塀の向こう側
「父さんはどこで動物を獲ってるの?」
森の狩りから戻って動物の配分が終わって帰ってきた父親に僕は尋ねた。
「これか?これは森に行って狩るんだよ」
持ち帰った肉を保存食にして食べられるよう加工をしながら父親は答えた。
「狩りは近所の大人と一緒に行くんだよね」
「そうだ。よく覚えていたな」
父親が僕の頭を撫でて褒めた。
肉を触っていた手で僕の頭を撫でたので僕の頭が血生臭くなったが、もともとあまり衛生環境の良いところではない。
僕は頭は後で井戸の水ででも洗い流そうと思いながら話を続けた。
「じゃあお魚は?」
「魚は森を流れている川にいるんだ」
森にはどうやら川があるらしい。
しかしわざわざ流れのある川で魚を取るということは、この周辺に湖や池はないのか、もしくはあっても魚がいないのかどちらかなのだろうか。
それに川もどのような規模のものか分からない。
池や湖は水深が深いとか、川は流れがゆるく浅いとか、やはり想像だけでは考えがまとまらない。
「じゃあ森にはどうやって行くの?」
僕は否定されるのを覚悟で切り出した。
「お?森に行ってみたいのか?」
「うん」
父親が嬉しそうに言ったので素直にうなずくと、すんなりと受け入れられた。
「じゃあ、雨が降らなかったら明日にでも行くか」
「ほんと?」
「ああ、約束だ」
「楽しみにしてるよ。約束だからね!」
今までは街に行く時しか一緒についていけたことがない。
狩りの時は危険があるし大人の足を引っ張る可能性があるのでダメだと言われていた。
そのため僕はこの世界の森を知らない生活を送っていた。
辛うじて街の少し小高い場所を通る時に、塀の向こう側に広がっている森、木の茂っている様子を確認することはできるが、遠くから木のてっぺんを見ても、そこに何が生息していて、どのような地形になっているのかを知ることはできないのだ。
それに街を囲むように作られた壁、きっと森は危険が多くて、壁がないと街を守れないのだろうと考えていた。
それが予想に反して父親が、今日は明日仕事をしなくてもいいくらいの収穫があったから、僕を連れて森に行くという。
とりあえずこの謎が明日解けるかもしれないと僕は楽しみに明日を待つことにした。
翌朝、僕は日の光で目を覚ました。
今日の天気は晴れ。
つまり僕は今日、初めて森に行くことができるということだ。
「父さん!晴れてるよ!」
「ああ。そうだな」
「森に連れてってくれるんだよね!」
「もちろんだ」
いつでも出発できるように外出の準備をした状態で、僕は父親の前に立った。
父親も外出の準備をしているので、連れて行ってくれるという約束は守ってくれそうである。
「もしおなかがすいたらこれを食べなさい」
そう言って母親は、パンに昨日父親が狩ってきた肉を加工したものを挟んで持たせてくれた。
お小言もなく、お昼まで準備してくれるということは、母親も別に森に行くこと自体は反対ではないらしい。
それならもっと早く切り出せばよかったと思いながら、僕は子供らしく早く早くと父親をせっつくのだった。
家を出発して父親に手を引かれ、塀ぞいに歩きながら僕は父親にいろいろと質問をした。
そしてこの塀の意味や森というのがどういう扱いなのかをできる限り聞き出した。
まず塀の向こうにある森はこの街を管轄する領主の管理下にはない。
そして、領地との間にある土地の大半はどの領地にも属さないのだという。
この街の場合、領地との間にある土地というのが森ということだ。
ちなみにどの領土にも属さない森だが、領地をまとめている国には属しているらしい。
そう聞いた僕は、この世界にも国というくくりがあることを初めて知った。
国の管理下であり、自分たちの領地ではない場所であるため、森を荒らすことは許されず、警備という形で街を守らなければならないそうだ。
そんな話を聞いてしまうと、何やら塀の向こう側に関しては街とは異なるルールがありそうで、少し面倒くさい。
国の言い分では、領地同士がくっついていると領土を広げようと争いが起こるから、わざわざ国の直轄地を通らないと行き来できないようにしているらしいが、動物に乗ったり、牽かせたりするような者が直轄地を通行する際は、一定の通行料を徴収しているというので、その辺りはちゃっかりしているとしか言えない。
