表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/261

選挙初投票

そうして見習いとして親方のところに通うようになって数ヶ月。

この世界に郵便などのシステムはないはずなので、どうやってこの手紙が僕の家に来たのかは分からないが、初めて僕の手元に投票用紙が届いた。

投票用紙は各世帯ごと、投票権のある人の分だけ届くのだという。


「お、来たか!」


建物や選挙が好きな父さんは、投票用紙を見るなり嬉しそうにしている。


「そうね。また交代で行かないと……」


選挙会場が街の中心部にあり、家から遠いので母さんは面倒そうにしている。


「今回はお前の分も来てるぞ」


そう言って父さんは僕に紙を渡した。

受け取った僕がその紙を見てみると、そこには僕の個人情報が記載されていた。

書かれているのは名前、居住地、現在の職場とその地位だ。

それを僕は父親にお前のだと渡されたのだ。


「父さん、これどこから来たの?」


僕は思ったまま疑問を口にした。


「ああ、どこからかは詳しくわからないが、偉い人からだな」

「偉い人?」


ぎこちなく答えているところを見ると、おそらく差出人は父親も知らないのだろう。

ただそれが投票用紙で、次回領主選挙に使われるものだということは間違いないらしい。


「ああ。国の偉い人からのはずだぞ?」

「そうなんだ。でも僕は何もしていないのに、僕が働いているなんてよく偉い人が分かったなぁ」


親方に来るように言われて働き始めたものの、僕はまだ見習いで、確かに給料はもらっているが正式に採用されたわけではない。

確かに正式に採用されていない場合でも一度働いたことがあれば選挙権はあると聞いていたが、あまり細かく管理されていなそうな世界なのに、ちゃんと僕の存在が知られていることに驚いている。


