48.商売人の悲哀
冒険者になった今日一日の事について、互いに感想を言い合った俺とミゼさんは、一日働いてお腹がペコペコだったことを思い出し、一回の食堂へと降りて行った。
日が落ちた後の食堂は中々の混み具合で、多分だけど宿泊客以外の人も多い。意外に人気店なのだろうか。黒猫亭の看板娘、猫獣人のマリカが忙しそうに駆け回っている。
「あ! お二人さんもご飯かにゃ? そっちの空いてるとこに座って欲しいにゃ」
幸いにも空いていた席に案内してもらい、席に着いた。
注文するのは「お薦め料理」だ。初めてのお店のことを知るには、やはりこれに限る。外れが無い、ということはないんだけど。
ミゼさんも同じものを、と付き合ってくれるようなので、マリカに注文してみた。
それほど待たされることなくテーブルに並んだのは、「ガープのシチュー」だった。ガープってなに? とミゼさんに尋ねてみると、どうやらこの世界の猪のようなものらしい。つまり猪シチュー。
匂いは香辛料かなにかの、食欲をそそる刺激的な香りだ。恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
「美味いっ」
口当たりは柔らかく、後味はピリリとしている。ガープは野生の獣と聞いたので、獣臭さが怖かったのだけれど、ほとんど感じない。
濃厚な脂の旨味を感じていると、ミゼさんも黙々とスプーンを動かしていた。
野菜もよく煮込まれたものが入っていて、シチューの旨味をたっぷりと吸っている。
これがおまけで付いてくるなんて、黒猫亭はかなりの当たりな宿屋だったんじゃないか。
「どうだったかにゃ? うちのお父ちゃんの料理は?」
シチューを食べ終わる頃には食堂の混雑も落ち着いてきて、手暇になったらしいマリカが絡んできた。
この看板娘さえどうにかなれば最高の店かもなあ。
などと失礼な事を思ってしまうのだけれど、とはいえ。
「凄く美味しかったよ」
ミゼさんもこくこくと頷く。
「でしょ~。へへへ」
マリカが顔をくしゃっとさせる程に嬉しそうに笑う。親子経営なんだろうか。微笑ましいなあ。
厄介な猫娘の意外な一面に和んでいると、ふと気になったことを訪ねたくなった。
「ねえ、マリカ。一つ聞いていい?」
「何かにゃ? スリーサイズならチップを要求するにゃ」
誰が聞くか。
ああ、ミゼさんの視線が冷たい。言い出したのはこの駄猫なのに。
「じゃなくて、今日、ギルドで他の猫獣人さんにもあったんだけどさ。誰も語尾に『にゃ』なんて付けてなかったなんだけど……」
猫獣人は勿論、犬獣人だろうが兎獣人だろうが、語尾に種族の個性を出すなんて変な人は一人もいなかった。
そのことをマリカにぶつけると……俺から視線を外して、遠くを見つめていた。
ここは店内なので、君が見てるのは天井だよね。
しばらく無言で見つめていたら、堪えかねたのか、マリカががっくりと項垂れた。
「そうにゃ……商売でインパクトはとても大事なのにゃ……」
うーん、やっぱりか。それでも語尾を変えないのは、意地なのか癖になっているのか。
そう思っていると、ふいっとマリカが厨房を指し示した。
「あそこにお父ちゃんが見えるにゃ?」
「ああ。立派なガタイの人だな?」
厨房のカウンター越しに見えているのは、とても料理人には見えない大柄な男の人だ。酔っ払いの荒くれ共を相手するのには、ああいう人の方がいいのかもしれない。
マリカの父親というだけに、あの人の頭の上にも猫耳が――いや。
猫耳の下。短めの髪の中から、肌色の見慣れた物がチラチラと覗いている。
「マリカ、まさか君のお父さんって」
「……そうにゃ。父さんは入り婿で、人間にゃ」
付け耳かよ。おっさんに猫耳とか、最悪に似合ってないぞ。
しかし、まだマリカは指を下ろさない。お前の親父さんには、まだ何か秘密があるのか?
こっそりと窺っていると、帰り際のお客さんが、親父さんに挨拶をしていた。
「マスター、ごちそうさま。今日も美味かったよ」
「おう、お粗末。ありがとう……」
うん、普通のやり取りのように聞こえるが……。親父さん、何か最後に口を動かしてるな。
次のお客さんとの挨拶で、その答えは分かった。
「ありがとう……にゃ」
超小声で『にゃ』って言ってる!
あ、しかも顔を赤くして、奥さんらしき猫獣人さんに揶揄われてる。平和な光景だなあ……。
「お父ちゃんはお母ちゃんに惚れ込んで、料理の修行をして婿入りしたにゃ。その時の条件の一つが、あれにゃ」
マリカの背中が泣いている。
でも、まあ。
「幸せそうだからいいんじゃない?」
「でもお父ちゃんの猫耳姿は辛いのにゃ……」
ああ。家族で見慣れていても、そう思うのね。
しょんぼりとしてしまったマリカを慰めていると、横でミゼさんがうんうんと頷いていた事に気付いた。
え。もしかして魔王家にも何かあったの?
恐ろしくて、その日は聞くことが出来なかった。




