2.異世界ミドガルズ
俺たちが召喚されたこの世界は、ミドガルズという呼ばれているらしい。
何処からともなく神官が運んで来た世界地図を前に、お姫様がこの世界の説明を始めてくれた。
まるで一つの大陸に幾つも虫食いで穴が開いてるかのように、巨大な内海や湖が点在する複雑な陸地の右端の一部を丸く指して、「ここが皆さまをこの世界にお招きしたラドセニア王国になります」と告げた。
「私はこのラドセニア王国の第一王女、セイラ・ラドセニアと申します」
にこり、とぎこちなくセイラが俺たちに微笑みかける。
そのセイラ王女の胸元には、≪セイラ・ラドセニア≫というゲームでよく見る半透明のメッセージウインドウが浮かんでいる。下の行に≪ラドセニア王女 適性・巫女≫と情報が続いていた。さらには、彼女が指している大陸地図にも≪ミドガルズ大陸地図≫というメッセージが空中に浮かんでいる。
この場所に召喚された時から視界に入っていたこれらに、まるでゲームオタク界隈で話題のVRゲームの世界に入ったかのような感動をしていたのだけれど、どうやらこのメッセージウインドウが見えているのは俺だけらしい。
名前の下に見える適性というのでその人が得意になる傾向が分かるようだ。王女様は治癒魔法などに精通する巫女、公志郎は光系統魔法も扱える肉体派の聖騎士、三山さんは魔法万能の魔導士、西野はバランス型の魔法戦士、小宮は時空魔法使いだ。
そしてこれらが見えてしまっている俺はといえば……
≪国崎優吾 召喚勇者 適性・鑑定士 特殊スキル・鑑定の魔眼 翻訳≫
鑑定士はこの世界ではありふれた非戦闘適性で、特殊スキルというのも鑑定の魔法を唱えなくても鑑定ができるというだけだそうだ。
「こちらで用意した鑑定士が無駄になってしまいましたね」とセイラ王女が困ったように微笑んでいたが、後ろの兵士たちはセイラ王女に見えないのをいい事に露骨に苦笑していた。
もう一つのスキル、翻訳も過去の召喚勇者にも全て与えられてきた物で、鑑定では見れないけれど、公志郎たちも持っているようだ。おかげでみんな、王女様たちとの会話に不都合がない。
「コーシロー様とマヤ様は戦闘能力の高い希少な適性ですね。ショータ様の魔法戦士は魔法がそこそこ使えるというだけで適性が高くはありませんので、あまり期待し過ぎないでください。マコト様は様々な物を仕舞える収納魔法や転移魔法が得意ということで、とても重宝されると思います。ユーゴ様は……」
セイラ王女が顔を曇らせる。
俺の鑑定士はと言えば、ある意味でレアらしい。悪い意味で。
鑑定自体には大いに価値があるものの、鑑定魔法はほとんど誰でも扱える初歩魔法だそうで、この世界における鑑定士の価値とは、鑑定結果を自身の知識に照らし合わせて正しく解釈できるかどうかだと言う。
特殊スキルの鑑定の魔眼の力で見るだけで鑑定できる、鑑定魔法要らずの鑑定士は一見便利そうではあるが、この世界の知識に乏しい俺では鑑定で見た内容を逐一訊ねなければならないので、それは良い鑑定士とは言えないだろう。
残る希望は≪適性・鑑定士≫は魔眼を持っているせいで、頑張れば戦闘能力もそこそこ上がる可能性がある事だったのだけれど――その期待も数日で打ち砕かれるのだった。
◇
ラドセニア王国北方の外れにある古びた遺跡神殿。古の召喚魔法陣が残されていたというこの神殿で召喚された俺たちは、そのままこの神殿で訓練を課されることになった。
この世界には、魔物と呼ばれる危険生物がいるらしい。この国の人が俺たちを召喚してまで戦力を求めているのは、魔物に対抗するためなのだそうだ。
「自力でどうにかすればいい」と公志郎が冷静に嫌味を口にすると、セイラ王女は顔を強張らせ、「仰る通りなのですが……」と俯いて言葉を詰まらせてしまっていた。
どうやら俺たちを呼び出す儀式を行ったのはセイラ王女なのだが、そこには神を語る存在からの神託や各国への武威示したい王国の意向など、様々な裏があるようだった。
「その神の力で今すぐ帰る事は出来ないのか!?」と憤る公志郎だったが、責められて気落ちしたセイラ王女は「私には召喚方法しか神託は下っておらず……申し訳ございません」とただただ頭を下げるだけだった。
王侯貴族という人たちは、日本人のように喧嘩や叱られるといった事を経験してこなかったのだろうか。
「これは拉致だ! いや誘拐だ!」と責められてしゅんと小さくなったセイラ王女は、まるで年下の少女のように弱々しく見えて、可哀想に思えてならなかった。
「まあまあ、落ち着いて。その神様も俺たちを呼び出した理由を何とかすれば、帰してくれるんじゃないかな?」
思わず彼女を庇うようなことを口にしていた。
「俺は今すぐに帰りたいんだが?」
眉をひそめた公志郎が今度は俺を睨み付けてくるが、かと言って前言を撤回する気にもならなかった。
「王女様が嘘を吐いているようには見えないし、神様とやらがどこにいるかも分からない。俺たちはやれる事からやっていくしかないよ」
「そうだよ! シロウちゃんそんな怖い顔で女の子に詰め寄ったらダメだよ!?」
異世界に有無を言わさず連れて来られた事には同じく納得の言っていないはずの三山さんも、公志郎に責められるセイラ王女に同情したのか間に入ってくれた。
ちなみに西野は「何が不満なのかわからん」という顔をしている。そりゃあ魔法戦士様だもんね、君は。便利屋扱いされた小宮も複雑そうだけど、公志郎のように食って掛かるという様子はない。内心では魔法を使えるのが楽しみなのだろうか。
「皆さまに備えて頂きたいのは、魔物の大氾濫なのです」
俺と三山さんが間に入った事で落ち着いたセイラ王女が、神託について教えてくれた。
「大氾濫?」
「はい。数百年に一度、地を覆い尽くす程の魔物の群れが何処からともなく溢れ出してくるのだそうです。それは神であっても止めることは出来ず、唯一つ私たちに施される援軍が召喚勇者なのだと伝えられてきました」
「つまり、イベントを前に神様が課金ガチャを回すようなもんか。今回は激レアは出てるのかな?」
「ええと……課金、がちゃですか?」
公志郎がまた噛みついてしまう前に、先んじて気の利いたことでも言ってやろうと思ったのだが、セイラ王女には首を傾げられ、激レアな幼馴染二人には苦々しい顔をされてしまった。
その後ろでオタク仲間二人だけがニヤニヤと楽し気に笑っていた。
※スキルについて少し修正しました。