情報収集
初めて家の外に出てからの僕は、もっと見聞を広めなければならないと考えるようになった。
そのために、まずはこの街のことを知り、行動範囲を広げたい。
そこで僕は、母親が買い物へ出かけたり、父親がどこかに外出しようとするたびに、一緒に連れて行ってとせがむことにした。
これも子供の特権だろう。
もちろん、だめだと言われたらすぐに引き下がることにしている。
駄々をこねるのは疲れるし、相手の時間も奪ってしまう。
それにもし行き先が仕事先で、ゴネたせいで遅刻した結果、その仕事ができなくなってしまったら収入が減ったり、最悪は家族が路頭に迷うのだ。
子供である僕が働き手になれない以上、それは死活問題である。
何となく引き際を知っている聞きわけのいい子になってしまっているが、背に腹はかえられない。
そうして手に入れた貴重な外出の機会を僕は有効活用するため、色々と考えることにした。
この街の中では、市場での買い物がこの世界を知る一番の情報源だ。
毎回ついていくと、色々なことがかわかる。
例えば文字。
数字の読み書きはできる人が多いが、看板などの文字はあまり認識されていないらしく、店に何が並んでいるのか、そこに誰がいるのか、あとはおよその位置で何屋なのかを判別しているらしい。
要は、安く必要な品が手に入ればその店が専門店である必要がないのだ。
だから市場では井戸端会議での情報収集が不可欠で、そこで得た情報を元に買いに行く店を決めることが多いのだ。
「あれは何?」
「これどういう意味?」
事あるごとに、モノや看板を指差して、父親や母親に尋ねては、知識を増やしていく。
ここにある物の名前、色や数字は日常生活で一番必要となるものである。
早いうちに覚え始めた方がよさそうだと考えた。
もののことばかり聞いていると不審がられる可能性があるため、何回目かの買い物からは、普通の会話もできるように努めた。
逆に普通の会話ができるくらい、買い物で言葉を覚えることに余裕ができたということでもある。
そしてついに、僕は市場で役立つ、効率の良い情報収集スキルを身につけることに成功した。
「市場にはいろんなものがあるね」
「そうね」
「今日は何を探しているの?」
「今日はね、パンと塩を買いに来たの」
「わかった」
買い物に慣れてきた僕は、母親に手を引かれて歩きながら、市場の値札を観察し、周囲で安売り情報の会話がないかに神経を集中させた。
これは文字が少しわかるようになったことと、会話の中に出てくる言葉から必要な単語を聞きとる能力が上がったことによって、周囲の会話を聞きながら、流れていく文字を認識することが同時にできるようになったためだ。
僕はこの収集能力を活用して、同じものをできるだけ安く手に入れられるよう母親に進言する。
「さっきのおばさんが、奥の店でパンが安くなってるって言ってたよ」
「教えてもらった値段の塩より、あっちの店にあった塩の方が値段が安いみたいだよ」
母親は僕がそう言うと必ず双方の店を確認してくれる。
そしてその情報をもとに安いものを購入するのだ。
僕は両方の店にわざわざ確認に歩いてくれる母親のおかげで、こんな子供の僕でも少しは役に立てている気がして嬉しかった。
今の僕にできるのはこのくらいしかないからだ。
市場にはいろいろなものが並んでいるが、金銭的な面で貧しい生活を送る僕たちがあれもこれもと買い物をすることはない。
肉や魚、果物や野草など、森で採集できるものは父親が森で調達してくることが多いためだ。
ただ、主食の小麦や米、栽培しないと手に入らない芋類、そして保存食を作るのに欠かせない調味料の塩、砂糖、胡椒はうまく作ることができないため、どうしても購入することになってしまう。
あと、時々衣類や布、繕うための糸などを買うこともあるが、大事に使い回すので新しいものを買うことは滅多にない。
ちなみに父親が狩ってきた動物の毛皮や、肉の塊を買い取ってもらうことを、主な収入源としている我が家の財源は、大変不安定なため、たとえ一時的に収入が増えても無駄遣いをすることはない。
自分が言うのも変な話だが、うちは誇れるくらい非常に堅実な家庭である。
ちなみに僕は、記憶できる限り文字の形を記憶し、帰ってからこっそりと復習がてら、コソコソと外の砂に書いては消すことを繰り返していた。
紙と鉛筆のようなものがすぐに手に入るのであればメモをとることができるのだが、そういう物は僕の家にとっては贅沢品である。
ほしいと思って市場で見かけた時に値段を見たが、うちの家計を考えたらとんでもない額だった。
それがわかっているので買ってほしいと頼むこともしていない。
文字に関しては見て覚えるので、いざ書こうとすると忘れていることもあるが、何度も見ているうちに、何となく文字の構造がわかるようになって、覚えるコツがつかめるようになった。
そこまでくればかなり読み書きも楽になる。
ただ、年齢にそぐわない行動だと自分でも理解しているので、外での遊びはあくまで落書きや砂遊びと言ってごまかしていた。
時にはごまかすために大きな砂の山を作っておいたり、穴を掘って遊んでいた雰囲気を作ったりということも忘れない。
それにしても、わりと細かく年齢相応の子供設定を作っていると我ながら思う。
もう少し大きくなれば、こんな小細工は不要になるので早く大きくなりたい。
しかし文字だけ覚えても、この世界のどこで使えるか、どのくらい役に立つのかがわからない。
確かに文字を覚えたことで情報は得やすくなったし、そこに助けられることも増えた。
もともと読み書きをきちんとできる世界にいたせいか、文字を理解できないことが不安で仕方がなかったのだ。
しかしこの世界において、文字の読み書きができるだけで仕事の幅が広がったり、就職率が上がったりするのか、そもそも仕事にはどのように就くのか、学校などのような勉強のできる施設はあるのかなど、分からないことはまだまだ多い。
次はもっと仕事に関する知識を得る方法を模索しなければいけない。
できるだけ早く働けるようになって大切に育ててくれている家族を支えたい。
僕はいつの間にかそう考えるようになっていたのだった。