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桜幻戯  作者: 篁頼征
1/11

前口上

江戸時代後期の頃を想定しています。

お店の名前その他は全て架空です。設定はふわっとにしてありますので、ご容赦下さい。

 おうっ、おいらの名前かい? そうだなぁ。つけてもらった名前しかねーんだけどよ。桜吉おうきちって旦那は呼ぶぜ。旦那っていうのはおいらのご奉公してる大店の若さまで、桜が何より大好きな桜きちが…おっとっと。でもおいら、桜は好きだけど名前につけられるのはちっと照れるよなぁ。娘さんの名前みたいじゃねーか? きれいだけどよ。ま、名前の文字を聞かれなきゃかまわねーけどさ。

 旦那は小間物屋の三代目で、ちょいと小粋なお人さ。売家と唐様で書く三代目っていうけどよ。旦那の書はいっぱしのもんだってお寺の住職さまがおっしゃってた。うちの旦那はおっとりしてのほほんとしていなさるけど、やるときゃやるお人さ。へへん。このおいらがみこんだんだ、間違いねーぜ。先だっても新しい奉公人が来てよ。小またの切れ上がった好い女でなんともいい匂いをさせていやがるのを、店のやつらはみーんな、ただでれーっとみてたんだ。でも流石は旦那だぜ。懇意にしていなさる四谷の親分にひょいと耳打ちしてたと思ったら、そのあくる日には親分がしょっ引いていきなさった。何でも近頃このお江戸を騒がせていやがる盗賊団の一味で、引込役だったんだとよ。なんでわかったんですかいって聞いたらよ。しなせ言葉が返ってくるたぁ思わなかったね。ま、おいらだけしかいなかったから旦那もそんなことばが出たんだろうけどよ。番頭の佐吉さんにでも聞かれたらどえらい騒ぎになってたにちがいねーぜ。何しろ勤勉実直で江戸っ子とは思えねー野暮なお方だからよ。こんこんと説教されるにきまってらーな。ま、あの女は婀娜者すぎるってんで四谷の親分に調べて貰ったら、前の店でもその女が手引きをしてやがったらしいって判ったんだと。実直な番頭あたりを狙って、あのむっちりとした腿で足でも撫でられて、襟足をちらっと見せつけられりゃ、遊び足りねー大抵の男はまいっちまーわな。って親分はいってたけど、おいらどーもわかんねぇや。そしたら旦那がよ。いまに判るようになるってあたまをつんと小突いていきなさった。

 ああ、旦那のことばっかりになっちまったらいけねーな。おいら、孤児みなしごなんでぇ。お寺の門に桜色した産着を着せられて、捨てられていたんだと。粗末な産着なら判るけどよ。桜色っていうのが解せねーよな。住職さまは近所の町女房の手を借りながらおいらを育ててくれたんだけどよ。あれはおいらが三つになった春だったなぁ。旦那の弟さまがまだ可愛い盛りに流行り病で亡くなって、すっかり気落ちして大奥さまが病気になっちまって。お慰めするために、おいらを引き取ってくれたんでい。旦那の弟さまは五つだったって後から女中のおさきさんに聞いたけどよ。大奥さまがお嘆きになるのもそりゃあ無理はねーよな。旦那の弟さまや大奥さまにはちっと申し訳ねえ気もするけどよ。お陰でおいらは良い旦那に拾って貰えたからよ。お寺じゃ産着のおかげで「桜小僧」なんてぇ呼ばれてたけどよ。こっちじゃちゃんと旦那に「桜吉」ってつけて貰ったしな。ありゃあ涙が出るほど嬉しかったぜ。それからおいらは丁稚見習として店に置いて貰えることになったんでい。三つの子供を働かせるだなんて、だってえ? とんでもねえよ。だって旦那は店の仕事はほんのちょっとにして、おいらに手習いまで教えてくださるんだぜ。いろはだけじゃねーぞ。算盤まで教えて下さるんだ。どこにそんな立派なお方が他にいるってえんだよ? おいらにとっちゃ兄貴どころじゃねえ、大恩人だ。足向けて寝らんねーぜ。っつってもよ。旦那は南向きのいいお部屋におやすみなんでよ。北部屋のおいらは旦那に足を向けると北枕になっちまうんだけどよ。おっと。おいらの年齢としかい? お寺の住職さまに見つけて貰ったのが辛亥の年でい。今年は甲子だよな。十四でぇ。正月で歳食っちまうからな。生まれた日がわかんねーけどよ。おいら別に不自由はねーぜ。

 今日も旦那は江戸の町をひょひょいと歩いていなさる。おいらは、いつもお供をして身の回りの出来事を書きとめておきなさいといわれたんだけどよ。こんなモンが、はたして何の役にたつのかねえ。

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