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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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雑用と事務

倉庫での仕事を認められたらしい僕は、朝一番で倉庫の片付けをしてから、工房の作業場に足を運ぶようになった。

材料しかない倉庫と違い、作業場は色んな意味で活気があった。

同じ空間にたくさんの人がいて、次から次へと親方から指示が飛んでいる。

最初の僕は見学の身。

親方に言われた通り職人の技術をガン見しながら、耳は親方たちの会話に向けていた。

そう、そういう生活を繰り返しているうちに、作業を見ながら別のところの会話を聞くという何とも言えない技術が身についてしまったのだ。



その中で気が付いたことがある。

職人の中にもやはり文字の読み書きのできない人が多いらしい。

そして少しでも数字以外の文字が読めるだけでかなり重宝されているのがわかる。

僕の読みは当たっていた。

意外だったのは職人気質の親方が、文字の読み書きから計算の大半を一人で片付けていることだった。


「親方って、作品を作るだけじゃなくて、事務作業も全部できるんですね」


僕が何気なく聞くと、親方は眉間にしわを寄せて言った。


「そりゃあ、できなきゃ工房なんざ立ち上げてないさ。金払えばやってくれるのはいるけどな、自分で確認できなきゃ、騙されても気付けねぇ。実際それで潰れた工房もあるからな」


文字をきちんと読まずにサインしてしまって、それが理不尽な内容だったり、詐欺だったりしたために酷い目にあわされた親方というのも一定数いるらしい。

どこの世界でも契約書というのは大切なようだ。

例え騙されたのだとしても契約は契約、その内容によっては守らなければ相応の罰が下るらしい。

あまりにも理不尽なものは契約そのものが無効となるためできないらしいが、工房を手放すくらいで済むような内容であればサインした方の不注意とみなされるのだという。


「そうですか……。ちなみに親方はどうやって文字を覚えたんですか?やっぱり学校とか行ったんですか?」

「あー、いや。学校なんて高尚なとこには行ったことねーよ。こういうのは親方が仕込んでくれたんだ。まあ、その分、できるようになったら全部こっちにそういうのが来るようになってな。やらざるを得ないからやってた。だから今でもできる。そんなとこだ」


親方の場合は、工房を開く前にいた別の工房の親方が文字の読み書きや契約について仕込まれたらしい。

親方の親方は学校に行っていたのか、なぜ読み書きができたのか、それはもう辿ることはできない。

ただ、親方は学校に行っていないのに読み書きをすることができるようになったという。

僕はそれを教えてもらえないかと考えた。

けれども兄弟子たちは誰も教えられていない。

僕は文字を早く覚えたいと思うが、ある程度技術を磨いてからではないと教えてもらえないのかもしれない。

だから僕は確認することにした。


「でも、先輩方はほとんど事務作業してませんよね。文字もあまり読めてるようには見えないですし、書いてるのは見たこともありませんけど……」


僕の見る限り、技術の向上には躍起になっているようだが、事務作業をしようなどと考えている兄弟子は見当たらなかった。

もちろん、腕がものを言う職人の世界なのだから、技術を磨くのは当然のことだし、技術さえ上がれば親方に認められて出世できると信じているのだろう。


「お前……ほんとによく見てんだな」


観察対象以外のことにまで僕がアンテナを張り巡らせていたことに驚いて、親方は唸っていた。

隠すつもりもごまかすつもりもなかったようだが、興味をもたれるとも思っていなかったようだ。


「家が貧乏なんで、早く仕事覚えたいんです。僕がちゃんと働けるようになれば、お腹いっぱいご飯も食べられるし、両親を楽させてあげられる。だから……」


僕は気がつけば熱弁していた。

その思いは嘘ではないが、理由はかなりヨコシマだ。

この世界で文字の読み書きができるというのは、工房以外でも重宝されるスキルだと知ってしまったので、何としても習得を早めたいのだ。

僕は見習いなので、期間が終わって残れなければ工房を離れなければならない。

いい工房だから再挑戦してもいいけれど、もし文字の読み書きだけで割のよい仕事ができるようになるのなら、次の募集までの仕事をそれで得られるのではないかと思ったりもしている。

親方は縋るように熱弁した僕をなだめはじめた。


「ああ、わかった。そもそもお前の親父さんみてりゃ、お前の暮らしぶりは大体想像がつく。あの地区に住んでんだ、楽な暮らしじゃねーだろうさ」

「はい……」


さすが親方だ。

住んでいる場所から僕の生活を察してくれたようだ。

あの生活は十数年続けているので、それがもはや当たり前になってしまっている。

だからいくらでも我慢できる。

本当はそれよりも自分のスキルアップの方が大事だったが、それはとりあえず言わないでおくことにした。


「そういや、あの布団干すのに人気のやつも、元は家に入ってくる雨風を何とかしたくて考えたとか言ったか。……まあ、事情はわかるが、贔屓はできん」

「それはわかります」


ここにはどこかの世界のような年功序列の制度があるらしい。

やはり兄弟子たちの中に覚えたい人がいれば優先されるのだろうと僕が少しがっかりしていると、親方は続けた。


「で、お前は字を覚えたいのか?」

「え?」


落ち込みかけて少しうつむいていた僕は驚いて顔を上げた。

僕はさぞ驚いた顔をしていたのだろう、僕が勢いよく上げた顔を見て、少し驚いた表情をした後、頭をぽりぽりと掻きながら言いにくそうに親方が尋ねる。


「いや、仕事覚えたいって話の中に、そういう事務みたいなもんも入ってんのかってことだ」

「はい。文字の読み書きはできるようになりたいです。今の僕は独学なので、真似事しかできないから、仕事で使えるようになりたいです」


親方は思うところがあったのだろう。

もしかしたら僕を職人ではなく事務要員として採用することも考えてくれるかもしれない。

僕としては作品を作れる職人という職業に憧れはあるが、作品そのものは材料があれば作ることができる。

今気にすべきは仕事としてお金につながるスキルを身につけられるかどうかだ。

僕の必死さが伝わったのか、親方は再び唸り声を上げながら考え込んでいたが、唸っても結論が出なかったようだ。


「まぁ、ちょっと考えるわ」


どうなるか分からないが前向きな言葉だったので僕は素直に喜ぶことにした。


「はい!お願いします!」


僕はそう元気よく頭を下げたのだった。

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