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自宅模型の完成

親方から次の指示が来るまでの時間は、異様に長く感じられた。

水をかけてから数分、僕にはよくわからないけれど模型に触るなと言われ、ただ待たされているのだ。

本当は早く水分を拭き取ってしまいたかったが、それも許されない。

これじゃあ大切に扱っているのか粗雑に扱っているのか、もはやわからない。

何のためにやっているのか理解できていないからかもしれないけど、僕としてはこんな事をしたくはなかったので、いくら必要と言われても、やっぱりもやっとした感情が取りきれない。

僕が模型を見ながら百面相している間、親方は何も言わず、じっと模型だけを見ていた。

そして良いタイミングが来たらしく、真面目に次の指示を出す。


「そろそろ良いだろう。それじゃあ、確認だ。しっかり中の様子を見るんだ。床に塗れてるところはないか、屋根の裏側を水が伝ってないか、壁から室内に水が染みてきてないか。ちょっと置いたのはなぁ。すぐだと穴があっても染みねぇんだよ。それじゃあ、水ぶっかけた意味がねぇ」


僕の百面相を見ていたかは分からないけれど、親方が水をかけてからしばらく置いておいた理由をそれとなく添えてくれる。

そのおかげで僕はこの時間の意味を知ることができた。

この家のパーツ、全てにニスが塗ってあるから基本的に水は弾く。

でもそれが甘ければ時間差で木材に染み込んでいくそうで、当然それではすぐに劣化するから水が染み込んでしまうようなパーツは作り直しになる。

他にも中が濡れていれば雨漏りや吹き込みがあるということだし、木材に染みるならニスの塗り方にムラがあるか、完全な塗り忘れということだ。

それは少ない水の量をかけたくらいではわからないし、ちゃんと水が落ち切ってから少し時間が経ったくらい、最低でもそのくらい待たなければだめで、だからといって、長く待ちすぎたら水の染みた場所が乾いてしまってどこか分からなくなるからそれもだめなのだそうだ。

地味にタイミングがものをいうようだけど、これも職人の長年の勘というのが必要っぽいので、見極めが難しそうだ。

きっと前の世界で言うなら、調理の麺のゆで具合とか、衣をまとった揚げ物の中までちょうどよく火が通っただろう頃合いがわかるとか、そんな能力に似たような要素だろう。

何となく職人芸とは違うような気がするけれど、これもできなければならないことらしいので、そこはあえて突っ込まない。



そんなことを考えている間にも親方の水漏れのチェックは進んでいた。


「こりゃあお前……この部分、はめ込みが甘かったな。一旦乾かしてもう一回しっかりはめて、それでもおんなじとこから水が染みたら、こいつだけ作り直しだ」

「はい」


早速親方が一階部分の隅に水が入っているのを見つけて指摘してきた。

窓を開けて覗いてみると、確かに室内の端に少し水が溜まっている。

これは過度のはめ込みが甘いからできたものの可能性が高いけれど、しっかりはめてもう一度水をかけて確認することになった。

他にも外側の木材についている傷っぽいところに染みそうな溝のようなものがあって、そこに少し水が溜まっていたりしている。

そんな感じで親方はどこがダメなのか、どういうところに注目すべきなのかを説明してくれた。



僕はその話を聞いてからもう一度水を汲みに工房を出た。

今度は盥じゃなくて桶くらいの量でいいということなので、桶を持って井戸から水を持ち帰るのだ。

今度は、先ほどの模型の室内部分についた水滴を布でふき取ると、もう一度模型をしっかりとはめこみ、そして親方の指示を受けながら、先ほどの水漏れ部分と思われる場所を中心に水をかけていく。

僕が水を汲みに行っている間にも親方は確認を続けてくれていて、結果的に何箇所か気になる部分があったようで、それら全てにおいて、もう一度確認しておいた方がいいと言われたのだ。

そうして水をかけてまた数分が過ぎるのを待つ。

そして確認。

幸いにもこの作業はこの二回目で終了することができた。

突然、結果が発表されたのだ。


「まあ、ギリギリだな」


親方曰く及第点との事だった。


「ギリギリは……、いいんですか?」


基本的にはちょっとの傷が致命傷になるかもしれないという意識だったため、もっと精密に作らないとダメなのではないかと思っていたが、親方曰くそこまでである必要はないとのことだ。


「ああ。こんぐらいなら、ニスで隙間を埋めときゃ問題ねぇ。割れてる訳じゃねぇからニスで埋めときゃここに水が溜まることもなくなるだろ」

「なるほど……」


隙間もニスをちょっと厚塗りすれば埋められる程度なら問題ないし、幸いにもニスを塗り損じたパーツや、割れているパーツはなかったため、作り直しの作業はしなくていいとのことだ。

ニスの特性を知っていたし、これを薄く塗るという技術も持っていた。

今回の一発合格は僕の前の世界での経験が導いた結果だと思う。

でも満点合格ではない。

とりあえず僕にできるのは、表面に傷の付いているパーツの穴埋めだろう。

僕がそんなことを考えていると、親方が眉間にしわを寄せた。


「あ、お前、先走って余計な手を入れるんじゃねぇぞ?次の作業で完成させるが、そん時にやるんだ。ここで失敗したら一からになるからな。覚悟しろよ。とりあえず、崩せるパーツは崩してさっさと乾かしとけ。次はパーツをニスで固定しながらやる。補強もそんときにやるんだからな。それとパーツは崩したまま持ってきてもらいてぇんだが、失くすなよ?」

