新しい建物
ある日、僕は父親から今日は街に行かないよう注意を受けた。
「今日は領主様が新しい建物を建てるってことだから、終わるまでその土地の周辺には近づいちゃいけないよ」
そういえばここ数日、急にその周辺の土地に住む人がいろいろなものを運び出していたのを思い出した。
きっとその場所で建物の取り壊しと再建築が始まるのだろうと考えた僕は首を縦に振った。
「うん、わかった……」
なぜ今日になって急にそんなことを言われたのかわからないが、工事現場に近づく趣味はない。
不思議に思いながらも僕は近づかないという部分だけ気に留めておくことにした。
「まあ、建て終わったら職人たちがチェックするから、終わってもしばらくピリピリしてると思うけど、まあ、職人が中には言ってしまったら外から見るくらいは許されるだろうさ」
「できるのを楽しみにしてるよ」
誰かの家ができる過程を見て楽しむ趣味は特にない。
それが変わった建物ならばいざ知らず、今回新築されるのはその土地に住んでいる人の家なのだという。
新築というのだからうちよりも丈夫な家が経つのかもしれないし、建築の過程を見ればこの街、この世界の建築技術などの参考にはなるかもしれないが、建築資材を手に入れることのできない僕の住む家を建て直す参考にはならないと考えたのである。
「そうか?家の建て替えは滅多に見られないんだぞ?ちょっと高いところに行ったらそこから見られるんだけどなぁ」
どうやら父は仕事を休む口実を僕に求めているようだ。
滅多に見られないという家の建て替えを見たいのは父親のようである。
僕は空気を読んで尋ねることにした。
「面白いの?」
「俺は見に行くつもりだぞ?街はこの話題で持ち切り出しな
父親はようやく食いついた僕に目を輝かせて言った。
僕が行きたいと言っていると母を言いくるめるつもりなのだろう。
その様子を見て、僕はたまには父親を立てようと決めて言った。
「じゃあ僕も行く」
そう言うと父はにんまりと笑って声を上げた。
「お、そうか!じゃあ、これから一緒に高台に行くぞ。すぐに終わるから飲みものくらいでいいだろう」
僕の返事も聞かずそう言い残すと父親はせっせと準備を始めた。
その様子を見て母親はため息をついて僕を見た。
母親は僕が父親に押し負けたのだと気がついたらしい。
気を使わせて悪いと思ったのだろう。
飲みもの二人分は母親がすぐに用意してくれた。
一番張り切っている父親は、すぐに終わるものだからと言っていたのにカバンを選ぶのに手間取っているようだ。
僕は森に行くのに持っているカバンに飲みものだけを入れて、父親が準備を終えるのを待つのだった。
母親に一緒に行かないのかと尋ねると、何度か見たことがあるので家の仕事をしながら留守番しているというので、僕は父親と二人で出かけることになった。
高台に到着すると、すでに建て替えを見るためか多くの人が集まっていた。
街を見下ろせる場所とはいえ、普段、人が集まるようなところではない高台であるにもかかわらず、この日はなぜか軽食などの臨時販売なども出ていて、この一帯でお祭りでも行われているかのような騒ぎである。
「こっちだな」
建て替えをする家を知っている父に手を引かれて僕たちはその様子が見やすいと思われる場所に向かった。
僕たち父子にお祭り価格の軽食を買う経済的ゆとりなどない。
僕はこの光景を少し懐かしく感じていた。
この盛り上がり方、夜ならば花火大会の見物に似ている。
違うのは、軽食販売が手売りの弁当屋のような感じで歩き回っていて、屋台のように場所を決めて販売しているわけではないということくらいだろう。
まあ、ここは高台で山道を登って来るような場所だし、車のように物を運ぶための便利な道具があるわけでもないので、手で運べる量だけを持ち込んで、売り切ったら終了ということなのだろう。
家の建て替えはものの数分で終わった。
街中に開始のサイレンが鳴り響いたかと思うと、急に古い家がすごい速さで上に引き上げられた。
一瞬すぎて消えたと言われたらそうかもしれないとしか言えないくらいの速さだ。
そして、少し残った瓦礫のようなものも次々と一瞬で消えていく。
これは確かに面白いし、非常に不思議な光景である。
「すごい!」
「そうだろう?……お、いよいよだな」
父親がそう行って上を見上げたので僕も上を見ると、空から完成した家がゆっくりと降ろされた。
家はその土地にピッタリとはまって、何事もなかったかのようにそこに鎮座した。
「そ、空から家!」
「どうだ、すごいだろう!」
「う、うん……。すごくびっくりした!」
僕がポカンと口を開けてみていると、再び街にサイレンが鳴り響いた。
そのサイレンの音と同時に、立ち入り禁止区域の外側で待ち構えていた職人が家の中に入っていくのが見えた。
「お、職人たちが中入っていくようだな。じゃあ、帰るか」
「うん……」
どうやらこれで終了のようである。
気がつけば周囲にはほとんど人が残っていなかった。
この様子を見終わった見物客たちも、サイレンの音と共に散り散りに帰り始め、さっきまでいたはずの軽食屋さんもいつの間にか姿を消していたのだ。
周囲に残っているのは、せっかく来たのだからと、家族で軽食を買った数組が、見物ついでに早めのランチを取っている人たちだけである。
この高台に登るのはハイキングくらいの運動量なので、飲み物は持ってきて正解かもしれないが、確かに軽食は不要である。
母親はきっとこの道を登るのが嫌だったのだろう。
僕は帰り道でこの後、あの家がどうなるのかを父親に尋ねた。
この後、家の中に入った職人は家の中の造りの粗い部分をきれいに直す仕事をするらしい。
そして職人たちがお互いの仕事をチェックしてようやく家が引き渡されるというのだが、この作業は街の職人総出で行うので、依頼主が家を退去してから、ものの数時間で新居に住むことができるようになるのだという。
ちなみに本当に必要なもの以外は家に残しておけば勝手に処分されるので、家具を備え付けにしてしまえば食料や服、食器くらいしか持ち出さなくていいそうだ。
思わぬところが便利な世界である。
同じ要領で家ごと転居することも可能だが、その場合は必要なものだけではなく、家に備え付けていないものは外に出しておかないと、家の中が大惨事になってしまうらしい。
なお、費用だけなら建物を移築する方が新築にするより破格で安いそうだ。
しかし、たいていの場合は老朽化に伴う建て替えなので、移築を見られる機会の方がはるかに少ないのだという。
こんな感じで、僕は帰りの間、ずっと父親を質問攻めにしたが、父親にとっても建て替えにはロマンを感じているらしく色々と答えてくれた。
何より、僕が興味を持って熱心に聞いてくれるのが嬉しいらしい。
家で昼食を食べた後、新しい家を見学するかと聞かれたので、僕は首を縦に振った。
職人の手が入っているとはいえ数時間のことらしいし、このように一瞬で建てられた家の中ならぜひ見てみたい。
こうして僕と父親は午後も一緒に出かけることを決めたのだった。