄くインクをつけて、板の端と紙の端を合わせて紙を置いてこすれば……。あ、インクは付けすぎると滲みます」
「ああ。わかった。だからこの布でつけてんだな」
「はい」
一度見本を見せる時にやった手順を覚えていたこともあり、手順を説明すると親方はすぐに僕の用意したインクを付けて、紙を置き、それを手で撫でるように平らに張り付けるとすぐにきれいに紙をはがした。
「お、こんな感じか。へぇー」
最初から作業はしていないものの、彫って、インクを付けて、紙に写し取るところまで自分で作業をして完成させたものが形になったことに、親方は嬉しそうだった。
親方が直した版は素晴らしい出来栄えだった。
バランスも文字もとてもきれいで、これこそ僕が表現したかったものだと思わず歓声を上げてしまった。
「やっぱり親方はすごいですね。僕は一回見ただけじゃ、すぐ直せないし、こんなきれいに文字が出るように削るなんて無理でした」
「左右対称はなあ、この工房にできるやつがそれなりにいる。飾りの依頼に多いからな。まあ、文字と違って厳密ではなくなることもあるが、向かい合う鳥の番だとか、そんなもんが依頼ではくるんでな」
だから紙に書かれたものと対象になるようにということが理解できれば、元を見て作ることもできるんじゃないかという。
文章全部になれば下書きは必要だがこのくらいの修正は簡単らしい。
僕が親方を尊敬のまなざしで見ていると親方は恥ずかしくなったのか、頭をボリボリと掻きながらため息をついた。
「あとは、まあ、伊達に長くやってないってことだ。子供に負ける程度の技術じゃあ、工房の運営なんて出来やしないからな」
「なるほど……」
「技術はやればやった分だけ身につくもんだ。それまで面倒見るのが弟子を取った親方の役割だな。そうやって俺も育ててもらったんだ。それを継いでくれるやつを育てていかなきゃ、技術が廃れちまう。それじゃあだめだ」
僕は急に話が変わったのでよくわからず首を傾げると、親方は笑いながら続けた。
「お前もこれが一人でさくさく彫れるくらいまで成長してくれってことだ。そのためにも今の仕事を引き続き頑張ってくれってこった。もしこれがどっかに売れることが決まったら、そん時はまた話を聞かせてもらうことになるが、本当に売れた時はお前にもちゃんとマージンとして別に手当を出すからな。まずはこれと、見本用に一枚の板で作った商品と同じもんを実験的に工房内で使うところからだな。こいつは発注書みたいだから、請求書にして作りゃあ使い分けできるだろ。とりあえず、俺が一から試しに作ってみていいか?」
「はい!よろしくお願いします」
僕は採用された喜びでつい頭を下げた。
そんな僕に親方は苦笑いを浮かべながら言う。
「あのなぁ、そこは普通、僕が作りますとかいうところだぞ?本当に欲がねぇなぁ」
「僕は自分の工房を持つつもりがないので、親方がこの工房を長く続けてくれて、僕のアイデアが役に立って工房の売り上げが上がって、ついでに僕のお給料が上がったらそれでいいです。そしたら家も助かります」
僕が人を管理して工房を切り盛りするのは、正直やりたくない。
好きなものを作って暮らしていけるのはいいことだけど、それを売るのに対面販売をしたり、営業をしたりというのはコミュ障の僕にはハードルが高すぎる。
ましてや人を雇うなんて、ずっと人と関わらなければならない仕事になってしまう。
考えただけでやっぱり嫌だ。
だから親方が言うようにこれは欲がないという話ではない。
むしろ責任ある仕事とか営業とかは誰かにやってもらって、僕は作る仕事に専念したい、楽がしたいというだけなのだ。
それに人を雇って他人の生活の責任なんて持ちたくない。
僕がそんなことを話すと、親方は何か納得がいかないと言ったようにうーんと唸った。
「お前の年齢でそこまで考えられるやつは珍しいなぁ。本当に年齢詐称は……まぁ、申請もそのまま通ったしねぇなぁ」
確かに僕はどこかの世界なら小学校高学年くらい、もうすぐ中学生というくらいの年だ。
過去の世界の僕ならお小遣いは親がくれるのが当たり前だったし、雇用主の責任についてなんて考えたこともなかったはずだ。
どうも貧困地区にいて子供の頃から働くことを意識していたせいか、少し感覚が狂ってしまっているかもしれない。
けれど今さらごまかして子どものフリをするのもおかしいだろう。
もしかしたらここ最近のやらかしは睡眠不足が関係しているかもしれない。
僕は余計なことを言ってしまったと反省しつつも、やっぱり笑ってごまかすしかできないのだった。




