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帰宅と支度

肉と果物を抱えて帰ると、家では母親が食事会の準備を進めてくれていた。

僕も普通なら帰るまでが採集日だけど、今日はこれから親方たちが来る。

採集に夢中になりすぎて忘れてたけど、僕にとってもまだ今日は前半戦だった。


「ただいま」


僕がちょっと疲れた様子でガレージから台所を覗き込んでそう言うと、母親が手を休めてガレージに出てきた。

そしてその入口でう動きが止まる。

玄関からではなくガレージ側から入ったのは当然台車があるからだ。

なのでこちらから帰ってきたことを知らせても驚くことはない。

貧民街だと、狩人が多いので、昔でいうところの裏口とか勝手口みたいなものを使う文化みたいなものが残っている。

ちなみに市場や職人街、貴族の家でそれをやればただの不審者だから、ここが例外地域なだけだ。

だから目の前の母親が驚いているのは、ガレージから帰ってきたことが原因ではない。

台車に乗ったものを見て目を見開いていたのだ。


「おかえりなさい。まあ、随分と大きなものが収穫できたのね。しかもこんなに!」


我に返った母親がそれを声にすると、父親は自慢げに答える。。


「そうなんだよ。まるでこちらの食事会を応援してくれているようだろう?」

「本当ね」


父親とそう言いながら母親は嬉しそうにしているが、ここにいるのは家族だけではない。

これからここで肉を捌いて市場に卸したり、親方たちが来たら出迎えたりしなければならないのだ。


「とりあえず全部ここに持って来ちまいましたけど、さばくのはどうしますか。職人さんが見たいとか言ってたんでしたよね」


数頭が積まれた台車から、とりあえず動物がガレージの土の上に降ろされる。

父親も話を辞めてすでに桶に水を入れて処理の準備を進めていて、それを他の人と一緒に運びながら言った。


「そうなんだが、待ってから全部はじめるんじゃ、さすがに肉屋に持ち込む量が減ってしまうだろう。小さい一頭はここで食べたり分けたりするとしても、他は今日中に収入にしてしまいたいところだな」

「こっちとしてもそれがありがたいが……」


仕事中だから言わなかったけど、僕は話半分に聞きながら別のことを思っていた。

皆、ここで解体をするのは初めてのはずだ。

そして父親は時間がないからと水甕からではなく、タンクから桶に水を入れてそれを運んでいるのだが、そこに誰も驚きを見せない。

彼らに水の出るところを見せたことあったかなって考えたけど僕の中にその記憶はない。

なのに、そこに驚く様子もなく、目の前の動物への集中を切らしていない。

狩りの時は動物のこちらも命懸けだから常に周囲を警戒するのはわかるけど、解体はそうではない。

技術や知識は必要だけど、気楽にできるものだ。

でもいつも通り準備が進めばタンクのことが些末に感じるくらい獲物に集中できるあたり、狩人も職人気質と似たものを持っているのかなと感じていた。

そんなことを考えていたので少し反応は遅れたが、質問がこちらに向いている時が付いた僕は一呼吸おいて、頭を現実に戻すと普通に答えた。


「僕もそれでいいと思います。そのために早く戻ってきたんだし、肉屋に出さないといけないって話は伝えてあるんで、一頭残してるだけで十分ですよ。むしろ最後の一頭は全部ここで食べて、残りを分ければいいと思います。卸さないなら慌てなくてもいいですし」


卸す分は時間との勝負だ。

これが本日の収穫が一頭となったら、少しは市場に流さないとまずいかなって解体を始めてしまったかもしれないが、幸いにもここには複数いる。

一頭全部をみんなで分けるのも正直過分なんだけど、他があるなら今日の収入としては十分のはずだ。

市場も肉屋も、狩人と話をしている人たちなら、採集日、通常なら子供が参加していることは知っているし、現在は森が荒れているので子供が手伝えないことも、様子が変わってしまって動物が少ないことも伝えてある。

だから今日もあまり期待されていないはずだ。

しかし今日に関してだけ言うならば、嵐の前より少ないけれど、嵐の後の中では一番多いという状態なので、一頭を残して他を持ち込んだだけでも、久々に肉屋にも買い手にも喜んでもらえる採集日となるだろうという。


「そうだな。今日は特別だ。もちろん最後の一頭は解体したら食べる分と皆が持ち帰る分に分けるぞ!この人数でもさすがに夕食だけで全部は食べ切れないからな」


父親が言うと、狩人たちも久々の肉の山に顔がほころんでいる。


「今日は様子見のつもりだったから、思わぬ収穫だ。ありがたく受け取るよ」

「こっちこそ息子の我儘に協力してくれたんだ、これくらいもらってくれなきゃ困るさ」


そんな会話をしている間にも、お肉となる動物は桶の水と狩人の手でどんどん洗われていく。

そして台車も軽く洗い流すと、その上に洗った動物を乗せ、いよいよ一頭目の解体だ。

解体しないメンバーはその間に他の動物たちを洗って準備を進める。

これまではそれぞれの家で解体していたので、父親が解体するところは見たことがあったけれど、この数をこの人数で解体するところを見るのは初めてだ。

狩人という仕事のはずだけど、こうなると今度は食肉加工工場のようだ。

動物を抑える人、刃を入れる人、はがされた皮、毛皮を退けてそれを洗う人、なんかいつの間にかうまく分担されている。

ちなみに僕は、体力的にも、握力的にも、知識的にもここで解体に加わることはできない。

必要な能力が足りなすぎるからだ。

でも何もしないわけにはいかない。

ここで僕にできるのはせいぜい桶の水を交換することくらいなので、それを率先して行うことにした。

帰ってきた時は安堵したからかどっと疲れが出て、思わず座り込みたくなったし、元気よく声をかけることすらできなかったけど、再び体を動かし始めたことでアドレナリンが出てきたようだ。

ランナーズハイかもしれないけど、別に親方たちが帰るまでこの状態が切れなければいい。

興奮して暴走しそうなら父親か親方が止めてくれるだろうし、最悪家だから、ここで途中離脱しても許されるはずだ。

本当に限界を感じたら、働いている身だけど、子供の特権としてリタイアさせてもらって屋根裏に戻って寝てもいい。

寝床が近いのだから気を張っても仕方ないし、とにかく今は時間が惜しい。

基本的にこちらで肉の形になるまで捌いて肉屋に納品しなければ収入にならないし、肉が傷んだらアウトだ。

そして久々の仕事にテンションの高い狩人たちも当然それが楽しみで嬉々として解体を進めている。

とりあえず捌けたものが溜まってきたところで、第一陣が肉屋に肉の入った袋を抱えて走っていった。

ついでに二陣も来ると伝えて、店に受け取ってほしいから少し時間をくれと頼んでくれるという。

僕と残されたメンバーはそれを見送ると、残りの処理に取り掛かる。

肉屋が待ってくれると言っても、手を休めればその分肉の質が落ちて買取価格が下がるし、採集日に期待している市民も多い。

久々にそれなりの量の肉が入ったと分かれば、殺到するのも目に見えている。

だからお世話になっている取引先のためにも、僕らはここで頑張るしかない。

言葉で多くは語らず手を動かしながら、皆が共通意識を持っていることは伝わってくる。

だから僕も、できる限りの手伝いをするのだった。

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