倉庫に眠る模型
僕が掃除と片づけを進めていると、扉の前に大きな影が現れた。
また誰かが入口にものを置くために来たのだろうと、確認もせずに作業をしていると、大きな声で呼びかけられる。
「おい、調子はどうだ?……って、なかなかやるなぁ!」
まず入口がきれいになっている。
それだけでも驚かれた。
新人で初日にここまで仕事をした人はいないらしい。
「中にいたってことは、中もかなり進んでんのか?」
「まだ雑然としていますが、取りかかってはいます」
「そうか」
親方はそう言って中に入ると倉庫の中を見回した。
とりあえず材質や使用方法を自分なりに考えて分類して置いてみたのだが、親方には一目でそれが理解できたらしい。
「いやぁ、想像以上だ。大したもんだな!」
がははっという豪快な笑い声を出して親方は僕の背中をバシバシと叩いた。
勢いが強くて僕はむせながら少し前につんのめったけど、転ぶことはなかったし、足腰が丈夫でよかったと思った。
親方に褒められたところで、僕は仕分けしていたものの中で、どう扱ったらいいか困っているものについて聞いてみることにした。
とりあえず親方のもとに、僕は一番気になっていた模型を持っていく。
「親方、あの、これは一体何ですか?」
「おお!懐かしいな。まだ残っていたのか。見かけることもなかったし、もうとっくに処分されてると思ってたんだがなぁ」
見かけなかったのはおそらく積まれた材料や道具に隠れていたためだろう。
そしてたぶんだが、入口にものを置くようになった職人たちは、親方も含め、倉庫の奥にはよほど必要なものがない限り踏み入ってなかったのではないかと思う。
けれどそこはどうでもいい。
そんな中に置かれたこの模型、倉庫で色々な物の中に埋もれていたのに壊れていなかった。
しかも精巧な作りでものすごく細かいところまで作られているのに、パーツ一つ取れている様子もないのだ。
「何かに使っていたものですか?こんなに精巧にできているのに倉庫にあるなんて……」
素晴らしいものなのでお店に飾ってオブジェとして使ってもいいのではないかと思ったのだが、親方はそんなことは考えていないらしく、業務的な答えが返ってきた。
「ああ、これは提案用の模型だからな」
「提案用の模型?こんなに細かく作ってあるのに提案用なんですか?」
「まあ、うまくいけばそのまま採用されるけどな」
そのまま採用されない場合の大半は、軽微な修正だという。
「でも、模型ですよね?どんな形になるのかイメージがつかめればいいんじゃないですか?」
「お前、何言ってんだ?それじゃあ採用は厳しいだろ。そのまま使えるくらいの作りじゃないとダメだよ」
「そのまま?」
模型にそこまで求めるのかと僕が首を傾げていると、親方は頭をかきながら入口に向かって歩き出した。
僕はその後に続きながら親方の話を聞く。
「ああ。ちなみにこいつは一応採用されたんだけどな、これじゃあどうしても修正できないところを直してくれって言われて仕方なくもう一回作ったんだよ。……本物はほれ、あそこだ」
入口を出たところで、親方は垣根の向こうを指さした。
「あの建物がこれですか。確かに少しアレンジされてますけど、この模型そのものですね」
僕は両手に抱えたままの模型と、外に建っている建物を比較した。
「おお。中も工夫してあるんだぞ?」
親方に模型の中を確認するように言われ、僕は模型を傾けてその中を見た。
よく見て触ってみると窓も空くし、ドアも開く。
家の中には備え付けの棚や家具、キッチンやトイレまでしっかりと作りこんである。
そしてそれらは指で触っても動かないので、完全に固定された状態のものであることが分かる。
「すごいですね……」
「まあ、これがそのまま、ああやって建つんだから当然だな」
「そのままですか……」
親方の言った、そのまま建つ、という言葉の意味をようやく理解した。
この模型サイズのもの、これを領主に設置してもらうと、街にこの建物が建つのだという。
領主に設置してもらうためには、その土地に収まるよう正しい縮尺で、かつ、備え付けのものは全て動かないように固定した状態にしなければならない
まさか領主が模型を設置したら、街に完成品が現れるとは思っていなかった。
ちなみに撤去の時は模型をどけるだけだという。
初めて新しい家を見に行った時、家が消えたように見えたのは上に引き上げてその場所を空けるためで、家がゆっくり下りてきたのは、勢いで周囲の家に傷がつかないようにしたり、サイズの確認を含めて周囲の家に影響が内容に模型を下ろす作業をしているからなのだそうだ。
見たことのない領主様という人は、すごい力を持っているのだと僕は認識した。
「まあ、今度コンペがあったら参加してみればいいさ。そうすればどんなもんか分かるだろう」
「コンペですか?」
僕が頭の中を整理していると親方がコンペを勧めてきた。
僕はまだ工房に入って技術的な手伝いすらできていない。
それがコンペとはどういうことなのかと首を傾げた。
親方としては僕がそこまで何も知らないとは思っていなかったらしい。
とりあえずコンペでは親方の模型のようなものを作って、最終的にはクライアントがどれを採用するか決めるのだという。
ちなみにそこで採用されなくても、良いアイデアのものは他のクライアントに採用されるので、この工房で親方の作った模型はほとんど手元にないのだという。
「俺も参加するからライバルだが、まあ、完成品のチェックくらいはしてやるから、やってみたいなら言ってくれ」
「わかりました!」
次のコンペの日程などを告げられなかったところを見るとおそらく次回未定なのだろう。
もしかしたら僕もその頃には工房で技術を磨いているかもしれないということだ。
倉庫の掃除でもお給料がもらえればいいとさっきまで考えていたのに、僕はコンペに立候補できるかもしれないと聞いてテンションが上がっていた。
「じゃあ、今日はそろそろ終わりでいいぞ。明日も続きを頼むな」
親方は大声で笑いながら片手をあげ背を向けて倉庫を後にした。
結局、僕の初出勤は倉庫の片づけで終わるのだった。
翌日、僕が倉庫に出勤すると、入口にはたくさんのものが積まれていた。
幸い奥はきれいなままなので、おそらく僕より後に帰宅した職人たちが早く帰るために置いていったのだろう。
僕は入口に積まれたものを仕分けしてから、中央に作った仕分けゾーンのものを一つ一つ分けていくことにした。
結局、入口左側、手前側から大きな材料、入口右側には工具、入口正面奥には普段使わなそうなものと、持ち運びが容易な小さいパーツなどという配置になった。
ちなみに工具の置いてあるところの一角、窓の近くに、発掘された机といすを置いた。
ここは僕の休憩スペース兼、作業スペースになる予定だ。
僕は手が空いた時は親方の模型をじっくり観察することにしたのだ。
結局、僕が見つけたいくつかの模型は倉庫の中に眠らせることになった。
職人が使うものではないので、入口奥に片付けることにしたのだが、僕から見たら本当にもったいないと思う。
ちなみに親方はそんな僕に、この模型のどこが欠陥だったのかは教えてくれなかった。
「片付けが終わって時間ができたら模型をいじって考えてみな。もう使わないものだから多少壊れても文句はいわねぇ。やることやってんだから好きにしていい。まぁ、その欠陥が分からねぇと採用されることはないから勉強だと思って考えてみるんだな」
と言ったのだ。
だから僕は時間つぶしの時間、親方の作った模型をひたすらいじり倒している。
見れば見るほど精巧な作りで、僕の目から見ると何がダメなのかさっぱりわからない。
気がつけば毎日、模型を見続け、当初考えなければと思っていた暇つぶしをする必要がないくらい、この課題にのめり込んでいたのだった。




