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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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工具贈呈

初めて選挙での投票を体験してから数日後。

倉庫の整理整頓を済ませた僕が、いつも通り作業場へと移動した時だった。

僕は親方に声を掛けられてので、親方の机のあるところに行った。

その日は書類仕事の予定はなかったが、もしかしたら急に大量の発注書が必要になったとかそういうことかもしれないと思っていると、すでに机の上に乗せて準備してあったらしいケースを僕に渡した。


「そろそろこれをやろう」

「これは……?」

「開けてみな」


僕は言われるがまま渡されたケースの中を見て驚いた。

その中には職人たちが使っているのと同じ工具のいくつかがセットになって入っていたのだ。


「こ、これ……!」


今まで仕事をする時は倉庫の中にある予備の道具を使ったり、お手製の銛が壊れた時にもらった破片を使った小さいはものを使っていた。

少ないとはいえお給料をもらうようになった僕でも、工具は高価なもので買いそろえることができなかったのだ。

いつかは家でも何か作れたらと思っていた僕は、少しずつお金を貯めて、余裕が出てきたら自分の工具を買いたいと考えるようになったところだった。

親方はそれを僕のために用意し、プレゼントしてくれるという。


「うちの職人愛用の工具だ。まあ、最低限だがな。これでお前も職人の仲間入りだ!」

「職人の……」

「つーわけで、まあ、やるこたあしばらく変わらねぇが、時間見つけてしごいてやるからついてきなってことだ!」


親方は、がははと大きく口を開けて笑っていたが、僕は言葉が出なかった。

こんな高価なものを贈られたのだから、もっと頑張って成果を残さなければという思いが強くなる。



手にした工具を見つめて感動で固まっていた僕を見て、先輩の一人が横から親方に声をかけた。

仕事の確認に来たところで僕が工具を受け取っているのをみていたらしい。


「……親方、こいつ目が点になってますよ?」

「あ?何でだ?」


先輩に言われて僕を見た親方は、僕が工具を見つめて目を見開いていることにそこで気が付いたらしい。

もちろん嬉しかったのだが、こんな高価なものに対してどう仕事で返していけばいいんだろうと考えているところだった僕の表情は、とても工具をもらって喜んでいるものには見えないものだったらしい。

実際のところ僕もこの時どんな表情をしていたのか自分ではさっぱりわからないが、複雑な思いが交錯していたので、さぞ複雑な表情をしていたに違いない。


「いや、たぶん意味が分かってないっすね……」

「何のだ?」

「いや……」


先輩は親方に説明をしようと言葉にしかけたが、そうするよりも早い良い方法が浮かんだらしく急に僕の方を叩いた。


「おめでとう!君、正式採用だよ」

「へっ?」


突然肩を叩かれて僕はようやく我に返った。

道具と向き合って意識を飛ばしていた僕は、いつの間にか自分の近くに先輩がいたことにも驚いていたのだが、僕が顔を上げて自分の方を見たので続けてよいと判断したらしく、僕に告げた。


「工房の親方は、見習いを弟子と認めたら、その相手に仕事道具を贈るんだ。だからそれを親方から渡された君は、親方の弟子になった。つまり、見習いじゃなくて、この工房に正式採用されたってことなんだ」


確かに僕は今、親方から仕事道具である工具のセットを受け取った。

これにはそんな意味があったのかと、現実を受け入れられないまま僕は親方と工具を交互に見てから思わず親方に尋ねた。


「本当に、本当ですか?」

「あ、あぁ……」


一方の親方はそんなことも知らなかったのかと逆にそのことに驚いたらしく、意味も分からないのに何も言わず工具を渡した気まずさもあってか、唸り声を上げながら頭を掻いている。

