1.その時は希望に満ちていた。
連載二作目です。一人称異世界転移物となっております。
夕日に朱く照らされた校舎。校庭から遠く響く運動部員の暑苦しい青春の掛け声をBGMに、俺――国崎優吾は西日の差し込む狭苦しい部室で、友人たちとオタク談義に花を咲かせていた。
口さがない人たちにはオタク部と呼ばれて蔑まされている俺たちだけど、周りを気にせず好きなゲームやアニメを語り合える楽しみは侮蔑の言葉を浴びたとしてもやめられない。
「今日はこれで終わりかな」
「えー。もうなのか?」
「まあ、しょうがないか……」
時に持ち込んだゲームで盛り上がったりもする俺たちの部活動は、校庭から「ありやしたぁぁぁぁあ!」と五月蠅いくらいに威勢の良い挨拶が聞こえる頃になると、自然と切り上げるようになっていた。
物足りなさそうに渋々携帯ゲーム機をカバンに仕舞う部活仲間の小宮真と西野翔太に、申し訳なさに居たたまれなくなる。
学校の決めた最終下校時間にはまだ余裕があるのだけれど、顧問の教師も処置無しと匙を投げた我らがオタク部が定時で解散となる原因は俺にある。
それは、今日も廊下の奥からパタパタと駆け足を響かせながら近づいて来ていた。
「ゆうちゃん、帰ろっ! って眩しっ!?」
「真矢、ノックくらいしろ」
騒々しく駆け込んで来た途端、差し込む西日に目を晦まして大袈裟に顔を隠したのは、三山真矢。後からクールにツッコミを入れたのが殿町公志郎。二人は俺の幼馴染なのだけど……分かりやすく言えば、二人はリアルが充実してる側の人たちだ。
公志郎は野球部、三山さんは生徒会というそれぞれの用事が終わると俺を迎えにやって来るのだけれど、その度にオタク仲間たちは俺から自然と距離を取るようになっていた。
香水か何かかでふんわりと甘い匂いを纏っている気がする三山さんに、公志郎は制汗スプレーの爽やかな匂いをさせている。
二人は部室に入って来ただけで文字通り空気を変えてしまうと、ホームであるはずのオタク部の仲間たちは余所余所しく視線を逸らして俺から距離を取り始める。
その様子に腹の奥がキュッと窄まるような不快感を覚えるが、俺にはどうすることもできない。
幼馴染二人に悪気は無いのだ。三山さんも公志郎も、漫画くらいは読む。スマホでゲームくらいする。ただ、それだけだ。オタク仲間たちと噛み合う事は無い。
「あの二人、何でわざわざ国崎を迎えに来るのかな?」
「さーてな。幼馴染ってやつには色々あるんだろ。まあ、でも、あの二人はお似合いだよな」
部室の隅へと離れていった小宮山と西野の何気ない会話に、俺はカバンを掴んだまま動きを止めていた。
視線を上げると、部室の入り口で何事か楽しそうに話し合っている幼馴染二人の姿が目に焼き付く。生真面目なスポーツバカに、面倒見の良い優等生。いかのにも青春を謳歌している高校生、という見た目の二人は、俺から見ても……お似合いだ。
一方の俺は、とカバンの中のゲーム機に目を落とす。小さい頃には、こんな事に壁を感じなかったのに……。
「ゆーくん? どうかしたの?」
「な、何でもないよ、ま……三山さん」
「昔みたいに真矢でいいのに」とむくれる三山さんに苦笑して誤魔化すと、その後ろで公志郎が呆れたようにため息を吐いた。
「優吾、暗くなる前に帰るぞ――っ!?」
部室の入り口から三山さんを追うように公志郎が足を踏み入れた、その瞬間。
床に見た事の無い文字が浮かび上がり魔法陣のような物を描くと、直視できない程に輝き始めた。
「きゃっ!?」
「何だ!?」
「これって――」
「「まさか!」」
瞼を閉じても白く焼け付くような光の中、三山さんと公志郎の戸惑いの声、それに比べて小宮と西野の――
◇
「「異世界転移!?」」
――興奮した声が変に反響する事に疑問を覚えて目を開くと、光は収まり、俺たちは見覚えのない石造りの部屋の中にいた。
石畳の足元には光を失った魔法陣があるが、やはり見たことのない文字だ。
そして、魔法陣の外は中世西洋風の鎧を着た兵士たちや神官らしい白いゆったりとした服の人たちが取り囲んでいた。その中で一際目を引いたのは、一人だけ煌びやかなドレス姿の、俺たちと同じくらいの年齢の金髪の可愛らしいお姫様だった。
「あ……」
お姫様は目が合うと、ニコリとどこか造り物めいた微笑みを浮かべた。
「ようこそ、勇者様」
彼女が頭を下げると、周りの人たちが一斉に跪いた。
◇
「異世界って何!?」と頭を抱えて戸惑う三山さんに「漫画やラノベでよくある話で――」と俺が宥めるように説明するのを他所に、小宮と西野は興奮した様子でこの場の代表者として前に出てきたお姫様に矢継ぎ早に質問を飛ばしていた。
その陰で、公志郎は鋭い眼で睨み付けるようにして微動だにしない兵士や神官の人たちを眺めていた。
「公志郎はあんまり取り乱してないね?」
「真矢が大騒ぎしてるからな。何だか俺は冷めちまった」
「誰だって驚くと思うよ!? ねっ!?」
肩をすくめながらの公志郎が口にした嫌味に、三山さんが拳を握り締めて抗議の声を上げて同意を求めてくる。
俺が苦笑いで返答に困っていると、
「そう言う優吾こそ、落ち着いているじゃないか?」
「俺も三山さんに色々説明してる内に……ごめん、冗談だから睨まないで。うーん、何て言えばいいかな。まるで夢を見ているみたいだな、っていうのもあるんだけど、安心感みたいなものもあってね?」
「安心感? 俺は不信感と危機感しか感じてないが」
俺たちを遠巻きに取り囲む武装した兵隊たちを横目で盗み見て、公志郎が首を傾げる。三山さんも「そうだよね」と小さく頷いた。
「そう言われると、この人たちが友好的かどうかは判断出来ないかもしれないけど。見る限り、聖騎士なんて特別っぽい適性を持ってるの公志郎だけだよ? 俺たち全員がチートを持ってるのなら、特別扱いしてくれるんじゃないかな?」
「優吾?」
「ゆーくん?」
公志郎たちが「何を言っているんだこいつは?」という顔で俺のことを見てくる。
――いや、公志郎たちだけじゃない。
周りの兵士も神官も、お姫様までもが、何故だかとても残念そうな顔をしている。
俺はこの世界に来てから見えている物を口にしただけなのに、何で!?
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