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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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印刷物の価値と工房の役割

スタンプと版画というアイデアの素晴らしさをひとしきり僕に訴えた親方は、言いたいことを言いきって少し落ち着いたらしい。

ようやく聞くだけだった僕に、少し発言できそうなタイミングが巡ってくるようになった。


「しかしお前は、本当にとんでもないものを考えるな」

「いえ、そんなことはないです」


僕が考えたのではない、前に生きていた世界では小学校でそういう授業もあるし、ものが溢れていたから、こういうものが簡単に作れたんだとは、親方が真剣すぎてとても口に出せる空気ではない。


「あの、もしかしてこれは商売になったりするんですか?」

「これが商売?」


あまりにも真剣に親方が話をするので僕は思いきって尋ねた。

もともと端材の有効活用として考えたものの一つがスタンプだ。

親方の話でこのスタンプというものに価値を見出してくれていることは分かった。

それなら、このスタンプが生み出している定型フォーマットのすでに印刷されている紙はどうなるのかと素朴な疑問を持ったのだ。


「はい。例えばこの契約書の定型文だけを何枚も作成して、あとは工房で必要な部分だけ記入すればいいようになったら楽になるじゃないですか。発注書は宛先を書くところ、品目を書くところ、差し出し人、えっと、サインを書くところを空けておいて残りの文章が全く同じでいいのなら、そういう紙をたくさん作って売るとか……」


僕が印刷済みの紙には価値があるのかと率直な意見をぶつけると、親方は唸り声を上げてから答えてくれた。


「ああ、なるほど。そりゃあ、そういうもんがあったら確かに助かるな。人手の足りない工房ならそういうのがあったら買いたいと思う。俺もできるやつがいなかったら買ってるかもしれない……だが、それはうちの仕事じゃねぇな」

「すでにそういう商売をしている人がいるということですか?」


今回は僕への嫌がらせという形で工房は大きな損害を受けた。

もちろん端材が有効活用できるのならそれでもいいが、実際は商品には使えない状態のものが大半で、それらはうちの補強に使わせてもらった。

親方は何も言わないが、特急料金を乗せて割高でこれらの材料を仕入れ直さなければならなかったのだから、この工房は相当な赤字になるはずだ。

だから端材を使ったスタンプを使って売れるものが作れるのなら、それを商品化して販売して工房の収益とすればいいのではないかと思ったのだ。

だが親方は僕の話を聞いて首を横に振った。


「定型文まで書いてある大層なものはねぇが、紙は紙屋が売るもんだからな。もしうちが何かするってんだったら、紙屋にこんな紙が作れる便利なものだってその木の板を売ることだ。どんな文章でも作れるってんだったら、文章変わるごとに発注を受けるっつー提案ならできるだろうが、それ以上は越権だな。同じ街の中で商売を続けたいならお互い助け合ってやっていかにゃあならん。……少なくともこの街でやってくんだったら、他業種の商売の邪魔はすべきじゃない」

「なるほど」


親方の言うことはもっともだ。

ここはそんなに広い街ではない。

だから商売人たちも工房の人たちも少しずつ違う商品を販売して、専門性を出している。

うちは主に木材の加工、家具や住居などを扱う工房なのだから、紙やら印刷やらと手を広げて他業種に喧嘩を売るわけにはいかない。

それによって取引先を失うのは悪手だ。

僕からすれば紙も気を使っているように思うが、それはただの屁理屈なのだ。

僕がその意見にうなずいてからうつむいていると、親方は僕の考えを察したらしく、ガシガシと頭を掻いた。


「まぁ、うちはあくまで工房だ。幸いにも余計な業務を手広くやらなきゃならんほど困窮してねぇ。とはいえ、こりゃあ他にはない案だし、完成すれば家まではいかなくても、そこいらの細工よりゃあ、はるかに高く売れるもんになるだろうな」

「そうなんですか?」


あれだけの材料を購入し直して困窮していないと言えるこの工房はすごいというのと、兄弟子たちの細工よりスタンプの方が高く売れる可能性があるという話に、僕は思わず声を上げた。


「木を削って細かい細工を作るのに似てるからな、版とかいうのを作るのは工房の仕事だが、紙に文字を写したりするのは紙屋にやらせりゃあいい。紙屋が必要に応じてその文字を写して手間賃をとりゃあいいんだ。まぁ、そうだなぁ。そういう提案はこっちからでもできるが、お前はどうしたい」


親方は紙屋に版を売るだけならば工房でも可能だという案を出してくれた。

そもそもそこまで価値を見出されると思っていなかった僕は、ここまで思い付きだけで発言していたことを正直に伝えることにした。


「僕はそこまで考えてたわけじゃないです。そもそもこれがそんなに価値のあるものだとは思っていなかったので、売るんじゃなくて工房に提供しようと思ってました」


僕の言葉に、親方は目を丸くして驚いた様子で言った。


「お前はこれを工房にタダでくれるつもりだったのか」

「はい。親方が譲ってくれた端材のおかげで、家がかなり過ごしやすい空間になりました。天井からの雨水問題は解決していませんが、風は入ってこなくなりましたし、雨水を避けるための布を支える支柱の代わりに使えるようなものもあったので、これからは雨の日もだいぶ楽に過ごせるようになると思います。うちではあんないい素材は購入できないですから。だからせめて、残った端材で工房の役に立てるようなものを作って返したいと思ったんです」


だから小さい木材でできるスタンプになったのだ。

もともと巨大な版画なんて作る予定はなかった。

いずれ一文字ずつはめ込みをして文章を作るようなタイプの物ができたらいいなとかいう考えは頭をよぎったが、そもそも商品化するつもりはなくて、工房で文字を読める人がはめ込みをして、後は刷るだけにすれば誰でも作業ができるよねって思っていたくらいだし、盗難防止のために運びにくいサイズを求められるとか想定していなかった。

けれど今の話を聞いてしまったらパーツが細かいのを嫌がるだろうから、もう一つの案は僕の趣味に留めておこうと決めた。

ここでこの話をしたらさらにややこしいことになりそうだというのもある。

同時に会話の勢いで頭に浮かんだことをそのまま口に出してしまったけれど、親方はスタンプも版画も知らなかった。

少しどこかの成果の知識を披露しすぎてしまったかもしれないと僕が先ほどまでの会話を振り返っていると親方が言った。


「そうか……。まぁ、そうだな。商売にするかどうかは置いといて、その板があれば楽に作れるようになるってやつをお前に作ってもらうことにするかな。使ってみないことには商売になるか判断できんし、何より一台工房にありゃあ便利なことには違いねぇ。材料は工房が提供するし、作業は仕事の時間内にやってくれりゃあ構わん。わりぃが頭の中だけで考えてもどうもピンとこねぇんだ。だから作ってみてくれねぇか?聞いた話だけでも売り込みには充分だが、売るにしても実物があった方がいいし、もしかしたら俺が考えるより上のもんかもしれねぇからな」

「わかりました」

「それにしても、端材の使い方からこんなもんまで考えちまうなんて、末恐ろしいやつだな。どこからそんなアイデアが出てくるんだか」


僕は親方の最後の一言にただ、はははっと乾いた笑いを返すことしかできないのだった。

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