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暁の幻世記ーLast Breakー  作者: 黒獅
Client Ver. 0.95β
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第四章 チュートリアルと変人

普段仕事で、週末くらいしか小説書く時間がないもので。修正などに時間も割らないといけないので、これからは大体一週間に一章くらいのペースで更新させていただきます。

 空の旅はおよそ一分満たないうちに終わった。

 彪十(あきと)は操られたかのように紋章の真下へ飛んでいき、衝撃を感じさせずに地面に降り立った。


 足が地面を踏みつけている感覚は若干リアルのときより薄く、まるで重力が軽い状態で地面に立っているような感じだ。

 実際経験したことはないけど。

 手を握ってみて、そしてさっき降り立つ前に感じた風の感覚を思い出し、彪十(あきと)はすこし納得した。


 どうやらこのゲームの五感についてのシミュレートはある程度適応されているけれど、まだ100%とは言えないらしい。さすがにそれはある意味無理があったのだろうし。

 体感で言えば、およそまだ現実の3割くらいだろう。

 さすがにそれのせいでちょっと現実の時と同じように体を動かすのが難しいから、慣れるまでにどこかトレーニングできる場所はないだろうかと、彪十(あきと)は辺りを見渡す。


 彪十(あきと)は今、広場の真ん中に置かれている祭壇みたいな物のところに立っている。


 真ん中に光る大きな青い石があり、その上によくわからない文字が刻まれている。

 そしてそれを囲むように、正方形のタイルみたいなものがそのまま石を中心に円状で敷かれている。その範囲はおよそ一軒家の広さ分くらい。まさに祭壇みたいなサイズだ。

 なにより、その正方形のタイルの隙間には青い光が走っている。中心の石から、そのタイルで囲んだ円状のフィールドの外側に立つ胸くらいの高さしかない数本の細い石柱へ。そして光が上にあがり、紋章を映し出す。


 祭壇だと思われているこの場所には別に台座があるわけでもないのに、外側と同じ地面のはずが、あからさまにここだけがその外側にある普通の大地と違っていた。

 なによりその雰囲気が違う。まるで鳥居の内側と外側の違いみたいなものがある、だから彪十(あきと)はここが祭壇だと感じた。


 キャラクターの名前を決めたあと、急に空から降ってきた彪十(あきと)がかなり早い速度で突っ込んできたのに、なぜか緩やかに降り立てたのは多分あの祭壇のおかげだろうとは思う。

 これが普通のゲーマーだったら、スタート時点なんだからそういうものとして受け入れるが、彪十(あきと)にはそこが特別な場所だと認識している。

 なにより、流星みたいに空から降ってきたとき、彪十(あきと)は地上から注目されていたことは気が付いていたのだ。なのに地面の衝突する直前にまで、誰もが自分の姿から目をそらさなかった。

 そして今外に出た瞬間から、周りの人から頭をすこし下げ慣れたり、手を振ってきたりと、様々な言葉なき挨拶を受けている。


「あぁ、そういうことか」


 ゲームのホームページには、プレイヤーはこの世界の意識によって呼ばれた異世界人だと書いている。そしてプレイヤーはこのゲームの中の住人(NPC)からは「降り人」だと呼ばれている。

 まさに空から降り立つ人、そのまんまである。

 この世界の住人(NPC)からしたらプレイヤーはまさに空から降ってくる存在なのだから、急に誰から空から落ちてこようと、街の中に衝突するように飛んでこようと、それが常識の範囲内なのだ。


 空から人間が降ってきても、まるで門から潜ってきたような普通に思えるこのシチュエーションに彪十(あきと)はちょっと呆れた。

 さすが異世界というべきか、常識が非常識だ。

 まぁ、設定上そうなのだから気にしても無駄だし、なによりこれはゲームであるのだが。


 そんな時だった。

 挨拶し終えたこの世界の住人(NPC)が皆視線を外したのに、いまだに彪十(あきと)をじーっとみてくる視線を感じたのは。


「ん?」


 視線を追って顔を向けると、そこは祭壇の外側にある細い石柱を背に座っている人が目に映った。


 一言でいえば、変な感じだ。

 その人の見た目もそうだけど、彪十(あきと)を見つめてくる視線もそうだ。


 外見からして、特徴的な耳と尻尾から、自分と同じ獣人なのだろう。だが上半身は裸で、ガタイのいい上半身を曝け出しているいわゆる軽装備風のものかと思えば、その手と足には重装備のパーツが付いていて、腰に差しているのはなぜか細い剣(レイピア)だ。

