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Luccaの空  作者: fukucch
〜変わらない空〜
1/1

夢追い人のレクイエム

〜変わらない空〜

 今日も代わり映えしない空。教室の窓から見る風景は、数えられるほどの変化しかなく特にこの寒い季節には街は色褪せ、空は鼠色が広がっている。


 短い休憩時間は決まって、その代わり映えしない空を眺めながらヘッドホンに耳を傾けるのが、"流川(るかわ) (そら)"の日課だった。今日流れる音楽はEightroom(エイトルーム)の新曲『Daytona』


 流れる音楽で見える景色が変わることはなく、ただ雲はその曲のリズムより早く流れていた。


「こんなのも格好いいな」


 "流川"は声になるかならないかの声でそう口にした。そのアコースティックのインストゥルメンタル曲を聴きながら、指と体は音楽に同機し心は完全に音楽の中にいた。


「・・・・かないか?」


 その乾いた音に見えていた風景まで閉ざし、まぶたの裏に写る紫の螺旋がイコライザーのように


「・・・・カワァ」


 音楽とダンスを踊って・・・


「うぉ~い!流川ぁあ」


 流れる鼓動のリズムを打ち消す不調音な声・・・声?


「え゛ぇ?聞こえてんのかぁ?流川ぁ」


 気付けば目を見開き、真横に立つ男子生徒。


「ぁあ ごめん 何?」


 流川は音楽を停め、耳に掛けるタイプのヘッドホンを外しながら彼に目を合わせた。


「だから今週末!週末一緒に行かないか?って聞いてんのっ!」


 目の合った彼は、怒り気味なのか興奮気味なのか、鼻息さえ白くさせながら問いただしている。


 その彼の名は"桜田(さくらだ) 郁弥(ふみや)"彼とはガキの頃からの腐れ縁で高校でも1年、2年と同じクラスになった。今は違うクラスになり、卒業という言葉が現実味を帯びてくるこの時期になっても、休憩時間になっては二人並んでこの窓から同じ空を見ていた。


「週末?どこへいくの?」


 流川はヘッドホンのコードを、巻いて片付けながら今の桜田とまるで反対の口調で話しかけた。


「LiveだよL・i・v・e!」


「Live? 何の?」


 その問に待っていたかのように、桜田は目を更に見開き、一呼吸おいて話し出した。


「聞いて驚けよ!GRANZ's だよ グランツ!先輩の友達が行けなくなって、変わりに譲ってもらったんだ。もちろんお前も行きたいだろ。心配すんな、2枚あるから…」


 桜田は相当嬉しいらしく週末の答えはもう決まったかのように興奮混じりに話し続けた。GRANZ's(グランツ)は流川たちの地元から出たROCKバンドで、メンバーにこの高校の出身者で天才的才能を発揮するギターの”白川(しらかわ) (ごう)” と孤高のヴォーカリストの”名須川(なすかわ) 栄一(えいいち)”らが在籍する乾いたサウンド、美しいメロディー、名須川のカリスマ性が人気を呼び、地元からメジャーデビューの期待がかかるバンドで、今は上京し完全に向こう中心で活動している。LIVEにはメジャーのスカウトが足を運んで来ること、そしてインディーズからCDも出している。流川自身ROCKはそれほど詳しくなく基本はアコースティックな音楽を好んで聴いた為、ROCKバンドはあまり知らず、ましてやインディーズのROCKバンドなど知ることはなかったが、GRANZ'sに関しては時期は違うものの学校の先輩ということ、そしてGRANZ'sファンの桜田の影響でその音楽は知らないものの、バンドのバイオグラフ的な知識だけはしっかり頭にはいっていた。