この街であれば、大きい動物を抱えて塀を乗り越えて森に出ることは困難なので、この塀は街を守るだけではなく、国が通行料を獲り損じないようにすることにおいても大活躍である。
ちなみに僕らはどうしているかというと、当然、動物の力は借りず、自力でカゴを背負い、時には荷車を引くという人力での通行のため、徴収の対象ではない。
国も貧しいものから搾り取るようなことはしないようだ。
僕の家の一帯に住んでいるものは、動物を飼育する余裕があるなら、その肉を食らい、その柵を建築資材にしなければ生活が成り立たないので通行料など払うことはできない。
もし門番が通行料を取るようになったら、皆が塀を乗り越えるという選択をするだろう。
こうして話をしているうちに門の前について、いよいよ外に出る時が来た。
何か手続きなどが必要なのかとわくわくしていたが、そんなものはなく、声をかけただけであっさりと門は開かれた。
「気をつけて行ってきな」
と、軽く声をかけられたので、元気に返事をしたが、特に不安になるような話し方でもない。
警戒するに越したことはないが、実は気にしすぎなのではないかと森を知らない僕は思った。
父親は振り返って僕の様子を確認することもなく、森の方に向かって歩いていく。
僕は父親に置いてかれまいと先を歩く父の背中を追いかけるように森に足を踏み入れることになるのだった。
どこに向かっているのか分からない父親にようやく追いついた僕は、父親の隣を歩きながら色々と質問を続けた。
「父さん、この辺りの森の木は切っちゃだめなんだよね」
「切り倒すのはダメだ。国主に怒られちまう」
「じゃあ、小枝を拾ったり、ツタを切ったり、木の実を取ったりするのは?」
「枝を拾ったり、ツタを切るのは問題ないが、木の実は採集日にみんなで行く方がいい。木の実のあるようなところには獣がいて、襲われる可能性があるからな」
父親がそこまで言ったところで、何か思い当たることがあったのか、急に足を止めて僕の方を見た。
「そういえば、まだ参加したことなかったな」
「何に?」
「採集だよ」
「皆で一緒に採りに行く日があるの?外の子が森に木の実があるって話をしてたから、僕も早く森に来てみたかったんだ。そういうのがあるなら僕もやりたい」
すれ違うこともが一緒に森に木の実を拾いに行くという話をしていたのを何度か耳にしていたが、僕はてっきり子供だけ、もしくは狩りと同じように数人の家族で行くものだと思っていた。
もしかしたらそういう日もあるのかもしれないが、きちんと決められた採集日というものがあるのなら、まずはそこに参加しておくのが正しいのだろう。
「そうか。採集日はな、大人が狩りの道具を抱えて周囲を見張っている間に子供が木の実を集めるんだ。動物がきたら狩って、それも皆で持ち帰る。でもかなり歩くぞ?」
どうやら木の実が取れる場所は森の奥になるようだ。
距離感が分からないが、他の子供が歩ける距離なら気力で何とかできるだろう。
「頑張るよ」
「荷物もたくさん持つんだぞ」
「もちろんだよ」
採った木の実以外に動物が増えるかもしれないのだから、最低限、自分の荷物は自分で持つ覚悟が必要そうだ。
それから採集日までにより多くの荷物が持てるよう何か考えた方がいいかもしれない。
「じゃあ、次の採集日は頼むな」
「うん。楽しみにしてる!僕も役に立てるといいな」
父親は僕が前向きに答えるのがよほど嬉しかったらしい。
もしかしたら僕の成長を喜んでいるのかもしれないが、僕には計り知れない。
「おお、期待しているぞ!さあ、目的地はもうすぐだ。もうちょっと行くと川があってな、岩場を椅子にしてお昼を食べるにはちょうどいいところなんだ。水も飲めるし休憩にはもってこいさ」
父親がようやく目的地について語ったので、向かっている先が川であることが分かった。
ここまで広めの道をまっすぐに進んでいるので迷うこともない。
距離も長くないようなので、おそらく森の初心者が最初に連れて行かれる定番コースなのだろう。
そう理解して、会話が終わったところで歩き始めた父親においていかれないよう、僕も再び歩きはじめるのだった。




