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変化球ボーイズ 2



 それから、新学期が始まる頃には、少しずつ頬にあたる風が冷たくなっていて

 耳までキーンとするぐらいに冬本番が来た感じがした。


 新学期の始めに、大好きな声が耳に響いてきて思わず

 笑みがこぼれちゃったよ。


「おめでとう~~、みわ~」

 柚花は、赤いほっぺのりんごちゃんみたいに笑った。


 かじっちゃおうかな、柚花のほっぺ。


 柚花のいる新学期は楽しくて、毎日が短いくらい早く過ぎて行く。


 冷たくて寒い冬だけど、柚花と過ごす放課後はストーブの前で

 ほっかほっかの焼き芋みたいな二人だったの。最高。


 校庭では人数の少なくなった野球部がランニングしていた。

 凍った空気の中で、つまんなそうに動いているように見えた。

 やっぱり、兄貴とたもっちゃんがいないとよけいに寒く感じちゃうよ。


 校庭における沢岡翔と水嶋保の存在は偉大だよ。

 後輩にとってもきっとそんな感じだとおもったんだ、

 だって校庭の部員は気が抜けたサイダーみたいだもん。




 私立の試験が始まった。


 たもっちゃんの試験日もやって来た。

 兄貴はその頃推薦が決まって、気楽な感じでのほほんとしていてちょっとむかつく。


 一週間もしないうちに合格発表の日がやってくるんだ。

 自分の事みたいに緊張してて、あたしったらばかみたいね。


 たもっちゃんのクラスまで、柚花と一緒にのぞきに行っちゃったの心配でさ。


 どきどきしながら、3Aの教室の後ろのドアからのぞいてみると、

 生徒はまばらでたもっちゃんの姿も見えなかった。


「まだ、先輩帰って来てないんだね」

 柚花が言った言葉にちょっと不安を感じちゃって


「どうしよう、たもっちゃん万が一落ちちゃって

 嘆き悲しんでどっか行っちゃったら」

 柚花があたしの肩をバシンと力いっぱい叩いた。


「ないよ!そんな事」

 叩かれたあたしの肩から、不安が飛んでいくのが見えたような気がした。

 ふぅ~、力がぬけちゃう。


 自分の事の方がきっとこんなにどきどきしないんじゃないかな。


 あたしの頭の中で、寒い中手袋に息を吹きかけながら歩いてる

 たもっちゃんの姿が映った。

 頭の中のたもっちゃんの表情は、嬉しいのか悲しいのか

 わからなくて寒そうな後姿ばかりがくっきりとそこにいるみたいに感じた。


 はやくたもっちゃんの顔みたいよ。

 あたしの中の不安をはやくかき消してほしい。



 三年生は午後には下校になってしまったみたいで、

 誰も教室にはいなかった。


 喜んで職員室から出てくる生徒や下を向いて先生と話をしている三年生の姿は何人か目にした。

 けど、たもっちゃんの姿はなかった。


 って職員室を見張ってた訳じゃないから、

 さっさと帰っちゃったのかもしれないけどさ。


 どうなのよ。たもっちゃんは合格したのかな。


 午後の授業が恐ろしく遅く感じちゃって、だんだん腹が立ってきちゃったよ。

 もう、はやく家に帰りたいよ。



 ようやく下校の鐘がなって、柚花があたしの肩をつかんだ。


「ほら、はやく帰ってお隣に行ってみなくちゃ。

 どっちでも普通の顔して話し聞いてあげるのよ!

 受かってたら『おめでとう』って言ってあげるの忘れないでね!」

 柚花が言うようにあたし、できるかな。


 ああ、神様。たもっちゃん合格していますように!


 あたしは、家まで走った。

 たもっちゃんの顔を見たくて、気持ちだけが先に進んじゃって

 身体が重くてはがゆかったの。

 飛んでゆきたかった。


 自分の家に入る前にたもっちゃんの家のドアを開けてみた。


 玄関のドアには鍵がかかっている。


 なんで?たもっちゃんどこ行っちゃったの?


 どうしよう、ここで少し待ってたほうがいいかな。

 そんな事考えて、ぼぅっとしてたら

 大きな笑い声。

 たもっちゃんと兄貴の声?


 あたしの家の中から聞こえてくる。

「えぇ~、まったくもう!」


 あたしは、急いで自分の家に走りこんでバタンとドアを閉めた。


 玄関には、一つはきちんと脱いでそろえてある運動靴。

 もう一つはそっちこっちにぬぎすてられた運動靴。


「たもっちゃん、もう!」

 あたしは泥のついた靴をそろえて、

 どすどすと足音をたててリビングに向かった。



 お日様のあたるリビングはコーラの缶が三つ置いてあって、

 二つは口が開いていた。


「いよ!美羽!」


 景気のいい顔をあたしにむけた水嶋保は、

 親指をたててにっこり笑った。


 ぶすっとした顔であたしは答えた。


「合格したんだ」


 『おめでとう』は?