「……わかりました」


僕がパーツの補強をしようとしていることになぜ気がついたのかは分からないけれど、とりあえず親方は何もするなという。

そして次は、という話だから、次の作業は親方と一緒にやる、つまり仕上げになるに違いない。

いよいよ完成が見えてきた。

僕の胸は高鳴ったのだった。



パーツをバラバラにして乾燥させてから数日。

今度は倉庫の奥の人のあまり入り込まない場所、親方の見ている前で家を組み立てていくことになった。

ただ、バラバラにしてカビが生えないようきれいに乾かしただけだ。

もちろん親方に言われた通り、傷の付いた部分の補強も含めてパーツに手は加えていない。

全てのパーツがきちんと乾いたことを確認したら、固定したい箇所や隙間をニスで埋めながらパーツをはめ込んでいく。

これが完成に向けた最後の組み立てになるらしい。

ニスが乾く前に上にものを乗せると取れなくなるから、それをうまく利用してパーツを外れないように接着していくという話だ。

もちろんここで間違えたらくっついたパーツ部分、まるごと作り直し、さらには水をかけて確認するのもやり直し、と言われた。

あの作業、どうやら家の模型作りにおいて省いてはいけない工程のようだ。

そして順番に関しても、先にある程度細かいパーツをニスでくっつけちゃってからやればいいんじゃないかって思って聞いたら、そのパーツのニスがしっかり塗れていなくて水が中に入るようなことがあったら、すでにくっついて重なっている部分は見落としやすいし、そのせいで中にカビが生えて木材が腐ってしまったら、建物崩壊につながるからやらない方がいいとのことだ。

部分的なパーツを直すことになった時はやる事もあるけれど、その時に乾かすのに失敗してもカビの原因になるので、最終段階に入る前にきちんとチェックをしておくことが大切だと親方は説明してくれた。

次の機会があるかはわからないけど、修正が最小限で済むからという理由だけではないと言われたので、それは一応心に留めておくことにする。

僕はそんな話をしながらも、何とも組み立てては崩していた家を、ニスという接着剤に頼りながら隙間のできないようしっかりとくっつけていった。

もちろんこのタイミングで気が付いた溝はニスで埋めていく。


「一応、ニスがなくても崩れねぇような作りなのは分かってるが、ニスが乾くまで家のパーツがずれねぇように気をつけて扱えよ。まあ、動かさねぇのが一番ってことだな。こいつが乾いたら完成だ。こっちでやる仕事は終わりだ。ここまで長かったが、初めてでよく最後までやりきったな。皆最初にやる時は建物のパーツ半分も作れねぇで挫折するんだが、余計なもんがついてたり、独創的なもんが多くて、普通の家よりパーツが多いのに、よくやったもんだ」


とりあえず溢れているパーツがすべては待ったのを確認すると親方は笑いながらあおう言った。

どうやら僕の造った家は特殊構造名こともあり、普通の家よりパーツが多いらしい。

確かにあれもこれもと考えて加えていったので、加えた分がパーツ数に比例するのは当然だ。

でも、新しいアイデアをどんどん取り入れられたのは嬉しかった。

プラモデルのようにすべてのパーツがお膳立てされていて、変化させるには色をつけるとかしかないものを完成させるのとはまた違う、ものづくりの喜びがこみ上げてくる。


「大変だったけど楽しかったです。それに自分の家だからできたんだと思います。正直、パーツの多さにも驚かされました。他の人の家だったら、ここまで頑張れなかったかもしれません」

「そうか。確かにそうだな。自分が生涯にわたって使う家って意識があるし、自分の理想が頭ん中にしっかりあるんだもんな。そりゃあ励みになるわな」

「はい。後はこれが乾いたら完成、なんですよね。楽しみです」


僕は少し心配しながらも、模型を倉庫の奥の人目につきにくいところに隠すように置いた。

幸い普段から自分が管理をしているので、誰がどの辺りのものを使うのかとか、この辺りのパーツは動かされる事が少ないとか、そもそもどこに何があるのかとか、そういうことは手に取るように分かる。

だからこそ、基準さえ決まっていれば場所を選ぶのは一瞬だった。



そうして倉庫で模型を管理すること数日。

ニスが乾くと、最後に不備がないかをよく確認するようにと言われた。

今度はニスのせいで余計なものがくっついて取れなくなっていないかとか、逆に外れてしまうようなところはないかとか、ちゃんとドアや窓の開閉ができるかとか、確認するのはそういったところだ。

前の世界でニスにも接着剤のお世話になっていた僕は、その使いどころを理解していた事もあり、変なところがくっついてしまって動かなくなったりというヘマをする事はなかった。

というか、ここまできて失敗したらさすがに心が折れてたと思う。

完成品は親方も確認をしてくれたのだけれど、失敗がない事に驚きながらちゃんと合格をくれた。

こうして僕の家の模型は完成に至ったのだった。

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