 なんだかすごくチグハグしている。

 そして何よりその視線、まるで無機質といえばいいのか、虚ろといえばいいか。自分を見てきているし、その視線も感じるのに、だがなにか自分を見ているようで見ていないような印象を受ける。


 そう、まるで他人につられて自分を見ていたともいうように。だが、それなのに他人と同じように視線を外したりしない。


「こんにちは」

「・・・・・・」


 原住民(NPC)だろうか?だが他の原住民(NPC)よりも人間らしさを感じない。

 とりあえず近づいて挨拶してみても、返事はない。ただぼーっと見つめてくるだけ。


「まぁ、いいや」


 特に害にはならないし、これ以上じーっと見つめあっても変な感じだし。他人よりも今は自分に注意を向けるべきと、彪十(あきと)は気を取り直す。

 そして地面に降り立った後から出現して今まで放置していた、視界の右下にずっと点滅を続ける「!」と書かれている半透明のボタンに手で触れてみた。


【チュートリアルモードの起動が可能です。チュートリアルモードを起動しますか?】


 半透明のメッセージボックスに、YESとNOのボタンが二つ。特に迷うこともないので、YESを押すと、窓が全部消えた。

 相変わらず説明が足りないゲームだなぁと思いながら、彪十(あきと)は顔を上げて、街の中へ歩いて行った。その背中をずっと追いかけてくる虚ろな視線を無視して。


 とりあえず目的もなく、適当に街中をぶらぶらしてみる。

 このゲームは剣と魔法のファンタジーを背景にしているから、この街並みも定番の中世に近いものになる。街中に綺麗な水が通るように水道も組まれているようだし、ゲームだからどうかしらないが、街中に汚れがほとんどいない。

 時おり見かけるNPCと違う感じがするのはプレイヤーらしいが、街を一回り歩いてみても二人ほどしか見かけない。

 どこか浮いているような感じがするし、そしてなにより、チュートリアルモードの中でこいつらの頭には逆三角形みたいなカーソルが表示されているから。

 一応設定でカーソルの表示を切り替えられるらしいけど、彪十(あきと)はオフのままにした。特に理由はない。


 それにしても、あのカードの発行の数からして、今ログインしているであろう人数は多分ぎりぎり三桁には届いているくらいだろう。

 この時間なら外で狩りしているプレイヤーがほとんどだろうけど、それでも街中に二人しか見かけなかったってことは、ここがプレイヤー全員のスタート地点ではないということになる。

 剛人(たけひと)がログインしたとき、もしスタート地点が別の街になったら会えるまでにはかなり時間が掛かるだろうなぁ。

 経験者がいるのならいろいろ意見が聞けるのだろうけど、無理なら仕方ないと、彪十(あきと)はどうでもいいという風に結論をつける。


「おぉ、兄ちゃん。なんか見ていくかい?」


 露店に近づくと、自然に店番の人が話しかけてくる。そして商品として並べられている物の上には半透明の窓で名前が表示され出した。

 これもまたオンオフが可能なので、彪十(あきと)はいじってオフにした。

 単純に目が疲れるからだ。下のほうに品の名前と値段が書かれているプレードがすでに置かれているのに。


 彪十(あきと)はすこし店を冷やしてはそのまま礼をして離れていく。それでも店番の人はにこにこと「またこいよー」と挨拶してくれた。

 なかなか面白いな、ゲームと感じるのにどこかゲームに感じさせない。


 よく見たら、地面に薄い黄色の光膜が浮かんでいる。半透明の窓と同じ色だからわかりやすい、チュートリアルのためにここにいけってか?

