梯子の常設化
親方に蓋をして取れないようにしろと言われてから、僕の頭の中は再びタンクの構造でいっぱいになっていた。
親方は蓋について考える時間はあると言うけれど、僕からすれば、その時間は最大限に利用してよりよい案を出すために使われるべきだと思っている。
そしてタンクについて集中して考えていくうちに、もともと最適解ではなかった中身に僕自身が不満を持つようになってしまった。
まずは一番大きな問題として横たわっている蓋のことだ。
蓋の代わりに簾という案も考えた。
けれど簾は本来外で使うことが想定されていない。
そして元は細い枝だ。
拾った枝をダメにしたこともあるし、雨ざらしにされたら弱いことも僕はよく知っている。
それにゴミを落とさないための蓋なのに、この簾の一部が壊れて水の中に落ちれば、逆に水を腐らせる原因になりかねない。
何より簾は踏んだら壊れる。
落ちないようにしろと言われているのに、踏んだら落ちるし、見た目は蓋なのだからと油断した人物からすれば、落とし穴のようなもので、かえって危ない。
だから安全面でもアウトだろう。
じゃあ落ちないように丈夫な木の板を同じように繋いだものを置けばいいのか。
作りはどこかの世界のお風呂にあった、じゃばら状の浴槽の蓋のようなものになるかもしれない。
それなら開けたり閉めたりすることはできるけれど、結局それをどけようとしたら、蓋全体を持ち上げるのと同じなのでそれなりの重さになる。
大きな蓋より畳める分コンパクトにはなるだろうけど、移動させたりする労力はさほど変わらない。
そして問題は開けるときより閉める時だ。
開けるのは引き寄せるなりなんなりすれば、どうにでもなるだろう。
では閉めるときはどうすればいいのか。
結局その重たい蓋を持ち上げ、足元が危険な状態で歩いて下ろさなければならない。
つまり蓋をしようとする時の方が危険ということだ。
それに蓋そのものは一人で持ち上げられない重さになるだろうと想定されているのだから、大人が数人でその作業を行うことになる。
つまり掃除をしようとする度に、近所の大人たちに加勢を求める必要が出てくると言うことだ。
楽をするために作ったタンクのために、タンクを維持するために定期的に人を集める苦労をしなければならないというのは本末転倒な気がする。
何より、その作業ができる大人と言うのは貴重な働き手のはずで、万が一にでもそんな彼らが怪我をするようなことになってしまったら、責任を取るのは難しい。
持ち上げてずらすことができる蓋を付けて安全性を確保するか、入れなくてもいいからタンクを狭くして人が落ちないようにする代わりに掃除できない点を妥協するか、とにかく何かを諦めなければならないのか。
親方は人が落ちるくらいなら開かないようにしろという。
確かにその考えも間違いではないけれど、僕としては何とか両方を叶えたい。
そうして何度も同じことを考えていくうち、徐々に優先順位みたいなものが見えてくるようになった。
いくら水を流す穴があっても中に入って掃除をしないというのは、やっぱり僕の中では良い選択ではないと判断した。
中の水を飲まないにもかかわらず、前の世界の風呂の浴槽ですら流れていくところがあって水を抜いて入れ直すとしても、その前に一度水を抜いた状態で洗っていたのだ。
飲まない水ですらそうしていたのだから、汚れたものを中に入れる予定のないタンクとはいえ、上部を完全にふさぐ訳ではないのだから雨水に混ざって何かが混入することは避けられないはずだ。
そう考えれば考えるほどタンクの中は掃除をして水質の安全性を高める必要があるように思える。
つまり僕は、蓋について真剣に考えて親方を納得させなければならないのだ。
同じことばかり考えてしまっていて進んでいないと思っていたが、僕の頭は、少しでも違う結論に至ろう、違う視点でものを考えなければと、無意識に努力をしていたようだ。
時間が経つにつれて水質の安全性の方が重要だと言う考えが強くなった僕は、大事なことに気が付いた。
掃除をするため、タンクの中に入る方法だ。
落ちないようにする蓋について良いアイデアは浮かんでいないが、とりあえず親方はそのままではだめだと言う。
これについても考える必要はあるが、それよりも根本的な所が抜けていたことに今さら気が付いたのだ。
落ちるにしても、そもそも登れなければ落ちれない。
もしかしたら親方たちは、タンクに入る時だけ梯子をかければいいと考えているかもしれないが、うちにそんなにたくさんの梯子はない。
仮にタンクに登る時、家にある梯子を使ってしまったら、タンクに降りる梯子がない。
梯子を掛け替えて使うことはできるので、登ってから梯子を引き上げてタンクの中に降ろせば、その問題そのものは解決するのだが、それで何かあったら他の人がタンクに上ってくることができない。
縁起が悪いが、タンクに誰かが落ちる時、当然その人はタンクの上にいる。
トラブルが起きるのは、もしかしたら掛け替えるために梯子を引き上げた時かもしれないし、梯子を下ろそうと覗き込んだ時かもしれない。
その時、梯子は、助けようとしている人が登れる状態なのだろうか。
梯子がタンクの上、もしくは中ということも考えられるのだ。
トラブルが発生した際、他にもタンクの上に人がいれば、梯子を使うことができるかもしれない。
けれど一人で作業をしていてトラブルが起きた場合、今の状態では他の人がそこに上る手段がない。
そうなると必要なのは梯子の常設化だ。
仮にタンクの中に梯子を入れて置いたら、木材の梯子はすぐに腐ってしまうし、水質が汚染されてしまう可能性が高い。
そうなるとタンク側に梯子を設置するのが必須ということになる。
そこで僕は思いついたのだ。
確か樽工房の親方はジョッキの取っ手は後で取り付けていると言っていた。
だったら、二つの樽に取っ手を追加してもらって、そこに梯子のように足をかける部分を取り付ければ梯子として使えるはずだ。
樽そのものは親方がすでに発注してしまっているが、とりあえず希望を伝えてみよう。
向こうも後付けできるものはどうにでもなると言っていたし、それは蓋だけではないはずだ。
そしてもしそれが叶うのなら、僕の部屋を屋根裏に作って、タンクの梯子は部屋に上がるのにも使えるようにすればいいのではないかと考えた。
そうすれば屋根裏に上る階段は不要だ。
すでに親方が樽をふたつ発注してくれているけれど、樽工房に梯子の話はしていない。
だから今の段階では、樽に梯子をつけられるのか分からない。
これができるかできないかで家全体の構造が変わる。
主には僕の部屋が屋根裏という、人に干渉されにくい空間に設置できるかどうかというところだ。
まあ仮に屋根裏が作れなかったとしても、タンクは設置することが決まっているのだから、どのみち梯子の設置は必要になる。
確認した方が良いだろう。
それに、もしかしたら親方が発注に行った際、二人で何か蓋について共有したり話したりしているかもしれない。
その話が聞ければ、蓋について考えるヒントにもなるだろう。
僕は思いついたその足で、親方に相談することもなく、気が付けば樽工房の戸を叩いていたのだった。




