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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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ジョッキの取っ手と梯子

「急にどうした?」


樽工房にアポなしで突撃した僕を出迎えてくれたのは、前に話を聞いてくれた樽工房の親方だった。

彼はかなり困惑した様子を見せていたけれど、タンクのことを考えすぎて、そこにしか思考の働かなくなっていた僕は、親方の困惑など目に入っていなかった。

だから気が付けば僕は、彼を目の前にするなり要件を切り出していた。


「いえ、ちょっと仕様を変更、正しくは作ったものに追加してほしいものがありまして……」


前触れもなく尋ねてきた僕に驚きながらも、先日の樽の話だと伝えると、樽工房の親方は話を聞いてくれるという。


「おう、そうか。まぁ、せっかく来たんだ、聞いてやる。ここじゃあなんだ……。まず入れ」


聞かれて困る話ではないが、立ち話も何だし、内容が特注品の件ということもある。

その話がどう転ぶのか分からない。

そもそも樽の話というのなら、それは商談なので、道に面した入口でするものではないし、話が長くなるだろうから座って話したほうがいいだろう。

僕は親方の言葉に甘えて、案内されるがまま中に通してもらうのだった。



忙しいところ時間をもらったのだから、その時間を無駄にしてはいけない。

確認したいことは頭にあるのだ。

そもそも今日の話は樽そのものができてからの追加オプションのことなのだ。

だからできるかできないかだけ分かればいい。

そう考えた僕は、中に通されて指定された椅子に座るなり話を始めた。


「すみません、急に来てしまって……。実はちょっと確認したいことができたので、それだけ教えてもらうつもりだったんです。前にジョッキを見せてもらった時、取っ手は後から付けていると言ってましたけど、取っ手を二つにすることはできますか?」


