表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

屈折1

   屈折


 夏休みも近い頃だった。

 期末テストも終わってみんなのんびりだらだらし始めた頃。


 その日も、たもっちゃんが窓の下からあたしを呼ぶもんだからしかたなく、

 いや柚花は以外にうきうきしながらちゃんと色の付いている麦茶をやかんに入れて、

 二人で野球部のベンチまで持っていった。


 カーンという音が響き守備練習をしているグラウンド脇を歩いていった。

 突然。

「うわぁー!」

 という何人かの野球部員の叫び声がグランドから聞こえてきた。


 なに?という柚花の驚いた目の先に倒れているのは、兄貴だった。

 もう一人の倒れていた部員があわてて兄貴に駆け寄った。

 兄貴のユニフォームのひざ下から何かがにじみ出てくるのが見えた。

 けが?


 あたしは柚花より先に走り出していた。


 兄貴の足は出血しているらしく、どんどんユニフォームが赤く染まっていった。


「はやく!誰か先生呼んできて!救急車よんで!はやく!はやく!」

 動揺しまくりのあたしを見て、冗談じゃないよ兄貴が言った。


「みわ!みわ!落ち着けよ!大丈夫だからたいした事ないから!

 骨折ったくらいだろう。おい、そっちは大丈夫だったか?」

 守備練習の中で、ボールを追った二人が交差してぶつかったらしかった。

 そのもう一人を心配して兄貴は言った。


 柚花がどこからか持ってきたタオルを兄貴の足の出血してる場所に押し当てた。

 きゅっと力を込めると、兄貴の顔がゆがんだ。


「先輩、少しだけ我慢してください」

 柚花が天使に見えたあたしは、おろおろするばかりで何にもできないでいた。

 そうか、止血しなくちゃいけないんだっけ。

 ああ、やだやだ。あたしは医者の娘だったじゃん。何やってんだろう。


 

 それから、何がどうなったのかわからないまま気がついたら、家の病院の廊下に立ってた。


「美羽のお父さんってお医者さんだったんだ」

 やさしい声の柚花の言葉の意味を考えていた。


 だめだ、脳がパニック起こしてるのか動いてくれないみたい。

 なんだか、車に乗ったような気がするけど誰の車に乗ったんだっけ。


 ああ、そういえばいろんな指示は怪我した本人である兄貴がしてたみたいだよね。

 あたしって、意外と小心者だってことが、今回判明しちゃったな。

 はぁ~、はずかしいもんだ。


 そう、ママのお父さんつまりあたしのおじいちゃんはお医者さんで病院を経営していて、

 ママもお医者さん。

 で、パパもお医者さんで、最近おじいちゃんが引退したもんで二人で

 町医者としてはちょっと大きい病院に勤務しているという訳。


 兄貴はとっさに他の病院に行くより自分の親がいる病院に行ったほうが良いと判断したのだろう。


 今、手術室に入っている。


「大丈夫?」

 柚花が心配そうにあたしの顔をのぞきこんだ。

 少し頭が動き出したあたしは、ようやく普通に答える事ができた。


「そうそう、うちのパパもママもここで働いてるんだ。お医者さん。

 ちなみにここはおじいちゃんの病院なんだけどね」


 答えるあたしを見てほっとした表情をむけて微笑んだ。天使みたい。


 『手術中』というランプが消えてドアが開いた。

 中からニコニコした人懐っこそうな男の人の笑顔。パパだ。


「やあ、美羽!来てたんだ」


 来てたんだ、じゃないよ。

 兄貴はどうなったのか早く説明しろ!この馬鹿親!


「翔は、大丈夫。ひび入った程度だよ。

 たいしたことはない、傷口は大きかったからびっくりしたかもしれないけどね。

 ちゃんと縫ったからね。すぐに止血してくれたおかげで出血も少なかったし。

 な~に、夏休み明けには動けるようになるよ」


 パパは、のんきな顔を柚花に向けた。

「君には、お礼を言わなきゃね。ありがとう」


 ぺこりと頭を下げながら、あたしの頭も下げさせた。


「いえ、良かったです」

 本当だ、あたしは何の役にも立たなかった。


 中から、看護士さんに押されてストレッチャーに乗って兄貴が登場した。

 口を真一文字にして黙っている。

 まあ、痛いだろうし笑えって方が無理かもしれないけどさ。


 でも柚花の顔を見たときに、

 少しだけ笑顔を作って「サンキュ!」って聞こえ、そのまま病室の方に連れて行かれた。

 もう、七時を回っているから薄暗くなった病院は、静かな空気で一杯だった。


 パパは学校の先生と少し話をしてぺこぺこ頭を下げて、

 話を聞いている先生もぺこぺこしちゃっててなんだか変な感じ。


「ごめんね、遅くまでつき合わせちゃって。もう、今日は帰ろう!」

 そう言いながら、病院の出口まで来てあたしは目が回っているのに気がついた。

 挙句の果てに、あたしはそこで吐いた。


「美羽どうしたの?大丈夫?」


 なんだろう、しゃがみこんであたしはこんな自分に嫌気が差して涙がこぼれ落ちた。


「大丈夫だって、お父さん言ってたじゃない。治るって、平気だって」


 柚花があたしの背中を暖かい手でさすってくれたのに、あたしは走り出した。

 無性に悔しくて。


 後ろも振り返らないで、あたしは家まで走って帰ってきた。

 家の中から、電話の音がしている。


 いつまでも、鳴らしている電話の主に腹がたってぶっきらぼうに受話器を取った。

「翔、大丈夫だったか?」

 水嶋保の声が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