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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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文字習得と事務

そんな話をした数日後。

僕がいつも通り兄弟子の観察をしていると、親方に呼ばれた。

同じ作業場の中なので、僕が親方に呼ばれたことも、目の届く場所にことに変わりはない。

だから兄弟子たちは僕が雑用を押し付けられるのだろうとあまり気にた様子はなかった。

むしろ観察されていた兄弟子は、僕が離れた方が落ち着くらしく、今のうちにと言わんばかりに仕事に没頭する。



幸い何か言われることもなかったので、僕は親方の机の前に移動して声を掛ける。

すると親方は突然、僕に一枚の紙を見せた。


「お前、これ何かわかるか?」


親方が目の前に突き出した紙を受け取った僕はその内容をじっくりと見た。

文章の部分は正直何が書いてあるのか良くわからない。

タイトルも読めない。

だが、下の方にいくと材料の名前とその内訳のようなものが書かれている。

単語と数字が並べて表記されている部分は、材料とその値段だろう。


「これは……。何かというのは難しいですけど、これは材料で、これが値段だと思います。だから、見積書、発注書、請求書、領収書、契約書みたいなものかなとは思うのですが、正確にどれかと聞かれたらわからないですね」


僕が知っている限りの知識を披露すると、親方は目を見開いた。


「……。お前、ここに来る前、商人のとこにでも見習いに行ってたのか?そんな言葉がぽんぽん出てくるなんて、ただものじゃない。見た目は若いが年齢詐称してるのか?」


親方に言われて僕はやりすぎたことに気が付いた。

確かに見積もりだの請求だのという言葉は、こんな学校にも通っていない子どもから出てくる言葉ではない。

僕は慌てて否定する。

年齢を詐称していないのは事実だ。


「そ、そんなことはないですが……」

「じゃあ、どうやって知ったんだ」


親方が訝しんで追求してくる。

僕はいいわけを必死で考えた。

長い時間考え込んでいるのもおかしいので、すぐに浮かんだ言葉を口に出す。

その後のことは言いながら考えるしかない。


「……市場です」

「いちば?」


思わぬ答えだったのだろう。

親方は素っ頓狂な声を上げた。


「はい。僕が知ってて、行けるところで、文字が並んでいるところはそこしかないので……」

「んじゃあ、市場で働いてたのか?」


それなら商人としての知識があってもおかしくはないのだが、問題は僕の年齢だ。

それに僕の経歴はここでの見習いが初仕事で、親方は僕が選挙権を持っていないことを知っている。

だから働いていたと嘘をつくのは愚作だ。


「いいえ。森での採集日以外で働くのはここが初めてです」

「……どうやって覚えた?」

「値札です」


この答えは僕にとっても賭けだった。

値札で数字が読めるようになったとしても、その隣に書かれているのが品目だなんてことは知らないのが普通だ。

そもそもここに書かれている品目の中に市場で売っているものはない。

たまたま、名前を聞いたことのある材料の名前と、僕の知る文字がマッチングしたから気がついただけだ。

それに本当なら品目の隣に金額が書かれているなんて書式を、市場で文字を覚えるような子どもが知っているのはおかしいのだ。

しかし親方はこれ以上追及しても仕方がないと考えたのだろう。

一応納得をしてくれたような言葉をもらった。


「なるほどな。だから品の名前と数字は読めるってか……。まあ、とりあえずやる気があることは分かった。正直、他の奴らはいいもの作ったら高く売れるとしか思っちゃいねえ。だからいいものさえ作ればって考えみたいでな。こういうことは聞いてこねぇんだ」

「聞かれないから教えないんですか?」

「まあ、そうだな。本当に見てりゃ、お前みたいに聞いてくるもんだろう?それにあいつらは作る作業で手一杯で、作る以外の新しいことを覚える余力はねぇように見えてな。まあ、伸び方は人それぞれだ。それを見極めて、どの弟子にどの仕事を任すか決めんのも、親方の役目だしな」