 その道筋を辿りながら、彪十(あきと)は表示されたチュートリアルのメッセージに従い様々な操作を試してみた。


 口に出さずとも、特定の手のジェスチャーと「メニュー」と頭の中で唱えるだけで、その手の先にメニューが表示される。

 このジェスチャーはデフォの設定上、画面の表示させたい場所に手の平をあけて向けながらメニューと唱えればできる。しかし、一応ジェスチャーのカスタマイズが可能のようだ。好みのジェスチャーでメニューを出すことが可能。

 彪十(あきと)はすこし考えて、拳を作ってノックするジェスチャーにした。

 なんとなく、わかりやすいほうがいい。手の平を人に向けるといろいろと良くないし。


 メニューは半透明の膜として表示されている。これは他人には文字が見えないが、光の膜だけが映るらしい。傍でそれを見て読み取れる情報がないとは限らないが、特に設定を変える必要がないだろう。

 ここで基本のゲームに存在していたステータス、装備、スキル、アイテムなどの項目がある。とりあえず操作の練習をしながら設定を弄る。


 アイテムの収納は簡単にできる、これは単純に収納と念じて手を離せばいい。ただ、実体化させるにはメニューからいちいち操作しなければいけない。

 一応ショートカットメニューが存在していて、それに登録されているアイテムならば手早く実体化できる。登録できるのは6つ。一応設定ではもっと増やしてもいいが、それはおいおいだ。


 装備については直接メニューでいじれば自動装着される。プレビューという意味で、メニューに移したミニチュアの自分の画像が見れる。

 ステータスに関しては六種類ある数値の現在値の記録とレベルなどしかなく、これは職業やらの数が増えることによって内容が増えるらしい。一番気になるのはステータスにアシストコントロールという項目の下に、シンクロ率って書かれている常に動く数字とバーが存在していることだ。

 気になって手をあれこれ動いてみて、体もある程度動かしてみたけれど、一番高い時にシンクロ率は10%すら超えていない。


「やはりそういう意味でのシンクロか。しかし、この低さは・・・一体何を元に図っているんだ?」


 多分、このゲームで運営が一番テストしたいとされている神経接続システムだろうと容易に想像が付く。多分これのログを取られているのだろう。

 しかしやはり納得のいかないのが数値の低さだ。

 歩くのも走るのも、ジャンプするのも、さらには三角飛びも試しにやってみたのにもかかわらず、この数値は一向に1桁以内のままだ。

 三角飛びができることにも驚きだが、こういう動きでもシンクロが低い(1ケタ)とされるのならば、100%というのは一体どういう感じなんだろうか。


「もうすこし本格的に動いてみるか・・・」


 すこし気になってきたから、彪十(あきと)はメニューを表示させながらすこしスキップして走り出す。

 スイスイと歩く住人(NPC)たちの合間をすり抜けるように走っていく。

 速度はそんなに出していないが、体に細かく調整を入れながら人ごみの邪魔にならないように走る。そうやって走りながらすぐに左右に揺れる姿は、見るものの目からすぐに消えるせいで、まるで幻影でも見かけたかのように感じさせる。


 そしてその姿をずっと、すり抜けられた人ごみを存在しないかのように目で追っている存在は一人、彪十(あきと)の後に付いて来ている。


 存在感が薄いからか、感情の目に映るのは彪十(あきと)のアバターの動きだけ。その道筋と動きをトレースするかのように、その存在は彪十(あきと)を追っていた。

 だが、人ごみは動く。一秒や二秒の遅れで同じ道筋と動きをトレースしても、人ごみを同じように避けて通れるわけがない。

 それでも構わないかのように、彼は人とぶつけながら彪十(あきと)を追っていった。


 いくらシンクロ率を試したいからとそれに集中していても、無事に避けて通って来た道で、そのすぐ後ろをいろんな物音や人の罵倒する声がするのに気が付かないはずもなく。

 彪十(あきと)は曲がり角を通るときにすこし後ろに目をやったら、自分をじっと目で捉えて、自分の動きを真似してついてきた者の姿が見えた。

 さっきの場所でずっと虚ろの目で見つめてくる例の奴だ。


「へぇー」


 ただ一瞬しか見ることができなかったが、目を道の先に戻しながら、彪十(あきと)はただ感心した。

 真似しているだけにしては、その動きは綺麗だ。

 人とぶつけていても、その動きに乱れや迷いが見られない。身長や体格、そして装備しているものによって邪魔になっている部分もあるはずなのに、なぜかまったく影響を受けていないように見える。