後から付けるのだから、付けるかつけないかではなく、複数付けることはできるかと聞いてみた。

確か前に樽を作るよりも取っ手を付ける方が難しいと聞いた記憶がある。

なのにそれを一つの樽に二つ付けてほしいと言っているのだ。

それはきっとできても難易度が高いものだろうと、僕でも容易に想像できた。


「てっきり蓋についての案を持ってきたかと思ったら突然何だ?取っ手を二つ?そんなの増やしてどうすんだ?」


親方はできるかできないか以前に何のために必要なのかと聞いてきた。

必要ないものは付けない方が良いということだろう。

けれど僕にとって、それができるかどうかは大切なことの一つだ。

それを理解してもらうのに一番いいのは、増やして何に使うのかを伝えることだと判断した僕は、簡潔に答えることにした。


「梯子です」

「はぁ?」


僕の答えが斜め上だったようで、親方からそんな声が漏れた。

確かに特注の樽に関する話だから、仕事に関係していることである。

だから彼はそこに驚いた訳ではない。

問題はその内容で、前例のない仕様変更と追加注文だ。

思わす苛立った反応をしてしまったが、目の前に座る子どもは、変に高いテンションになってしまっているように見えるものの、真面目に話を持ってきていることは分かる。

そこで彼は、改めてジョッキの取っ手を二つにして、その横に足場を作ることをイメージしてみることにした。



ジョッキの取っ手は、ジョッキを持ち上げられるだけの強度があリ、本体だけではなく水が入っている状態でも問題なく機能する。

ちなみに酒場ではそのジョッキの取っ手をフックに掛けて乾かしたりしているらしい。

その使い方で破損したという話は出ないのだから、ぶら下げられるだけの強度もあるということだろう。

それを樽の大きさに置き換えると、まず樽は人間より重たい。

そして人間より重たい樽を、取っ手はどの角度からでも支えられる。

それなら取っ手に人が乗ったからといって壊れることはないはずだ。

あとは機能性の問題。

取っ手が梯子という機能を備えるためには、目の前の子どもの言う通り、ふたつの取っ手の間に足場を作るのが無難だ。

一つの取っ手のあちらこちらにへこみをつけたりして登りやすくするという方法もあるだろうが、そうなると両手足が空いていなければ難しい。

梯子にしてしまえば、片手くらいふさがっていても上り下りができるようになるし、何より安全度が増す。

具体的に考えてみても、実現可能な依頼だろう。



「確かに水の入った状態で持ち上がる強度だし、取っ手を梯子……使えるか……」

「あの……」


彼のひとりごとを聞いた僕が、少し落ち着いて委縮していると、目の前の親方はため息をついて言った。


「いや、問題ねぇよ。やったこたあねぇけど、理屈じゃ問題ねぇ」


あくまで理屈では問題ないだけで、作ったことのないものだ。

こればかりはやってみないと分からない。

けれど、できる可能性の高いものをできないと告げるのは、彼の職人としてのプライドが許さなかったのだ。


「それじゃあ……」

「取っ手を二つつけて梯子にできるようにしときゃいいんだな。それ以外、特に指定がねぇんなら、その辺にある梯子と同じくらいの幅になるようにつけといてやるよ」


親方の言葉をそのまま捉えるなら、僕の考えた通り、取っ手は梯子にできるらしい。

しかも梯子になる幅は親方が考えて調整してくれるという。


「ありがとうございます!」


これで家の全体案を固められる。

だから僕の思考は樽から家の全体へと移ろうとしていたが、それをここの親方が引き戻した。



「しっかし、コンペでもねぇのに、家の設備とか、新しいもん作るとか、こんなに頭使わされるとは思わなかったぜ。まったくよぉ……」


樽の上り下りについては解決したが、肝心の中に落ちないようにするのと、掃除をするために中に入れるようにするのとを両立できる案ができていない。

蓋は後から付けられるのだから全体案に影響はしないが、最終的にはどこかに着地させなければならない問題だ。


「あの、蓋については何か……」


親方同士でも話題になったはずだと気が付いた僕が恐る恐る尋ねると、彼はため息をついた。


「蓋なあ……、発注来たときそっちの親方とも話したんだけどな、まあ、イマイチってとこだ」

「いいアイデアはないと……」


良い案が出ていれば、すぐにうちの親方が僕に教えてくれたはずだ。

それがなかったので期待してはいけないことは分かっていたが、さすがに険しい顔をされると、僕も現実を突きつけられてへこむ。


「まあなあ。そもそも樽ってのははちょいちょい継ぎ足しして使うことを想定してねぇからな。仕方ねぇだろ。蓋に関しては家全体見たら何か浮かぶかもしれねぇし、とりあえず依頼通りに作っとくから安心しな。あ、そうだ。取っ手は梯子にすんだから、できるだけてっぺんまで届きやすいように上の方からつけてといてやろうと思うけど、それでいいな。なに、領主に頼むまで時間があるんだ。もう頼んじまったわけじゃねぇんだから、そんな辛気臭い顔すんな」

「はい……」


領主に頼む前だから問題ないというが、そもそもこの問題が解決しないと頼めないのではないかと僕が思っていると、それを見透かしたように彼は言った。


「よくわかんねぇみたいな顔してんなあ。逆に考えりゃわかんだろう。領主に依頼したらそのまま家になっちまうんだ。完成した家になってから不備だらけじゃ手遅れだろ?」

「確かにそうですが……」


うまく言いくるめられているような気がして腑に落ちないけれど、それをうまく説明することも難しく、どうしたものかと考えていた僕に、彼は言った。


「つまり、今んとこ失敗しても痛いのは懐だけだ。考え過ぎんな。余裕もねぇとこにアイデアなんか浮かばねぇ。思い詰めるだけ泥沼だ。梯子が足りなかったことに気が付いただけ前進したって思えばいいだろ。完成してから何とかしにくい問題を残す方が、完成後でも何とかなるだろう蓋の件より面倒だからな」

「そうですね。梯子の件、よろしくお願いします」


梯子がないのは設備の不備となるが、蓋がないのは不備ではないし、品質はともかく本来の機能に問題はでない。

うちの親方だって、危険を回避できれば問題ないと言っているし、後付けでもいいというはそういうことだろう。

いまいち理解も納得もできない部分があるが、ここで不満を述べても仕方がない。

いきなり押し掛けて、思いつきの梯子の件を飲んでもらったことに感謝するのが先だ。

僕は素直に彼の言葉にうなずいて、納得いかない部分は後でじっくり考えることにしたのだった。

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