 おめでとうって言わなくちゃ。


 そう思ったのに言葉が出てこなかったよ、腹立っちゃってさ。


「保にしては、上出来だよな。結構倍率高かったしな」


 兄貴がコーラを飲みながらちょっと口のはしっこがうれしそう。


「美羽も乾杯してよ。俺のおごりのコーラ、ほら」

 たもっちゃんは突っ立ってるあたしにコーラを投げてよこした。


「コーラ、投げるか。あけられないじゃんよ~」


 なおもあたしはぶすっとしたまんま。

 げらげら笑い転げるたもっちゃんと兄貴。


「はははは、俺様が落ちるわけないじゃん!」


「そっか、そうだよね。お、めでとう。じゃ、あたしは牛乳で乾杯!」


 ぶすっとしたまんまであたしはコーラを冷蔵庫に入れて、代わりに牛乳をカップに入れた。


 とりあえず、柚花と約束した『おめでとう』は言えたね。


「そうそれでさ、寮が去年できたばかりできれいな建物なのよ」

 嬉しそうに水嶋保は兄貴に説明している。


「寮?寮ってなに?たもっちゃん寮に入るの?」


 あたしのその問いには兄貴が答えた。

「ああ、あそこの私立、結構遠くの方から来てるやつ多いから寮とかあるんだ。

 ここからじゃ遠いから、寮に入った方がいいだろう」


 どこに行っちゃったかと思って心配してたら、行っちゃうんじゃん。


「そうなんだ、きれいなら良かったよね」

 あたしは、ちょっとこの急展開に頭がついていけなかった。


 ちょっとまってよ。

 なんで寮にはいるんだよ。

 なんで、あたしから遠くに行っちゃうの?

 もう、訳わかんないよ。

 柚花、こういう時はどんな顔すればいいんだっけ。


 けっこう合格したのが幸せだったのか、そりゃそうだけどね。

 たもっちゃんはお気に入りの学校のいいとこをたくさん語ってルンルンしながら、

 お隣に帰っていった。



「さびしいだろ?」

 兄貴が残りのコーラをのみほして、

 あたしに空き缶を放って言った。


「さびしくないの?」

 反対に聞いてやった。

 コーラの空き缶を洗って空き缶入れに投げると、

 ストライクだったけど嬉しくなかった。


「あいつ、俺と戦いたいって言って学校選んだんだぜ。

 しかたないだろ、本人の希望だ」


「でも、寮にはいっちゃうって寂しくないの?

