門番の裏仕事
僕が採集日の目的のようなものを伝えると、狩人側から同意の意見が上がる。
「それはその通りだな。ここの子供たちは森を遊び場にしていますが、門まで全力疾走できる範囲しか出てはいけないことになってるんです。子供だけでは動物に襲われた時に太刀打ちできないですから、門番のところまで全力疾走できないと命にかかわるので……」
前の世界より医療が発達してないから体を鍛えないとって、外に出るまでは気合を入れて、見えない所で体力づくりをしようと頑張っていたんだけど、森に出入りするようになってからは何もしなくなった。
というか、貧困家庭に生まれたこともあり、欲しいものをお金で簡単に手に入れることはできない。
物を作るのに必要な材料は森から調達しなければならない。
そうなると一人で森を歩く許可を得るために鍛えざるを得なかった。
だから筋力トレーニングではなく、生き延びるために走る力をつけるのがいつの間にか優先となった。
そして、当たり前の用に参加しているけど、何気に採集日の効果も大きい。
結局、実地で覚えるものだから、この生活に馴染んでいくkとで、自然と体力のある健康な体になっていた。
「そんなに近くにまで動物は来るんですかい?」
基本的には走って戻れないといけないという話を聞いた職人は驚いてそう聞き返している。
いくら塀があって、門番がいても、それは不審者を入れないためにあるようなものだと、森と関係のない生活を送っている者たちは考えるだろう。
けれど彼らの仕事はそれだけレはない。
森から迷い込んできた動物もまた、日頃から駆除してくれているのだ。
走って逃げてくる際についてきてしまう動物だけが例外という訳ではない。
ある程度の境界みたいなものは動物たちも引いているのかもしれないが、塀などがあるから近付いてこないという事はない。
障害物だから避けてくれているだけで、そこに道があればやつらは突っ込んでくる。
それを知っているは僕たちからすれば、門番たちは最後の砦みたいな存在だ。
「そうですね。近くに来た動物は門番たちが狩ってくれてます。数が多ければ、市場にも流れてますよ?」
少量を市場に運ぶのはただの手間だ。
だから門に現れたのが小動物が数頭程度なら、その場で彼らの胃袋に収まる。
けれど大きい動物や、たくさんの動物を仕留めた場合、当然だけど彼らだけでは食べ切れない。
そうなると、近くに住む狩人に解体依頼の声がかかる。
そこに出向いた狩人が、門番から肉を解体する代わりに安く買い取り、それを市場に卸して、差額を報酬として受け取る。
いわゆるボーナスがあるから、門番も動物をしっかりと狩って、食糧を手元に残してくれるのだ。
当然、市場卸す前に代金の支払いが発生するので、もし肉を売り残したら自分たちの胃袋に収めることになる。
けれど自分たちの食事として故意に残さない限り、手元に残る事はない。
たいてい持ちこんだ肉屋が一括で買い取ってくれるからだ。
そうしないと採集日に肉を卸してもらえなくなる可能性があるし、今回のように不猟の食糧難の時に卸しの優先順位が下げられるかもしれない。
それに肉屋も、新鮮な肉があってもあまり困ることはないようなので、バランスが取れているのだろう。
「つまり時々市場で肉が安くなってるのはそういう時ってことだな」
採集日に肉が安くなるのは有名だ。
けれど、それ以外の日に特売品のようなものが出る事もある。
もちろん店が売れ残りを処分するために価格を下げている可能性もあるけど、電気とかが発達してなくて冷蔵庫とかないから、販売されている生肉が食べられる状態のものであるなら、それは新鮮なものという事で間違いない。
「おそらくそうかと思います。私たちは門番が狩った動物の全てについて把握できているわけではありませんから」
いちいち狩人も依頼を受けた事を周囲に知らせることはしない。
たまたま居合わせたら処理するだけだし、それを期待して家で待機しておくのは非生産的だ。
だから自分がいない時に他の人が立ち会ったとしても、それはお互い様というのが暗黙のルールだ。
「門番はそんな役目も果たしていたんですねぇ。商人の関所の仕事くらいしかしていないと思っていましたよ。彼らはやはり、皆様と同じように仕留めるんですかい?」
環境は事なっているけれど、基本的に文化が発達していないので、道具が少ない。
銃声とか爆発音とかは聞いた記憶がないから、火薬の類は使っていないだろう。
僕たちは負われたら逃げるのが精一杯だし、門に辿りついたらまずは中に入って、門番たちの邪魔にならないように、終わるまで彼らに話しかけたり近付いたりはしないようにしている。
そして壁に遮られてしまっている事もあって、門番たちがどうやって動物達を仕留めているかは見たことがなかった。
当たり前すぎて言われるまで気にしたことすらなかったのは、ちょっと失礼だったかもしれない。
「おそらく関所にも槍とか弓は置かれていると思います。彼らも仕留め損なえば命の危険がありますから。ですが実際に仕留めるところに立ち会った事はないので。詳細はちょっとわからないですね」
僕が話を聞きながら会話の外で眉間にしわを寄せていたが、話に夢中なのか幸い、誰にも気付かれていなそうだ。
言われてみれば門番と狩人では使っている道具が違うかもしれない。
そういう比較をするのは、道具を進化させるために大切なことだ。
顔なじみになっているし、見せてほしいと頼んだら見せてもらえるだろうから、今度暇そうな時に話しかけてみようと決めた。
「あ、そういや、狩りに使ってる槍とかってのは、今あるのか?ちょっと見せてくれねぇか」
戦い方の話をしているうちに、やはり話題は道具に戻ってきた。
ここまで話を聞いたものだから、職人たちは実物が見られるならと目を輝かせている。
そして質問した職人以外の皆も含め、一同、父親に視線を送っている。
「はい、構いませんけど、私が使ってるものしかありませんので、新しいものではないですが……」
買ったばかりの物の方が道具の基本形は保たれている。
職人たちは道具の原型をみたいだろうと父親は考えたのだ。
けれど職人たちは問題ないという。
「それで十分だ。まずは仕組みを知るところからだからな」
新品でなくても、使用可能な状態になっている現物を見れば、どんな形のものだったかくらいは容易に想像できる。
むしろ使用している物の方が、目新しいし、分かる事も多い。
職人がそういうので、父親は自分の槍を取りに行くため立ち上がった。
「わかりました。少々お待ちください」
そう言うと父親は道具を置いたキッチンに向かったのだった。