「だから空けとけよ」


 一頻り話した桜田はそういい残すと嬉しそうに教室を出で行った。


「土曜日かぁ」


 休憩の終わりのチャイムを聞きながら、流川は予定の入っていない土曜日に自問していた。心地のよい午後、今日最後の授業。教台に立つ先生の話しは、再生のインフォメーションのような感情のない言葉を繰り返し、まるでヒーリング音楽のように教室の眠りを誘っていた。その静かな午後となった教室で流川は、机に頬杖を付き流れ行く窓越しの雲を眺めながら土曜のLIVEのことを考えていた。流川は実際ライブハウスに行ったこともなく、ましてやROCKバンドのLIVEである、イメージしてもTVで観た、顔を白く塗った古いメタルバンドのLIVE映像が頭に浮かんでくる。熱狂的なファンが発狂する映像、強面のがっちりした革ジャンの男・・・彼は頬杖をやめ、背筋を伸ばし深く息を整えた。


相変わらず雲の流れは早い。


 流川はさっき聴いていた『Daytona』のギターフレーズを指で合わせ真似てみた。ギターは中学入学の時、叔父さんにお古を貰い、それ以来見よう見まねを繰り返して今では耳コピで事足りるレベルになっていた。とはいえ、それなりに弾けるであろうギターも、どこかで演奏するわけでもなく誰かと合わせることもなく家で一人で楽しむ程度だった。流川の学力は中の中、部活にも入っておらず、背はそこそこ顔も幼い感じが残る優しい顔立ち、だが別にモテるわけでもなく、休みのほとんどが、ギターかバイトだった。両親は街の繁華街で喫茶店を営んでいたが、ただの手伝いになってしまうので近くの中華料理店に週数回バイトに行っていた。目前に控えた卒業に思い出す青春はギターと配達…そしてこの代わり映えのしない窓越しの空だった。ほどなく教室にざわつきが戻り、活気づく空間が体で感じる頃ニヤけた顔で桜田が流川の元にやって来た。一言目は土曜の話しに決まってると思っていた流川は、桜田の熱く語るであろう話しに付き合う覚悟を決めようとしながら帰る支度をしていた。しかし、その桜田の一言目は流川の動きを止めるような一言だった。


「なぁ流川 帰りに楽器屋いかねぇか。」


 ポケットに手を入れたまま落ち着いたトーンで話しかけた。


「うん。いいよ」


 流川も少し驚いたが同じようなトーンでそう返しながら再び慣れた支度を続けた。ここから門を出るまでの決まり事の挨拶で二人の会話は途切れ途切れだったがその間桜田は土曜の話をしなかったのである。この街はそれ程大きくない街だが小さな楽器店を含め5軒程ある。その中でも大手の楽器店に着いた二人は、話を止め軽音楽器や管弦楽器、楽譜のコーナーやスタジオなどあるなかで、各々見たいコーナーに足を向けていった。


 流川の目当てはアコースティックギターでJ45と呼ばれるモデルのもので、いつかは。と憧れも含め目標になっていた。壁に掛けられたギターを、薄く口を開いたまま眺めていたとき少し離れたところから呼ばれたような気がして振り向いた。そこには手招きする桜田ともう一人背がすらっとして少し怖そうな風貌だけが見て取れた。流川は少し戸惑いながら桜田のほうにゆっくりと足を進めた。


 そこに居たのは同じ高校だった一つ上の先輩で Eber.bachエーベルバッハというROCKバンドでドラマーをしている。”本平(もとひら) 幹夫(みきお)”であった。見た目こそ怖そうだが以外に面倒見がよく、それにあのGRANZ'sの白川とは幼馴染で非常に仲がいい。


 流川や桜田は入れ替わりなので直接GRANZ'sのメンバーを知らないが、この本平は直接、しかも白川を良く知るため、GRANZ'sファンの桜田にとって、それだけで尊敬するといった構図が出来上がっていた。本平は自分を慕ってくる桜田を可愛がり、その友人である流川も同じように可愛がっていた。


「こんにちッス」


 流川は本平に近寄りながら顔が前向きのまま首だけで頭を下げた。


「おうっ。」


 と少し顔を緩めて顎で突き上げながら気さくに答えながら


「そうか土曜はお前ら二人で来るのか。」


「そうッス。もう今から興奮しちゃッて。でもありがとうございます、チケットの声掛けてもらって。」


「ツレに行けなくなったってのが居てな、どうせいかないなら分けてやれっ言ったんだ。」


 本平のその言葉に桜田は目を輝かせ何度も頷いていた。


「で、ギターがんばってるのか?」


 本平は一瞬、流川の方を見たような気がしたが、その問いに張り切って桜田が答えた。


「がんばってるッス。毎日弾いてます。」


 桜田はそういいながら今日楽器店に小物や譜面などを見に来たことを本平に伝えていた。流川はそれを眺めながら時折話しに入り、たわいもない雑談を続けていたが、程なくして本平は「じゃぁな」とさりげなく軽く手をあげ帰っていった。二人で頭を下げ見送った後、桜田は用を済まし店を出た。