親方はふらふら見て回って指示を出しているだけではなく、弟子のことをよく見ているのだと僕は感心した。

前に生きた年齢と今生きて年齢を足しても多分親方の年齢には達しないだろうが、やはりどこの世界でもできる人はできるのだ。



それからというもの、僕の観察対象に親方が加えられた。

書類仕事は毎日あるわけではないので、ないときは兄弟子の観察をしたり、害にならない程度の加工をしたりして過ごす。

書類仕事があるときは、親方の横に座らされ、親方と書類を観察する。

親方は書類仕事をする手を止めることはしないが、僕にわかるように、たくさんの独り言をつぶやいてくれる。

最初はよくわからなかったが、しっかり耳を傾ければ、上から文章を読んだり、ここの計算が面倒くさいんだよなあとか、注意すべきことを声に出していることがわかったので、僕は親方の声を聞きながら、ひたすら書類に目を落とす。

幸い、僕にとっては知っていることが多かった。

知っている内容をそのフォーマットに直すだけで、概念は近いので覚え直すことは少ない。

そうして反復されるうちに、僕も見ただけで書類の内容がある程度理解できるようになった。

あとは書けるようになるだけだ。



観察をしているだけでは書けるようにはなれない。

僕は悩んだ末、親方に相談することにした。


「親方、親方はどうやって文字を書けるようになったんですか?」

「ん?ああ……そうだなあ。どうしたんだったか……」


昔のことすぎて思い出せないと唸っている親方の次の言葉をしばらく待ったが、話が進まなそうなので、僕は言葉を付け加えることにした。

とりあえず、頭の中の世界から、一度こちらに呼び戻すためだ。


「一応、親方のおかげで、書類の内容はわかるようになってきたんですけど、見ていても書けるようにはなれないので……」

「ああ、そうか!」


僕の言葉で親方は何かを思い出したらしい。


「俺の時はなぁ、言われた文字を写すように言われたなぁ。あんときゃ忙しかったからな。白紙を渡されて、変更しない部分だけ同じ文章を何回も写してすぐに必要なことを書けるように準備するとかってのをやってたな。最近はそんなに細かい取引はなかったし、書類を作るのが面倒で引き受けてなかったが、おそらくあれが勉強になったんだなぁ」


しみじみと親方はそういった。


「じゃあ、僕がその書類を書き写せば、その分細かい仕事も取れるようになるし、僕も文字の勉強ができるということですか?」


僕が尋ねると、親方はまたなにやら考え込んでしまった。

だが今度はすぐに現実世界に意識を戻してくれた。


「あのなぁ、確かに決まった文字を写すのも文字を書く練習にはなる。なるんだがなぁ、書類を任せるんだったら計算もできないとだめなんだよなぁ……」


そう言われて僕はさすがに考え込んだ。

ここでこの程度の計算ならできるなどと言ったらまた年齢詐称を疑われかねない。

特に計算はどこかの世界の数字が便利すぎて、今でもこっそり使っている。

安産できない場合は地面にこっそり数字を書いて計算し、計算が終わったらすぐに証拠を隠滅しているので、僕の使っている数字については見られたことも聞かれたこともない。

けれどここで引いたら文字を教わる機会はなくなってしまうだろう。


「親方、とりあえず、親方の言われた部分を言われた通りに書き写すのだけでもやらせてもらえませんか?それで親方の仕事が楽になるんでしょう?それに僕は倉庫の整理もしないといけないし、技術はまだ兄弟子たちの足元にも及ばないんですよね。そんなにいっぺんにはできないです」


僕がそういうと、親方はうなずいた。


「ああ、そういやぁ、お前はまだ見習い期間だったな。飲み込みが早いからすっぽり忘れてたが……、そうだな。じゃあ、日を決めていくつかやってみてもらうことにするか。あと、一応言っておくが、紙は高い。無駄にはできんから、俺がいるときにやってもらう。それでいいか」

「はい。ありがとうございます!」


文字を書かせてもらえることと、久々に紙にペンで文字を書くということが叶うことになり、僕のテンションはかなりあがった。

やりたいと名乗り出ればやらせてもらえるのなら、これからもどんどん立候補していこうと思う。

正直、もう就職活動はしたくない。

僕はここで兄弟子とは違うことができるようになることで何とか正式採用をしてもらおうと心に決めたのだった。

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