4.異世界コミュニケーション
適性は、レベルアップの能力上昇にそれぞれボーナスが付く。
友人たちと同じレベル2になっても尚その能力に差があることに、俺はそう仮説を立てた。
そして、三山さんと小宮という魔法使い二人のレベルが先に上がった事から、魔法を操る事はレベルと関係があるのではないかとも。
公志郎と西野も、それぞれ光で照らす魔法と火を灯す魔法を扱えるようになっていて、未だに鑑定の魔法以外使えない俺は、魔法に関しても適性が足枷となっているように感じている。
ハンデを背負わされた俺に出来る事は唯一つ、努力あるのみ。
既に日も沈み、神殿のそこかしこに魔法で作られた光の球が浮かぶような時間になっても、俺は一人中庭の隅で胡坐をかいていた。
もしも火を出せたら危ないということで場所を借りているが、未だにその気配もなく、だだっ広い中庭にただただ孤独心を煽られている。
「ん……?」
何処からともなく漂う夕食の香りに、集中をかき乱された。
今頃友人たちは王女様指導の下、ラドセニア王国のテーブルマナーを叩き込まれているはずだ。
勿論俺も参加しなければいけないはずなのだが、居残りを希望したらすんなりと通ってしまった。居残りに付き合うと言ってくれた三山さんたちは問答無用で連れられて行った事を思うと……いや、考えるのは止めよう。
グゥーと空っぽのお腹が不満の声を上げる。
「お腹空いたな……何か食べておけばよかった」
漂う良い匂いに流石に集中できそうにないなと見切りをつけて、夕食が用意されているはずの自室へと帰ることにした。
古びた石造りの廊下を一人。足音を響かせて歩いていると、何だか自分だけしかこの世界にいないかのような心細い気分になってきた。すると、
「あら……、訓練はお終いになられたのですか?」
「王女様。はい、実はお腹が空いちゃって」
セイラ王女がゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。護衛を一人だけ連れているが、それがこの神殿で一番レベルが高い43の近衛兵ともなると、不用心ということもないのだろう。
我儘を押し通して行った居残り訓練を切り上げた理由の気恥ずかしさに思わずお道化てしまうと、セイラ王女も少しだけ頬を緩めた。
「これからお部屋でお食事ですか? ……あの、私もお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「っええ!?」
唐突なお願いに、目を見開いて固まってしまう。
いくら召喚勇者とはいえ、王女様を男の部屋に招くなんて、いいの?
セイラ王女の後ろでは近衛兵のレキさんも我関せずと素知らぬ顔。
……そりゃあね、レベル43と20を前にすれば、レベル2の鑑定士なんてその辺の蟻んこと一緒か。
ふと冷静になってみると、そんな結論に行き着いた。護衛のレキさんが何も言わないということは、ある程度事前に打ち合わせした上での訪問なのかもしれない。
「……構いませんけど、ご飯は分けませんよ?」
大袈裟に取り乱したのが恥ずかしかったので、茶目っ気を混ぜてみたのだが、レキさんに虫けらを見るような眼で見下された。
冗談一つに随分とダメージを追ってしまった。王女様が楽しそうに笑ってくれているのが救いだろうか。
◇
「先日は、庇ってくださってありがとうございました」
ありがたいことに会食と同じメニューだという豪華な夕食を一通り楽しみ終わった頃、お茶とクッキーのような軽食を摘まんでいたセイラ王女がそう言って頭を下げた。
はて何のことかなと思い返してみると、召喚されたあの日に公志郎の追及を止めた事だろうか。
「いや、そんな頭を下げられるようなほどの事は……」
「私たち――私は我が身可愛さに皆さまを危険な世界に呼び出してしまった未熟者です。皆さまの怒りも戸惑いを当然の事と思います。……どうして、私を庇ったのですか?」
「どうして、か。うーん。公志郎はテンパって貴方に詰め寄ってしまっていたけれど、冷静であればあんなに乱暴に振る舞う奴じゃないし、放っておくと後悔してへこみそうだなーって思ったからかな。あとは……ちょっと妹の事を思い出して」
「妹さん、ですか?」
「うん。親父たちに怒られてる時のあいつみたいで、何か放っておけなかったんだ」
「勇者様の妹さんに似ているなんて何だか光栄ですね」
「似てるなんて、そんな。セイラ王女はとてもお綺麗でうちのとは全然違いますよ。……まだ十歳だし」
「じゅっ!?」
「…………っぷ」
固まる王女と、吹き出す護衛。
「チッ」
「ひぃっ!?」
気まずいからって睨まないでください。俺だって悪気はないですよ!
情けない悲鳴を上げたことを誤魔化すために、居住まいを正して食事に戻ったのだけれど、部屋の入口で待機する護衛のレキさんの視線が痛い痛い。
いっそのこと、王女様の横にでも座ってお茶を飲んでくれていればまだ気にならなかったのだけど、勧めてみたのだけど護衛の職務だからと断られてしまっている。
その後食事が終わるまで、正面からのいじけた視線と妙に離れた所からの刺すような視線に晒される事となってしまった。
「それでは王女様、そろそろ――」
視線に耐え兼ね、退室を促そうかなと思った所で、
「セイラです」
「へっ?」
「私にはセイラという名前があります。王女様などという名前ではありません」
「セイラ……王女? セイラ姫?」
じー。
どうしても妹を思い出してしまう、少女のようないじけた視線が俺を苛む。
「マヤは名前で呼んでくれるようになりましたよ?」
「三山さん……。わかった、セイラ。これでいい?」
「ふふっ、よろしくてよ」
渋々従った俺だけれども、王女……セイラが楽しそうに微笑んでいるから、まあいいか。
「ありがとう! ユーゴ、お休みなさい」
ドレスを翻して軽い足取りでセイラが部屋を出ていく。が、何故か護衛のレキさんが細めた鋭い眼で俺の事を睨んでくる。
「…………」
「な、何か?」
「公式の場では控えるように」
「……はい」
レキさんは顔を軽く振ると、疲れたように肩を落として部屋を後にした。
苦労してるのかな……。