「あっそうそう。ほいこれ」


 そういって桜田は鞄から一枚の紙を流川の前に差し出した。白黒だが派手に黒いラインが斜めに入り洒落た文字で GRANZ'sと書いていた。流川はそれを受け取ると、桜田の手がそのままこっちに伸びたままなのに気づいた。


「…2000円」


「えっ」


「チケット代」


「おごりじゃないの」


 流川は眉を動かし、冗談交じりに言った。


「んなわけねぇだろ。今あんまり金ねぇんだから」


 桜田が言い終わる前に流川は、財布から取り出し桜田に渡した。


「じゃ俺これからバイトだから、また明日な」


そういい残すと桜田は少し早足で帰っていった。


「あっそうだ俺も行かなきゃ」


 流川はそうつぶやきバイト先に足を向けた。少し赤みがかった水曜の空が見える方に。


 次の日も、そしてその次の日も空に大きな変化はなく相変わらず冴えない空を眺めながらEightroomの移菊を聴きながら穏やかな休憩時間を過ごしていた。卒業後、専門学校に進むことになっていた流川は、今この時間に目標的なものを失っていた。


 いや元からなかったのかもしれない。


 それほど何かに夢中になるタイプでもなく何かに積極的でもなかった流川は、ただ それなり という流れに沿った生き方をしていた。だから、何にでも積極的で夢中になって楽しんでるように見える桜田が羨ましく思えた。恋愛に関してもそうだ。女の子と話したり、学校の友達みんなで遊んだりということはあったものの、自分から誘うことはなく、積極的に話しかけることもなかった。だからといって異性に興味がないわけでもなく、同じクラスの"田嶋(たじま) (はるか)" には憧れのような、恋心のような感情をもっているは自分でも気付いていた。


 彼女は目立つタイプではないが、よく気がつき優しい。それに整った顔立ちとしなやかなスタイルが印象的だ。流川は田嶋のそういう優しい部分にそして誰かの為にということを自ら率先する彼女が、自分というものが無いと思っている流川にはとても気になる存在だったのだ。窓の縁に手をかけ、横目に彼女を見ていた流川の視線を知ってか知らずか、彼女は流川に目を合わせ、微笑みを流川に向け近寄ってきた。


「ねぇ流川君。明日行くんでしょ」


「えっ?」


「Granz's!」


 その田嶋の言葉に流川少し驚いた。田嶋もGranz'sが好きなのか?そんなことを考えながら微笑みながら見つめてる田嶋の視線を少し反らして答えた。


「うん。」


「聞いたの桜田君に。明日は流川とGranz'sだぁ!って大きな声で言ってたから。でもあんまり張り切ってたから、笑っちゃった。」


 と嬉しそうに話す田嶋の顔を見つめることが出来ないまま、彼女の姿を視界に入れながら話した。


「田嶋さんも行くの?」


「うん。明日行くよ」


「田嶋さんもGranz's好きなんだ」


 そう言うと流川は意外に思った顔がばれないように静かにうつ向き加減で続ける。


「うん、格好いいよね。流川君も?」


「うーん。実はあんまり聴いたことなくて…桜田に貸してって言ったら、liveまで世界に集中しないと。とか訳わかんなくて…」


「はははっ!桜田君ぽいね」


「あっ!じゃ私の聴く?」


 と言うと田嶋は自分のイヤホンを流川の耳にそれほど長くないイヤホンのコードを流川に着けるため少し流川に沿うように近寄り、うまく耳に入るよう頬から指を耳に近寄せていく。流川は小さく息を吸い込んだ。あまりにも自然に溶け込んでくる彼女に戸惑いを隠したかったからだ。


「どれがいいかなぁ」


 彼女は笑顔を浮かべ画面を見ながら選曲をしている。流川は画面を見つめる彼女を見つめていた。


  その時!


