シーツと簾
雨の翌朝、部屋の掃除は終わったが、まだやり残したことがある。
雨避けに使ったシーツの処理である。
もちろん計算してやったことだが、傾斜をつけていたおかげでベッドの中に雨が落ちることなく、ベッドのまくら元の方からうまく水が滴って僕たちを守ってくれていた。
しかし、このシーツ、父親と二人でベッドを濡らさないように下ろしてみたものの水を含んで非常に重たい。
幸い汚れてはいないものの、乾かさないと使うことができない。
とりあえず家具の上に土がつかないように置いてみたもののその家具の上に水たまりができ、周囲に水が滴るくらいには濡れている。
このままではこのシーツの水で部屋の中が汚れてしまう。
とりあえず僕は家具の横にバケツを持ってきて、バケツの方にシールの先を下ろすと、そこに落ちてくる水を絞っては外に捨てる作業をすることにした。
絞っても絞っても水は落ちてくるし、周囲に水が落ちなくなるまでしばらくかかりそうなので、その周りの掃除は後にして、僕はひたすらシーツの水を絞り続けた。
バケツの方に垂らした布の水を絞っているので、牛の乳しぼりのようになっている。
水を捨てに行こうと立ち上がる時は思わず掛け声をかけてしまうし、バケツを戻してから絞り始める前に腰をげんこつで何回か叩いたり、伸びをしたりもしているが、この作業は子供の僕でも長時間屈んだ体勢で行うので腰を悪くしそうである。
気がつけば数時間、この作業を繰り返していたのだが、ようやく終わりが見えてきた。
シーツから水が落ちなくなってきたのである。
僕は少し考えて、後は広げて自然乾燥させた方がいいのではないかと考えた。
ここが日本であれば物干し竿に引っ掛けて、外に干すなどということができるのだろうが、残念ながらそのようなものはこの家に存在しない。
それにそのような丈夫な木材やパイプなどが手に入るのなら、やはりそれは家を直すのに、と考えてしまう。
僕は汚さずにシーツを乾かす方法として、再び簾を縦に置いて、下に使ないようにシーツを広げればいいのではないかと考えた。
外の泥にまみれて簾が汚れるのは嫌なので、すでに掃除の終わった室内の日光のあたる窓側に僕は簾を配置することにした。
朝早く掃除をし、そこに日光が当たっていたおかげで幸いその部分の地面はほとんど乾いている。
今度は小さい簾を置くのも面倒なので、大きい簾を縦に置いた上に直接シーツを置けるように工夫することにした。
僕は簾を立てるとぐるぐると渦巻きを描くようにして広げ、大きさを整えると、湿ったままのシーツを置いて、倒れないよう静かにテーブルクロスのように広げた。
中央から離れたところは少し垂れ下がる形になったが、充分全体に日が当たっている。
それに渦巻きや枝の隙間から時折風が入るらしく、思っていたより早く乾きそうだ。
僕は風で飛ばされないように椅子に座って、シーツが乾いていくのをしばらく見ていた。
雨上がりは川も増水していて危険だし、森も足元が良くない。
出かけることができないので、今日はシーツと一緒に僕も日向ぼっこをして過ごすしかないのだ。
幸い、雨上がりのこの日、一日よい天気であったのと、少し風があったこともあり、シーツは夕方までにどうにか乾いた。
僕はシーツ全体を隈なく触って乾いていることを確認してから、ベッドに運んだ。
こんな日なら布団も日光に当てられたら、少しは湿気を減らせて寝心地の良いものになるのではないかと思ったが、残念ながらこの日、そんな余裕はなかった。
せっかく簾で日に当てることを考え付いたのだ。
明日も天気が良かったら、部屋の中で掛け布団でも日に当てようかなと僕はそんなことを考えるのだった。
そうして雨をしのいだ後、この簾たちはいつの間にか布団や大きな布を乾かすのに使われるようになった。
シーツを乾かしている様子をじっと見ていた母親が、僕にできるなら大人の自分にもできるだろうと、いつの間にか簾を勝手に使うようになったのである。
ある時、僕は母親が簾を動かしているのを目撃し、何に使うのかと僕が母親に聞いた。
すると、洗濯ものを乾かす台にするのだと答えたのだ。
それに縦に置いた簾の上に布を置くと、汚れることもないし、早く乾くので便利だとのことである。
確かに下の空間に隙間ができるため上からも下からも風が当たるので、乾きは早い。
もちろん僕はシーツを乾かした時に気がついていたし、それを見越してそうした使い方をしていたのだが、それを母親が真似するとは思わなかった。
どうやら母親は僕が森に遊びに出かけている間に、終わらせた洗濯を簾の上で乾かして、帰ってくる前に元の位置に戻していたらしい。
僕が朝からパンを持って森に出かければ夕方まで帰ってこないのもあるが、洗濯物は僕が出かけている間に乾くのだという。
そもそも僕はこの簾を家の中で使うことしか考えていなかった。
あくまで家族が雨の日に風邪をひくのを防ぐために考えたものであり、最初の予定とは違う使い方になったとはいえ目的は達成できる用途に使うつもりだった。
確かに最初にシーツを乾かしたのは僕だけど、まさかそれがメインになるとは思っていなかった。
しかも母親は、洗濯物を乾かすのなら外の方が風もよく当たるし、日光もしっかりと当たると判断したようで、簾を外に持っていき、そこに僕が室内でやっていたのと同じように設置を始めていた。
おかげで地面についている方には砂埃がついている。
いつしか僕の簾は、保管は室内、利用は外になってしまっていたのだ。
あれから雨が降らなかったから、片側に土がついていることなど気がつかなかった。
それを知ってから、僕はこっそりと砂埃のついた片側を毎日確認して拭きとるようになっていた。
次に雨がいつ降ってくるのか分からない。
使う時に土が落ちてくるのはさすがに嫌だ。
しかし雨の時は僕がしていたようにベッド回りに配置される。
拭きとっているとはいえ、外に置いたものをベッドの上に乗せるのに最初は抵抗があったものの、よく考えればここはそういう文化の場所である。
そんなことを気にするほど衛生面に配慮したような生活はそもそもしていないのだ。
少し複雑だが、僕の作った簾は邪魔者扱いされて燃やされそうになっていた。
それに比べたら目的とした用途と違っても、必要とされて使ってもらえているだけいい。
思っていた形とは違うが、家の役に立てたのだからよしとしよう。
僕はそう自分に言い聞かせるのだった。