 何故後を付いてきたのか、何故こんなことをしているかとか、そんなことは考えない。

 彪十(あきと)はいい意味でも悪い意味でも脳筋なところがある。結果的に面白く感じればそれでいいのだ。

 そう、面白いのだ。このプレイヤー(・・・・・)が。


 チラッとメニューに目を戻すと、シンクロ率が19%に止まってそれより上には行けない。


「足りないか。ならば!」


 思い切り助走して、彪十(あきと)は急に空に飛びあがり、細い脇道に入った。

 思いっきり壁に飛んでいったと思ったら、そのまま体の重心をすこし調整して壁の上を走っていく。わずか数歩で落ちそうになると思ったら、今度はジャンプしてもう片方の壁の上にジャンプして同じことを繰り返す。


「ちっ、やはり足りないか・・・!」


 まるで動こうとするときに急に力の制限が入ってしまったかのように、助走付けるときも感じたが、壁の上に走っている途中で加速してジャンプしようとすると、急に体が重くなる。

 これがステータスの制限かと、彪十(あきと)は悪態を付く。


 三歩くらい走って、限界を感じた彪十(あきと)は力強くジャンプして、地面に向かって飛び降りる。

 それなりの高さまで走ったこともあって、地面に落ちた瞬間の衝撃に一旦動きが止まりそうになる。

 固まってか受け身が取れなかったのと、衝撃の時にあからさまにダメージ食らっているのをステータスメニューで確認することができていた。

 肝心のシンクロ率は上下が激しいけど、さっきの動きで20%まで突破することができていた。しかし、それより上には行くことが出来なかった。


「落下ダメージは有りっと・・・」


 一応剛人(たけひと)が言っていた仕様だから、気にはなっていた。

 だが、たかが4メートル超えたての高さからの落下でもダメージがあるんだな。現実ではこの高さで飛び降りるくらいわけなかったのに。

 それに、落下ダメージ食らった瞬間の判定が思ったより早い、受け身取るのをそれで強引に止められたような感じがある。


 もう一度走り出す瞬間、彪十(あきと)は後ろにチラっと目を向けた。やはり追いついてきている、自分が失敗する瞬間までもまったくの同じ動きで。


 数分もしないうちに、彪十(あきと)はとある広場に到着していた。

 四角に空けた大きいなスペース。武器やら案山子など様々のものが外側を囲むように置かれていながら、真ん中には線で囲まれた何もない場所には幾人かが模擬戦をしている。


 周辺を見渡すと、休憩する者、訓練する者、模擬戦を見学する者などさまざまだ。そのうちあからさまに恐れられている存在は一人いる。

 この開けたスペースとつなぐように一つ大きな建物が右側に鎮座している。

 その存在は完全に二足歩行の虎そのものだ。ゲームのホームページで見かけた獣人という種族の紹介ではこういう感じのものだったが、なぜか今自分はただのケモミミとシッポが付いている紛い物。

 いつかああなるのだろうかと、彪十(あきと)はしげしげにその存在の体付きなどを観察するかのように見回した。


 軽く二メートルを超える身長に、全身が毛に覆われながらも、筋肉の形が分かりやすく盛り上げている。その野性的な見た目もそうだが、ただの布衣しかつけてなく、武器もなにも身に着けていないのにもかかわらず、体全体で攻撃的な暴力を体現しているかのような生々しい雰囲気。