「それは親方がすぐに手続きしてくれてたからだろうな。だからお前が働いていると認められて、投票用紙が届いたんだ。親方にちゃんとお礼言っとけよ?」

「うん。わかったよ!」


父親の話によると、どうやら雇用主が働いていることをどこかに申告してくれているらしい。

雇用主に寄ってはすぐに手続きをしない人もいるらしく、タイミングが悪いとその年の領主選挙の投票権がもらえない人が出ることもあるという。

父親の言う通りなら、選挙で投票をしたいという僕のこの世界でも希望をかなえてくれた親方には感謝しかない。



「それじゃあ、お前は初めてだからこの投票用紙の使い方を説明するぞ」

「うん」


どうやら投票用紙には使い方があるらしい。

僕は返事をして父親の説明に耳を傾ける。


「まず、投票用紙に書いてある内容を確認する。名前とか間違ってないかよく見るんだ」

「わかった。……でも父さんたちはあまり文字の読み書きはできないんじゃ……?」

「それはそうなんだが、自分の名前だけは不思議と見たらわかるようになっていたんだ。お前は文字が読めるのなら全部内容を確認すればいい」

「わかった」


両親ともに文字はあまり読めないし、書くのは難しかったはずだ。

人によっては読むのも難しいだろう。

だから前回見学で投票について行った時、文字を書く必要がないのだなと思った。

けれどこの紙には確かに自分のものだと文字が書かれている。

世帯単位で届いたら、文字の読めない一家はどうするのだろうと思ったが、父親によると感覚で分かるものらしい。

違う用紙を持っていると、これは自分のものではないと直感的に判断できるのだそうだ。

そう言われたものの、僕は他の人の用紙と比較したことがないから分からない。

だからとりあえず持って違和感がないのであっているのだろうと思うことにした。

念のため、文字の読める僕はその内容が正しいことを確認する。


「次にこの投票用紙に本人登録をする」

「本人登録?」

「ああ。血判を押すんだ」

「血判……」

「針とかナイフで少し血を出して、その血を投票用紙に落とせばいい」


血判と言っても判を押すように指紋を付ける必要はないらしい。

何でも投票用紙に血を落として本人だと承認されて初めて投票用紙として効力を発揮するのだという。

僕が父親に言われた通り投票用紙に血液を染み込ませると、紙に書かれた文字がだんだん薄くなり、すぐにまっさらな紙になった。


「父さん、文字が消えたよ!」

「これで当日、紙を持って投票に行くだけだ。大事にしまっておけよ」

「わかった……」


僕が白紙になってしまった投票用紙をじっと眺めていると、父親が心配そうに声をかけてきた。


「どうした?」

「うん……、これ、何も書いてないから、他の人に使われたらわからないよね。気をつけるよ」


当人の情報の書かれた部分は血を落としたことで消えてしまっている。

もしかしたら見る人が見れば分かるものなのかもしれないが、見た目はただの白紙にしか見えない。

だから他の人でも使えるのではないかと思ったのだが、父親が不思議なものを見る目で僕を見ながら言った。


「登録済みの投票用紙で他の人間が投票することはできないぞ?ただ、これは自分の意見を示すことのできる数少ない大切な機会なんだ。他の人が利用できなくても、失くしたらその貴重な機会を自ら手放すことになる。貧民が貴族様と同じ重さの権利を持つ機会は選挙しかない。その中でも特に領主選挙は、生活に直結してくる。領主の能力が低いと街が壊れちまうからな」


どうやら血を登録した登録用紙は本人しか投票箱に入れることができないらしい。

簡素な仕組みだと思っていたが、不正投票ができないようになっている投票システムだと聞いて僕は感心した。

でもそれを口にするわけにはいかない。

僕は父親の言葉の中から触れてもよさそうな内容を考えて、それに対する返事をする。


「……そっか。新しい家を入れ替えたりするのは領主様だもんね。失敗したら違う家が壊れたりするってことだよね」

「そうだな。直すはずが壊しました、じゃあ困る。そんな感じだ。他にも街を直してくださったりしてるぞ。領主様はこの領地を住みやすくしてくださるお方じゃなきゃだめだからな」


領主様が偉いのはわかった。

だが、その人物を見たことがない。

過去の世界では、選挙演説とか、テレビとか、インターネットなどで彼らの活動を知ることもできたが、現役の領主様の姿は一度も見たことがないのだ。

見回りしていなければ街を修繕するにも状況はわからないだろうから、街を歩いていることもあるはずなのに不思議だ。

人のいない深夜に確認するにしても灯りが足りないので、破損を見落としてしまったりするに違いない。

それに投票はあくまで展示物を見て一番良い展示物のところにある箱に投票用紙を入れるだけだ。

創作物は見られても本人の人となりを知ることはできない。

もし選ばれた領主が技術は高いけど破壊を好む人だったらどうなってしまうのだろう。

街は破壊されつくしてしまうのではないだろうか。

そう考えると、やはり自分が投票する人を決めるための情報としては少し不足しているように感じた。

そして前回の投票で領主様に選ばれた人も、結局誰なのか僕にはわからないままだ。

大人の中には知っている人もいるようだが、いつの間にか決まって、そして知らぬ間に挨拶一つなく交代している。

それなのに彼らは皆、領主様を尊敬しているし、信用している。

そして生活していて実際に裏切られたことはない。

考えれば考えるほど分からなくなっていく。

けれど僕は今回投票用紙を手にすることができた。

投票する権利は有効に使いたい。

もしかしたら選挙に何度か参加しているうちに、何か分かるかもしれない。

僕は手に持っていた投票用紙をカバンの中に大事にしまい込むのだった。



投票日当日。

工房は自由出勤となっていた。

領主選挙の投票にこの街全体の命運がかかっているのだから、工房には来ても来なくてもよいが、その代わりしっかりと投票を済ませるようにということだ。

僕は前の選挙と同じように朝から父親と選挙会場に向かった。

前と同じように並んで、中に入れてからは模型をひとつずつ丁寧に見ていく。

そして以前、工房の倉庫で見た模型と、ここにある模型の違いを思わず考えてしまった。

あのよくできた模型のどこがダメだったのか、これは完成形なのだから内容が違うものであってもヒントがあるかもしれない。

僕は全ての模型を見て投票を済ませると、一緒に投票所に入った父親があれこれ悩んでいるのを待つ間、並べられた模型をじっくり観察して過ごしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