しおりルーム
午前中の予定を全て終えてほっとひと息ついた。時計の針は1時を指している。午後のカウンセリング開始まで1時間半。持参したサンドウィッチとオレンジジュースで昼食を済ますと、休む間もなくカルテを取り出した。出来ればここで、珈琲をゆっくり味わいたいところだが、、気にかかるクライアントがいるのだ。彼女、S子さんは、今までに何度も自殺未遂を繰り返し、今でも此処に来るたびに必ず1度は「死にたい。」とつぶやく。それでも毎週カウンセリングを受けに通っているのは、何とか生きる希望を見出したいからに違いないのだ。S子さんは【カサンドラ症候群】である。実は、カウンセラー『しおり』も以前、同じ症状に悩んだ経験を持つ。
※【カサンドラ症候群】とは、【アスペルガー症候群】(広凡性発達障害の一種である)の夫または妻が相互関係(特にコミュニケーションに依る)を築けないために配偶者やパートナーに生じる、身体的・精神的症状を表す言葉である。
しおりは現在カウンセラーとして活動している。アスペルガー症候群の元夫との生活は、コミュニケーションが取れずに随分と苦しんだ。その結果、体を壊し入院した事が転機になり、離婚に至った。その後、体調回復及び心のケアのため、半年通った心療内科で恩師H氏に出逢った。彼のお陰ですっかり元気を取り戻したしおりは、そこからカウンセリングの勉強を始めた。そして丸3年専門の機関で知識を身に着け、臨床体験を積み、5年前に独立したのである。
2時半きっかりに午後のカウンセリングが始まった。S子さんはいつもの様に下を向いたまま静かに部屋に入って来た。しおりはいつもの様に話しかけた。
「ご気分はいかがでしょうか?」
「はい、、何とか。」
「体調はいかがでしょう?」
「まぁ、、それも何とか。」
「何か変わった事はありませんか?」
「はい、、それが、、。」
そこでS子さんは口籠った。彼女が話し出すのを待つ間に今日の様子を観察する。顔色はあまり良くない。そして何かを言い出そうとして、言い淀んでいる様子がありありと見える。しおりはひたすら待った。。10分位経って、S子さんが再び口を開いた。