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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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スタンプの価値

商談モードになっていた親方は、僕が材料の話に触れたことで、これが使えなくなった端材で作られたものであることを思い出したのだと、急に謝罪を始めた。


「ああ、すまん。確かに使えなくなったもんでこれだけのもんを作っただけでも褒めなきゃならんところだ。なるほどなぁ。まぁ、でかくて持ち運びしにくいってのは、悪くないな」


びくびくしながら言葉を待っていた僕は謝罪を受けて驚いて言った。


「そうなんですか?」


持ち運びしにくいのがいいことだというのは僕にはよくわからない。

しょっちゅう使うものなのだから引き出しにでもしまっておいて、必要な時に自分で気軽に使えるなり、誰かにポンと渡して作業してもらえる方がいいのではないかと思っていたのだ。

僕が不思議そうな顔をしていると、親方は再度言った。


「つまりでかくなるってのは、持ち出しにくいってことだろう?」

「そうなりますけど……」


僕の聞き間違いではなかった。

親方は持ち運び便利なものは求めていないと言っている。

僕が眉をひそめていると親方は大きくため息をついてから僕に分かるよう説明してくれた。


「あのなぁ、そんな便利なもん、持ち出しにくい方が良いに決まってる。小さいのは失くしちまう可能性もあるし、何にでも使えるってことは書類を作成する全ての業種がそれを欲しがるってことだ。今お前が作ったものはこの世に一つしかない。紙と同じように、いや、これは紙よりも貴重なもんなんだから、簡単に運べるようなもんじゃない方がいい。簡単に運べるものだと管理を厳重にしなきゃならないからなぁ」


そこまで言われて僕はようやく親方の言わんとすることを理解した。

親方はこのスタンプにはそれだけの価値があると言っているのだ。

だから簡単に持ち出せないようにしたいし、持ち出されたらすぐに分かるような大きさの方が理想で、カバンに入ってしまうような小さなものでは誰かに持ち出されても分からないから無くなりかねない、つまり小さいものでは盗まれる可能性があるとそういうことだ。


「これ、そんなに価値がありますか?」


盗難を気にするほどの価値になるのかと僕が素朴な疑問を伝えると、今度は親方がポカンとした顔になった。


「……お前、この価値が分からないで作ったのか?」

「えっと、僕はこれを使えば誰でも間違えずに簡単に書類のひな型が作れるかなって思ったんです。押す順番とか配置は覚えないといけないし、商品名とか材料名とか金額のように変更のある部分は毎回書かないといけないですけど、今みたいに一枚ずつ書き写すより間違いも無駄も減るんじゃないかって」


ここにはコピー機や印刷機のような便利なものはない。

だから一枚ずつ手で書き写さなければならないのだ。

今は変更のない部分を書ける人が手書きで写しているのだから、親方じゃなければならないわけではない。

それならば間違いが少なくなる方法を模索した方がいい。

つまりスタンプなどで複写をした方がいいはずだという考えから作ったものだった。



僕がスタンプをどういう考えで作ったのかを説明すると、親方はまた頭をガシガシと掻いてから言った。


「そうか。まあいい。その話は置いておこう。それで一回で一枚に文字がかけるやつは使い方が変わるって言ったな。どうなるんだ?」


親方はどうやら一度にひな型を完成させられる版画の方に興味を持ったらしい。

僕はとりあえず版画の使い方から説明することにした。


「はい。その場合はこれみたいに木を押し付けるのではなくて、置いた木にインクを付けて紙の方を押しつける感じになります」

「想像が追いつかねぇな。まず違いがわからん。どっちもインクを付けて紙に押しつけるんじゃないのか?」


確かに今回のスタンプでも自分が押したところにその文字が出る。

けれども紙に置いてスタンプの方を持ち上げるのであまり大きいものは持ち上げにくく適さない。

あとは試作ということもあって、一行ずつのものを作ってみたのだが、それでもスタンプと呼ぶには重たい方だ。

良い点は文言の位置を上下にずらすことができるので発注書などで品目が多くなった時にうまく空白を作れるというところ。

弱点としては持ち上げる時に失敗すれば滲んで読めなくなったり、二重文字のようになってしまったりすることと、順番を間違えたら文章がおかしくなるので使いものにならなくなるというところだろう。

一応スタンプの上面にはインクで何の文が書いてあるのか書きこんであるが、これは使っているうちに消えてしまったり、インクで汚れて読めなくなってしまったりする可能性がある。

本物の紙に押す前に試すということができないに等しいので、かなりの注意が必要になる気がする。



一方、板に彫って擦り付けるというのは、木版画のやり方だ。

親方の食いつき具合で思ったことだが、どうやらこの世界には版画というものもないらしい。

よく考えたら、紙が貴重でたくさん使うことはできないのだから、大量印刷をすることはできないし、そんな発想はそもそも必要とされなかったのだろう。

正直に言うと版画の方が印刷技術と近いものなのだから同じものを何枚も作るなら適していると思う。

けれどもそれは割れた板や角材で作るものではない。

版画に使う板は最低限、使用する面が同じ高さで平らになるものを使用しなければならないし、間違えて削ったら元に戻すことはできないので最初から作り直さなければならない。

だから作る際にかなり注意が必要になるが、版が完成してさえしまえば、壊れるまで同じものを何枚でもすることができるのだから便利に違いない。

契約書に使うような紙と同じ大きさのものを作るのならなおさらだ。



僕がスタンプや版画の説明をしていると、だんだん親方の目が変わった。

僕からすれば小学生の時の遊びを参考にしたものだが、ここではそれが商売になるのだという。

確かに文字を書ける人が少なくて印刷技術がないのだから、文字の書ける事務職なんていうのは、ここでは相当レベルの高い人の仕事ということになるのだろう。

そして僕が作ったものは文字が書けなくても、それを補うことのできる物であり、代筆を頼んでいた商人たちの強い味方になるかもしれないとのことである。

まさかここまで大事として捉えられるとは思わなかった僕は、親方の熱心な説明に戸惑いながらも、その言葉に黙って耳を傾けることしかできないのだった。

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