「えっ…」


 その時、流れ出た音に流川は言葉を、言葉だけでなく視点さえ失った。それはあまりに切なく、どこか温かさをもった優しい音。そうさっき田嶋がイヤホン着けるときのような頬をつたう温もりだ。その唐突なギターの始まりは今までのGranz'sのイメージを打ち崩した。


「あっ先生だ」


 そう言うと田嶋は曲を停め、そっと流川からイヤホンを外した。


「ごめん。また後でね」


 田嶋はそう言い残すと自分の席に戻っていった。


「・・・・・・うん。」


 その衝撃は鼓動を打ち、流川が感じれる程大きくなっていた。


「席につけ。流川」


 その先生の言葉で、流川は席に戻り、現実に戻りながらも、体中に駆け巡ったあの音を、忘れないように刻みこもうとしていた。もう一度聴きたい。今度は邪魔されず、ちゃんと聴きたい。と思いながら窓の外を眺めていた。それはあまりにも唐突過ぎて、目に入る変化に気付くことが出来なかったのだろう。少しだけ、蒼白く光るように突き抜けてゆく空の移り変わりを。


 放課後、流川は田嶋の元に行き、先ほどの曲をもう一度聴きたいと思っていたが、友達と集まり話してる田嶋に声をかけれないままそのタイミングを伺っていた。


「流川ぁ帰ろうぜぇ」


 桜田のその声に張り積めた緊張が外れた。


「ん?どうした流川。あっあれだろ明日のliveが気になって緊張するんだろ?分かるよぅあぁ解るよ!」


 桜田の緊張感のなさが逆に流川はほっとした。


 それは桜田に頼んで聴かせて貰えば済むことなのだ。そう、流川は曲が聴きたかったのか田嶋と話したかったのか。それに気づいたからである。


「帰るか。」


 流川はそう桜田に声をかけ教室から出ようとしたとき。


「あっ流川君!」


 その声に流川の鼓動は一回大きく脈を打ち、深く息を吸い込んだ。


「流川君、さっきの…」 


「うん。桜田の聴かせてもらう」


 流川は田嶋のその言葉を最後まで聞かないまま答えた。


「そう、じゃ明日」


 田嶋のその言葉の中に一瞬残念そうに思う感じに流川は気付いたが、期待する怖さなのか、気付かないふりをして「明日ね」と答えた。


「なんだよ。おいっ流川」


「何にもねぇよ」


「いや!今のは何かあるぞ」


「あっそうだ。GRANZ'sの歌で聴きたいのあるんだけどちょっと聴かせて」


「ん?何て曲?」


「うーん…あっ知らない」


「はぁっ?」


「ギターで始まってゆっくりとして、こぅ何か切なくて…」


「わかんないから自分で探せよ」

 

 そういうと桜田は流川に本体ごと手渡した。流川は曲を1曲目から順にに合わし、イントロを、あのイントロを探した。流れてきたのはどれも格好よくキレのよいギターのフレーズだったが、それ、ではなかった。次の瞬間プレイヤーの画面は音と共に暗くなり、ぷっつりと切れてしまった。


「あっ切れた…」


「ん?あぁ充電切れか?まぁ聴きっぱなしだったからなぁ」


 桜田はそういうと流川からプレイヤーを取り上げ電源を入れ直そうとした。がしかしもう電源は立ち上がらなかった。


「やっぱ、充電切れ!あったかその曲?」


「なかった…ゆっくりとした感じで甘いクランチなギターに切り裂くようなギターが重なりあう感じの」


「あぁ『Voice』のことか?」


「Voice?」


「たぶんそうだと思うよ」


「そうかあ。なぁその曲、明日するかな?」


「Voiceなら絶対やるよ。」


「そうかぁ」


 と呟きながら、流川は空を見上げた。そこの広がっていた空は少しずつ、少しずつ繋がりを帯びてく、その空の向こう側へ。土曜の夜を迎えながら。

〜変わらない空〜

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