 体から力を抜いて、腕を組んで建物の壁に身を預けているように立っていながら、模擬戦をしている人たちを見下ろすその目は鋭く。黒い模様のある黄色い毛に覆われた尻尾がなにかを警戒しているかのようにゆっくり、ゆっくり重心を調整するかのように揺らいている。

 気迫だけならば隙はないように感じる。

 どこから来ても真正面から打ち返すような、そんな堂々とした姿。このすべてがシミュレートされた世界からでも感じる、ゲームだと思えきれないほどに人間らしさ(・・・・・)を。


 やっぱああいう風になりたいよな、(おとこ)なら。


 声はしなかった、だがなぜか感じた。自分の後ろにずっと追いついて来ていた存在がすぐ後ろに立っているのを。

 どうもさっきから見つめる彪十(あきと)の視線に反応した虎獣人はこっち側に顔を向けてきたらしいが、彪十(あきと)はそちらにすこし顔を下げて挨拶する仕草を返すだけで、後ろのほうに向いた。

 物事をまず順番的に進ませようか。


 もう一度正面から目を合わせて、今度相手も立っている状態で、自分よりすこし身長が高いから少々見上げる姿勢となった。

 相変わらずで虚ろな瞳で見つめ返してくる、まるで人形のように動かない。だが最初の時とすこしだけ違う雰囲気を感じる。


「もう初めてじゃないな。俺の名前は・・・ラオロア・アドルだ。お前は?」

「・・・」


 彪十(あきと)・・・いや、ラオロアは手を差し出しながら挨拶をした。すこし癖で本名を言い出すところだったが、ここがゲームだということを思い返して、剛人(たけひと)が口酸っぱく言っていたアバターの名前を使えというのを思い出した。

 しかし相手はなにも言わずに黙り込んで、相変わらず見つめ返してくるだけ。


 うん、知ってた。

 最初に会ったときもそうやって反応しなかったからな。しかしラオロアは自分の興味を引いた者を諦めるつもりはない。


「お前の名前は?」


 ラオロアは差し出した手をもっと前に押し出す形で、もう一度同じことを聞いた。

 それにやっと反応し、一度ラオロアの手を見下ろして、その人は顔を上げる。程なくして、まねっこするかのように、手を差し出してきた。

 交差しそうになる手が同じポーズでただ宙に浮かんでいるだけになり、ラオロアすこし笑いを零した。それを堪えて、ラオロアは差し出された手を自分の手で掴んで、そのまま真似するように握り返してきた手で握手をした。


 握手している手が新鮮なのか、その人はもう一度目線をずらし、握りあっている手を見下ろす。

 そしてラオロアが一度握手のモーションを終わらせた後、同じように繰り返してくる。


「ふむ」


 まるで鏡だな。

 ラオロアはすこし困ったように握った手を放す。


「それで、もう一度聞いてもいいか?お前の名前を」


 しばらく真似するのではなく、さっきまでラオロアと握手している手をなぜかしばらく見つめてから頭を上げる。

 心なしか、その瞳にすこしだけ人間らしさを感じるようになった。


「わ・・・たし、は・・・」


 まるで喋ることを長い間忘れ去っていたかのように、ゆっくり、練習するように口を開ける。その頭の上に載っている黒い模様のついている白い尖っている獣耳はすこし不安げに動く。


 ラオロアはなにもせず、ただ見つめ返し、じーっとその言葉を待つ。

 その目は、獲物を見つけたようにすこしギラ付いていることに本人は気付かない。

 ここにもしその悪友である剛人(たけひと)が居たら、確実に突っ込んだのであろう。


「わ、たしは・・・」


 口パクさせて、喉を鳴らし、ゲームにはないが、まるで唾を飲み込むようにしてから、彼はもう一度口を開けた。


「わたしは・・・しるばー・・・ファング」


 そして目をもう一度逸らし、まるで見慣れぬものを見るかのような目で、自分の両手を見下ろしていた。


「わたしは、シルバー・ファング」


 なにかうわごとでも言っているかのように、その言葉だけを繰り返し、シルバー・ファングと名乗った人は上の空のかのように近くの椅子に歩きより、そのまま地面に座った。その背中を椅子に預けて。


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