検品と危機管理意識
そんな話をした翌日、父親は仲間を誘って森の様子を見てくると朝から出かけて行った。
もちろん、ご近所の猟師仲間にも声をかけるという。
ついでに持ち出した鏃の柄になるものを探してみるとも言っていた。
そんな父親を見送った僕は、いつも通り仕事にいく。
出かける前、母親にどうするのか聞いたら、親方の奥さんのところに食事の際に持ってきてくれた鍋を返しに行くついでに、仕事をもらってくるということだ。
そんなわけで各自やることが決まったので僕はいつも通り工房に出勤となった。
「行ってきたか」
工房に入って挨拶した僕を見た親方がそう声をかけてくれたので、お礼を伝えた。
「はい。お休みありがとうございました。せっかくお休みをもらったのですが、持ち出せるものはほとんどなかったです」
僕が頭を下げると、親方は眉間にしわを寄せた。
機嫌が悪いのではなくて、それだけ心配してくれていたのだろう。
「まあ、あの状態だ、何も持ち出せなくても仕方ないだろう。ご両親は大丈夫だったか?」
二回目は両親を連れていってる事を親方は知っている。
親方は両親が気落ちしているだろうことを察してそちらも気にしてくれた。
でもその答えは両親の言葉の中にある。
「最初は茫然としてましたけど、家にいたらどうなっていたかわからないし、こうして家族が無事なのは親方のおかげだって、すごく感謝してました。僕もですけど、あんな状態になるなんて想像してなかったんで……」
もともと持ち出せるものはなさそうだと言っていたけれど、それでも休みをくれたのは、僕たち一家に気持ちの整理をつける時間を与えるためだったことも、一晩寝て冷静になればわかる。
そしてきちんと家に向き合う時間をもらったおかげで、僕たち一家はとても冷静に次にすべきことを考えられている。
そもそもあそこに埋もれていたら、命がなかったり、怪我をしたりしていた可能性が高いので、そんなことを考えることすらできなくなっていたはずだ。
あのようなことがあっても前に進めているのも、あの嵐の中わざわざ訪ねて来て、僕たちに声をかけ、叱咤してあの家から連れ出し、五体満足で安全な環境を提供してくれた親方のおかげなのだ。
「あの環境に慣れちまってたんだから、大丈夫ってそう思ったんだろうな。ただ、今回のことはよく肝に銘じておけ。そうそうあるもんじゃねぇが、同じような家があったら、今度はお前がその家から誰かを救う日が来るかもしれねえからな。それに……」
確かに僕は壊れてしまった家と同じものを見たら、その家の人間に警告するだろう。
次に嵐が来たら屋根が落ち、壁が倒れ、下敷きになる可能性があるから逃げろと。
うちは物理的に潰れた、中にいたら人が死ぬと。
僕も親方に言われるまでは大丈夫だとどこかで思っていたし、無理にでも外に出されなかったら死んでいたと。
もしかしたらこれは、この世界においては語り継がなければならない事案かもしれない。
何だか自然災害が多かった前の世界の言い伝えみたいになりそうだけど、そう言う意識はあった方がいいのかもしれない。
親方の肝に銘じておけという言葉は僕の中に深く刺さる。
そしてまだ続きがあるらしいので、僕は聞き洩らさないよう慎重に尋ねた。
「それに?」
「俺はお前に期待してんだ。だからより見る目をしっかり持ってもらいてぇ。あの家が自宅じゃなくて他人の家だったら、危険を察知できたかどうか。それができねぇんじゃ、職人として一人前になるには程遠いってことになっちまうからな」
そう言うと親方は軽く息を吐いてじっと僕を見た。
「そうなんですか?」
職人として一人前になるには技術を鍛えなければと、今はそれだけで手一杯だった。
目の前のことができていないので、あまり考えていなかったことだったが、作ったものに欠陥がないかどうかを見極める、いわゆる検品を自分もできなければならない。
前の世界でも第三者の目を通すことはあった。
でもそれは職人でなくてもある程度はできることだった。
でもここではそれを親方クラス、いわゆる上位の専門家がやる。
そして僕がこの職業にいる以上、上を目指すならできるようにならなければならないこと、そういうことだ。
「まあ、なんだ。こういう言い方はよくねぇが、もうすぐお前の家があそこに入るな。設置の後、誰が家のメンテナンスをすんだ?当然そこには危険がないかの確認も含まれるぞ?見る目がないやつにその仕事を任せられるか?お前だって信頼できてみる目のある人間に家の確認を任せたいってことじゃなかったか?」
親方に言われて僕は即答した。
「はい。安全な家がいいです。だから親方に人選もお願いしました」
こうなってより強くそう思う。
便利さをと考えてあの模型を作ったし、もう領主様にこれでって出しちゃって承認されているから変更はできないと思うけど、安全第一だ。
でも親方も領主様もおかしいと感じたら差し戻してくれるって聞いている。
承認されたのだから新しい家は大丈夫だとは思うし、うちの倒壊は経年劣化のはずだ。
そして最後の確認はその集大成。
僕は親方のことを全面的に信用しているので、親方が連れてくる職人さんもきっと厳しい目で検査してくれるはずだ。
だから安泰だな、と僕が呑気に構えていると、親方が今度は大きくため息をついた。
「お前がそうなれなくてどうすんだっつー話だ。まあ、自分でもしっかり見て、一人前と呼ばれる職人と比較すればいい。俺が言うのもなんだが、お前の家を見るために呼んだやつは、優秀なやつばっか揃えたんだからな。この機会だ。奴らの仕事を見て今後の参考にしとけ」
親方は僕の家の確認に、腕のいい職人をたくさん用意してくれたようだ。
そういえば家を完成させるために必要な工房に行ったことはあるけど、完全な同業他社の職人と話したことはない。
派閥があるっぽいことは前に聞いた気がするけど、きっと来てくれるのは同じ派閥の職人なのだろう。
検査だから僕があれこれ聞くより、真剣に見ているのを邪魔しない方が、よりよい家になるような気がする。
何となく気になる事を質問し始めたら止まらなくなりそうだし、話を始めたらずっと話してしまいそうだ。
親方の言うことはもっともだけど、僕は彼らの邪魔をしないよう気を付けないといけない、それでうちの欠陥を見落とされたら困るなと、そんなことを思うのだった。