39.魔王の異常な愛情
「っ……ここは?」
瞼を開いたそこは、何処か薄暗い室内のようだった。
「父さん……どうして私まで」
呆然とした様子のミゼさん。いやいや。俺だけならいいんですかい。
「ミゼさん。俺たちはどこに送られたんですか?」
「ここは……」
ミゼさんが視線を巡らせる。
つるりとした四角い石造りで、窓が無い。しかし天井がぼんやりと発光しているので、辛うじてミゼさんの顔が見える。ぽっかりと長方形に空いた出入り口が一つ。
何というか、今までのダンジョンと比べると随分と人工的というか。
そんなことを思っていると、ミゼさんが微妙な顔で眉間に皺を寄せていた。
「……父さんが私のために造った、ダンジョン練習場だ」
ああ。最後の課題ってそういうこと。……あの魔王何してんの?
娘の為にダンジョン一つ造ってしまう魔王の溺愛っぷりにちょっと引いた。
しかし、俺の意思では無いとはいえ、父親との思い出の場所に土足で上がり込んでしまったのではないか、とミゼさんの様子を窺ってみるけど、いまいち表情が読めない。
「このダンジョンは父さんが何度も拡張したからかなり深い。早く行くぞ」
そう言って俺に先行するように指示を出す顔は、何となく拗ねているような。
「なんだ?」
「いえ、何でもないです……」
どうなんだろう。
「ダンジョン練習場って言っても、もう何個もダンジョン攻略してるよね?」
「ここは毛色が違う。ダンジョンの練習場というよりも、ダンジョン型の練習場だ。魔物もいないが、十分に気を付けろ」
薄暗い一本道の廊下を進みながらミゼさんと話していたら、そんな忠告をされてしまう。
気を付けろ、って言われても。
「魔物も出ないんじゃ何に――」
パカッと床が割れた。
「へ?」
無防備に、ドサッと顔から落ちた先は、一メートル程の深さの落とし穴だった。幸いにもクッションがあったので、怪我こそしなかったものの……
「っゲホ!? ゴホッゴホッ!?」
粉っぽい物が層になるほど敷き詰められていた。埃? いや、これは……
「っくっく。だ、大丈夫か?」
珍しく、震えたミゼさんの声が聞こえる。
笑ってますよね?
「大丈夫。だけど、これ、小麦粉?」
「殺意が高い罠なら死んでいる所だ。父さんに感謝するんだな」
たしかに、これが串刺し、とかなら死んでいたでしょうけども。
こんなテレビのバラエティ番組みたいな罠にする必要はないだろうに。
むかむかと胸に込み上がるものを感じて、
「食べ物を粗末にするなんて!」
などと、的外れに怒ってみてしまう。
「安心しろ。その小麦粉は傷んでるから」
もっと安心出来ない!
「うがーっ!」と、ここにはいない魔王へと声にならない怒りの叫びを上げると、ミゼさんが肩を揺らして笑った。
まあ、珍しいものが見れたから、許してやるか……。
◇
その後もひどい目にあった。
失敗すると内容が変わってやり直しになるパズルのような仕掛けに、それを解いて開けた木箱からは毒ガスを模した悪臭ガスが放たれ、逃げ出そうと部屋の入口に駆け戻れば、バネ仕掛けの床が作動して悪臭ガスの真っ只中へと送り返された。
次いで、スプリンクラーのように雨を降らせる罠を発動させてしまい、一部始終を笑って見守っていたミゼさんを巻き込んでずぶ濡れになってしまった。
無言で温風を吹かして乾かしてくれたミゼさんの視線が痛かった。
濡れてピッタリと張り付いた服とか目に入ってません。
諸悪の根源は魔王です!
こんな罠を仕込んだ魔王が悪いんです! ありがとう魔王!
呪詛や感謝の言葉を吐きながらダンジョンを進み、いくつかの階段を上った先。
「ここが最後の部屋、なんだが……」
辿り着いた部屋に入って、ミゼさんが首を傾げていた。
「どうかしたんですか?」
「昔は、父さんが迎えに来てくれていたんだ。それと――あんな物はなかった」
子供の塾へのお迎えかよ。
魔王の親バカっぷりに呆れつつ、ミゼさんの示す『あんな物』を見る。
それは何とも古典的な、豪華そうな宝箱だった。
「これも、罠?」
「どちらにしても開けるしかないだろう。頑張れ」
スススッとミゼさんが露骨に距離を取る。
ですよねー。
諦観の念で宝箱と向き合う。
このダンジョン内で鍵開けの練習もたっぷりさせられた。ほとんど罠を作動させてしまったけれども。
これだって、失敗した所で死にはしないだろう。
そう見立てていたのだけれど。
「あれ?」
これ、鍵穴がただの絵だ。
上蓋にそっと触れてみる。動く。多分開いちゃう。
どうせ逃げ道はない。恐る恐る蓋を持ち上げる。
豪華な見た目のわりに、軽く蓋は持ち上がってしまった。罠の気配は無い。
宝箱の中身はスカスカで、入っていた物は二つ。
一つは手の平大の大きさの箱のようなもので、鑑定で≪アイテムボックスの魔道具≫と表示された。
もう一つは、手紙だった。
俺は不安気に見守っていたミゼさんを手招きして、手紙を広げた。




