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食糧難

森に行けない事が分かった翌日、とりあえず僕は親方にデンプン糊の件を話すことにした。

材料の事は置いておいて、作り置きが家の下に埋まってる、瓶が破損していると思うので中身が出てしまっていれば使えないと伝えると、親方はとりあえず注文は入っていないから問題ない、新しい家が完成して落ち着いたら作ればいいと言ってくれた。

でも必要な時に材料が手に入らなくなると困るから、市場に様子を見に行きたいと言うと、親方はそうしてくれと、仕事の時間中に見てきていいと送り出してくれた。



市場に人は多かった。

しかしいつもと空気が違ってピリピリとした様子だ。


「あの……」


僕が普段野菜を売っている店の店主に声をかけると、店主はこちらを見る様子もなく、いらだった様子で言い放った。


「もう食べ物はここにあるだけだよ!」

「そ、そうですか……」


僕が気圧されて引いていると、ようやく相手が事情のわかっていない子供だと気がついたのか、申し訳なさそうに店主は出てきた。


「おっと、いきなり怒鳴っちまって悪かったな。お使いかい?」

「あ、そうですね……。あの、皆、どうしたんですか?」


治安の悪いスラム街にでも入り込んだのかと勘違いしそうになったくらいの変わりように、僕が現状を知りたいと尋ねると、彼は大きくため息をつきながらも答えてくれた。


「言っちゃあ悪いが、この間、天気がひどかっただろう。あれで商人が足止めされてここに入ってこられなくて、食べ物が入荷できないんだ。それに森も荒れてるみたいで、肉もほとんどなくてな」


父親は森でも倒木が多くあって荷車は使えなそうだと言っていた。

そうなると商人の使っているような巨大なものは余計に通ることができない。

商人は通行しやすい道を通ってくるのだろうが、きっと道にも片付けられていない障害物が多くあるということだろう。

僕が買いに来たのはデンプンに加工できそうな食べ物だったけど、食料が入ってこないとなると、そんなことには使っていられない。


「そうだ、森は川の魚がいなくなっちゃって、動物も食べ物を探してどこかに行っちゃったって聞いてます」


教えてくれた店主に僕が知っていることを伝えると、店主は感心してうなずいた。


「そうなのか……。随分詳しいんだな」

「うち、狩猟の家なので」


大したことではない個人情報を僕が明かすと、情報の信ぴょう性が高いと判断したのか、うなだれた。


「そうか……。じゃあ、そっちも期待できないんだな」

「しかも採集日、しばらくは子どもは参加できないらしいです」


追い打ちをかけるようで申し訳ないが、子供たちも立派な働き手で、荷物持ちなどをしている。

その子どもたちが同伴できないほど、森の様子がおかしいということを教えると、店主は僕の買い物理由を勝手に察してくれたらしい。

本当は目的すら違うけれど、食糧難になっていることが分かったので、余裕があるように見せない方がいいだろうと判断して、うちも大変なんですとアピールする。

もともと貧民街の子なのは事実だし、裕福ではないのも間違いない。

ただ、食べ物に余裕がないと言っている時に、食べ物を原料にデンプン糊を作るなんて説明をするのは、さすがにまずいので、勘違いしてくれたのならそのままにしておこうと、そう決めたのだ。


「ああ、だから買い物に来たんだな」


貧民街の子供はあまり市場で買い物をする事がない。

女性は時折するが、男の子が来るのは珍しい。

理由は必要なものを森に入って自分たちで集めてしまうからだ。

特に食べ物に関してはそれが顕著で、普段であれば、お腹がすいて余裕がなければ森に行けばいいじゃないといった生活をしている。

だから僕のようなのが、食べ物を探して市場に来るなんてよほど困っているのだろうと、複雑な表情を見せた。


「そんな感じです。どこも同じですか?」


僕がサラッと店主の質問をかわし、ついでに詳細を尋ねると、店主は僕を相手にぼやいた。。


「どこの店も似たようなもんだな。この辺り一帯、食べ物全般が不足している状態だ。せめて商人だけでも来てくれたら助かるんだがなぁ」

「そうだったんですね。わかりました、ありがとうございます」


ないものは仕方がない。

様子を見てなければ他をあたろうと思っていたくらい軽く考えていたけれど、台風一過でこんなに深刻なことが起きてしまっていることは想定していなかった。

翌朝は皆片付けに追われていたと思うから、落ち着いてようやく目を向けた結果だろう。

僕は、家と最後の別れを惜しんだり探し物をしたりした後は、ほとんど寮と工房の往復しかしていないから、まさかこんなことになっているとは知らなかったのだ。

でもどこも食べ物は売り切れと聞いたら市場にいる意味はない。

僕にむけられたものでないことはわかっているけれど、ところどころで怒号が飛んでいるし、何より食べ物を買いに来ている人の殺気が怖い。

そんなわけで、僕はいち早く寮に戻ることに決めたのだった。



「随分と早えぇけど、きちんと見て来れたのか?」


工房に戻ると親方が僕に尋ねた。


「見るも何もありませんでした。市場の治安が悪くなってて……」

「治安が悪い?」

「はい。どなり声とか飛びかってていつもの市場じゃなかったです。なので、状況だけ確認して帰って決ました。ちなみに食糧難の状況だと、インクに使用している糊の材料は手に入れられなさそうです」


本当ならジャガイモとかその辺りを狙っていた。

この世界に来てから米は見たことがないので、あってもきっと高級品とか嗜好品扱いになっているに違いない。

けれど普段なら手軽に手に入れられるジャガイモですらまったく手に入らないらしい。

僕はその雰囲気にのまれたくなくて早々に切り上げたのだ。

その事を親方に説明すると、納得してくれた。


「こんなことたぁ初めてだからな。その話なら道さえ戻りゃあ商品が入ってくるってことだろうが、不安なんだろう。いつになるか分かんねぇしな。それに空腹は人を卑しくする。怪我をしねぇうちに早く帰ってきて正解だっただろうな。暴力沙汰に巻き込まれたりする可能性もある。落ち着くまでで、外出そのものを控えたほうがいいかもしれねねぇな」


親方の意見に僕も同意だ。

あの雰囲気が落ち着かないと、家との往復で通行するのも不安なくらいなのだ。

森に行くのに市場の近くは通っているはずだが、この状況を父親は知っているのだろうか。

毎日出かけているけど、巻き込まれるような事はないだろうか。

僕はそんなことが気にかかったのだった。

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