ちなみに工房で早く一人前と認められたい人は親方に早く工具が欲しいとねだるものもいるらしい。

僕から見たらこんな高いものをねだるなんてと考えてしまうが、それが正式採用してほしいという意味ならばわからなくもないなとぼんやりと考えてしまった。

僕が実感できないまま呆然としていると、先輩が僕の方をバシバシと叩きながら言った。


「一年もしないうちに見習い卒業とかすごいじゃないか!」


それで少しずつこれが間違いではないと理解できてきた僕は、とりあえず元気よく先輩の呼びかけに答えた。


「はい!ありがとうございます」


僕の元気な返事を聞いて今度は親方の方が複雑な表情を浮かべた。


「あー、けどな、そうは言ってもだ……。すぐに新しい見習いが来るわけじゃないからな。やることはしばらく変わらんが……」


工具を贈呈されたからといって、明日から僕のやることが変わるわけではないらしい。

だから工具を使うより倉庫の整理をしたり書類を作ったりする仕事はしなくてはならないということだろう。

だが僕からすればそんなことはどうでもよかった。

正規採用になったということは、もう就職活動をしなくて済むということであり、安定した収入が見込めるようになったということだ。


「そんなの全然いいですよ!スタートラインに立てたってことが嬉しいんです。これからもよろしくお願いします!」

「お前がそういうなら、まあ……」


正式採用をして弟子にすると言いながら見習いと変わらないことをさせるのは、気が引けるということなのだろう。

親方は口ごもっていたが、正式採用されるのならこれから先学ぶ機会はいくらでもあるに違いない。


「正式採用されたけど、僕はまだ先輩の作業を見て勉強してるところなんで、これからは少しずつ作業に加われるようになりたいです!もちろん、倉庫の整理もちゃんとやります。これからもよろしくお願いします」

「そうだな。工具を渡したんだ、これからはもっと作業もさせて技術を磨いてやらなきゃならんな」


僕が面接の時のような意気込みを見せると、親方も何か吹っ切れたのか、ようやく笑顔になった。

この日、僕がすぐに工具を使うことはなく、先輩方の必要とする道具を調達したり、倉庫の片づけをしたりして変わらない一日を過ごしたのだが、僕は非常に満たされた一日を過ごすことができたのだった。



その日、家に帰った僕は喜びのあまり荷物を置くのも忘れて両親に報告をした。


「父さん、母さん、僕、工房で正式採用が決まったよ!」

「ほ、本当か?本当にか!」


僕以上に興奮して大きな声を出した父親に、思わず僕の声も大きくなる。


「今日、親方が僕に工具をくれたんだ。工房の親方が見習いに工具を渡すのは、弟子として正式採用する証なんだって。まだ新しい見習いが来なくて僕が工房の中では一番下っ端になるからやることは変わらないけど、でも僕、親方に認められたんだ!」


父親に訴えるように話をしていると、母親もその話を聞いて何が起きたのか理解できたのだろう。

少し涙目になりながら僕に言った。


「良かった、良かったわね、おめでとう。今日がこんなにおめでたい日になるなら、ご馳走を用意するんだったわ!」

「僕だって急に言われて……。実感なかったけど……。そっか、僕、認められたんだ……」


母親が涙目になっているのを見て、感慨深いものがあった。

誓う世界を生きていた時を含めても、ここまではっきりと自分を認められた経験がなかったように思う。

確かに商品をそれなりに販売していたことはあったが、それはあくまで同じものが好きな人たちの中の、いわゆる内輪での評価だった。

正規雇用されたのも初めてだし、明確に他者からも分かる形で評価されたのは初めてのことだ。


「よかったな」

「うん。これからもっと頑張らなきゃ」


過去の自分を思い出していたからか思ったよりしんみりと答えてしまった僕に、父親は何度も首を縦に振っていった。


「そうだな。弟子入りが決まったからって、そこで浮かれてちゃダメだ。これからが本当の仕事だからな」


父のしている森での仕事は、工房の仕事と比較して給料がいいわけではない。

正しく言うのなら歩合制のようなものなので、定額収入のもらえる工房とは違い、非常に不安定なのだ。

けれど仕事というものに関して、その厳しさを身をもって知っている父親の言葉は重い。


「もちろんだよ。正式に採用が決まったけど、まだ僕には何一つ作れるものがないんだから、まだまだ半人前だよ。それに僕には作りたいものがあるんだ。だからその夢を叶えるためにもっと頑張らなきゃいけないんだ」

「そうだ。これからもそう思って働くのがいいと思うぞ!」

「わかった!」


親方の元で技術を磨き、お金を貯めて、今の生活を改善するのだ。

両親には言えないが、二人にももっと楽をしてもらいたい。

僕はその決意を含ませながら、返事をしたのだった。

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