 毎日みたいにうちに来てたのにさ」


「だから、俺と一緒の学校。

 あいつ頭悪くないんだから少しがんばれば入れたのに、

 そう言っても聞かなかったんだから仕方ないだろ。

 みわも寂しがるって言ったんだぜ、でもあの学校を選んだんだ」

 そうなんだ、兄貴とけんかしてたのはそういうことだったんだ。


「人はさ、一人で生まれて一人で死んでいく訳。

 自分で決めた事だから人がとやかく言うもんじゃない」


 兄貴がものすごくおとなの人に見えた。

 ものすごく冷たい人間にも見えた。


「ふぅ~ん、つめたいんだ」

 腹が立ってきた。

 柚花はこんなやつのどこが好きだっていうんだろう。


 あたしは、テーブルの上にあった焼きそばパンをつかんで自分の部屋にかけだした。


 だって、涙が止まらなくなっちゃったよ。


 泣きながらベッドの上で冷たくなった焼きそばパンをめいっぱい頬張ったら、

 おなか空いてるからかな

 それとも、涙と焼きそばパンってベストマッチの食べ物だったっけな。

 おいしかった。

 もっともっと焼きそばパンが食べたくなっちゃった。

 ずっとずっと涙が止まるまで食べていたかったよ。

 あたしっておかしいのかな。

 へんなやつなのかな、柚花の顔が見たかった。


 柚花の胸に飛び込んで思いっきり泣きたかった。

 大人になるって事が一人っきりにならなくちゃいけない事なら、

 あたしは一生大人になんかならなくっていい。




 その次の日、あたしは熱を出した。

 38度8分。あんまり熱を出した事がないから、ものすごく苦しいよ。

 平熱も低いから、あたしにとっては大変な事なの。


 うんうん唸って、目が回って頭がガンガンした。


 ママは、内科のお医者さんだから、インフルエンザの検査をさっさとすると

「ただの風邪ね。お薬おばあちゃんに持たせるわ。ゆっくり寝てなさい」

 っていうとお仕事にでかけちゃった。


 ぐるぐる世界中が回って、自分のほっぺが赤くなってるのがわかった。

 パパが冷たい氷枕を持ってきてくれて

「よかったな、みわちゃん。今日はパパがお休みだから大丈夫だよ~」

 やさしい笑顔、でもなんだか嬉しそうなのはなんでだよ。



 熱にうなされてみた夢は、

 たもっちゃんと兄貴が笑いながらあたしを置いて走って行っちゃう夢だった。

 追いつこうと必死で走るんだけど、足がもつれて前に進まないよ。

「早くこいよ!」たもっちゃんがあごをあげて手を振る。

「待って!」って声をあげたつもりなのに、音にならない。

 たもっちゃんの横にいる兄貴が前を指差して、

 たもっちゃんの肩をたたくと二人は光の中にかけだしてゆく。


 あたしは?あたしも連れてってよ。一緒に行きたいよ。

 待ってて欲しい。あたしの事待ってて。


 何度も何度もくりかえし、そう声に出してみるけど二人の元には届かない。


 苦しくて悲しくて、胸が痛いよ。


 はっとして、目を開けるとパパが優しく微笑んでくれた。

 ちょっと安心。

「大丈夫だよ。誰も美羽を置いていかないから」

 あたしは、パパの顔を見て目を閉じる。


 広い草原の中で風が強く吹いている。

 ああ、これは夢なんだな。

 あたしは少しだけ安心して周りを見渡した。

 遠くの方でキラキラ光っている女の子。

 あ、柚花だ。

 近づこうとして立ち上がると身体を押さえつけられるくらいに強い風が吹いてきてよろける。

 身体中が痛い。

 柚花があたしをさがしてるのがわかった。

 さがしながら、あたしの方とは逆の方に歩いてく。

 「ちがうよ、ゆずか!あたしはここにいるよ!そっちじゃないよ」大きな声が出た。

 自分の大声で夢から目が覚めたら、のどがからからだった。

 もう、外は夕暮れになってる。

 夢の中で叫んだのに、本当に声に出してたらしくて、すぐにパパが部屋に来てくれた。


「どうした?」

 あったかいミルクティーを持ってきてくれたパパが、

 おじさん天使に見えちゃったよ。

 たくさん汗かいたから着替えてお薬も飲んでから、

 パパの持ってきたミルクティーをゆっくり飲み込んでみると、

 やさしさがしみてきたの。

 めずらしく、パパの株があがったかもね。


「これ、買ってきたんだけど」

 パパの手の中にはみかんの缶詰が握られていた。

 そうそう、小さい頃からあたしって熱だすとみかんの缶詰が食べたくなっちゃうんだよね。

 なつかしいな。


「サンキュウ、たべるたべる!」

 熱はもう下がっていた。


 あたしは、缶みかんを食べられるようになったら回復の証拠なのよね。

 いまでも、子供の頃とおんなじなんて笑っちゃう。


 ミルクティーと缶みかん、あたしにとっての回復のバロメーターってとこだな、きっと。


 ふと、さっき見た夢の中の景色を思い出していた。


 柚花の隣の方に誰かがもう一人いたんだ。

 光につつまれて女の人。


 口の中に冷たいみかんを放り込むと

 きゅっとどこかが目覚める気がする。

 こういうときだけ、おいしいって思うんだ。

 普段元気な時は食べたいなんて思ったりしないのにね。不思議だよね。


 あ、そうだ、さっきの夢の中でいたもう一人は、きっとママだ。

 ママは遠くを見ていた。

 あたしに気づきもしなかったんだ。胸がきりりと縮むように痛む。

「ママは、いつも忙しそうだよね」


 パパに向かって呟いてみた。


 自分の分まで持ってきて優雅にミルクティーを飲んでいるパパが、顔をあげた。


「そりゃそうさ。おじいちゃんの病院を自分の責任で傾かせちゃいけないって思って必死なのさ」

「パパは、そんなに忙しそうじゃないのにね」


 パパは大きく伸びをして肩をすくめてみせた。


「そのほうがうまくいくってもんさ。

 だいたい、パパはママのフォローにまわったけど本当は無医村かなんかで

 診療所でも建てようかと思ってたくらいなんだからね」


 初めて聞いたそんな事。


 目をまるくしているあたしを見て

「あ~あ、美羽がお嫁に行っちゃって

 翔がお医者さんになって病院を継いだら、パパはどこ行こうかな~」


 ええ、そんな事考えてるの?

 そんな先のこと。

 あたしはそんな先のこと考えた事ないよ。


「たもっちゃんは自分の道を信じて進んでるんだよね。兄貴も将来が見えてるし柚花も、あ、ともだち」

 にっこり笑ってあたしの言葉にうなずいたパパ。

「ママも自分のやるべきことをがんばってるんだね」

 深く大きくうなずくパパ。


「じゃあ、パパとあたしだけじゃん。先が見えてないのって」


 飲み込んだミルクティーを吹きそうになってるパパが、ちょっとかわいかったな。


「ひどいなぁ~パパは先が見えてないように見えて、

 そうでもないんだなこれが。

 まぁ、あせる事ないよ、一人一人同じじゃないんだからね人生なんてさ」


 同じじゃない、一人一人違うんだ。

 そうか、そうだよね。

 柚花とあたし、こんなに環境も性格も違うじゃない。

 たもっちゃんも、兄貴だって。

 はは、少し軽くなったかもしれないな、心の中に固まってた何か。


「パパもたまには、なるほどって思うこと言うんだね」

「たまには、ってなんだよぉ~。パパはいつも冷静に物事を考えられる自信、あるんだけどねぇ」

 唇をとがらせて、ほっぺをふくらませてるとこは子どもみたいだけどね。


「ははは、缶みかんとミルクティーで元気になったよ。ありがとうパパ!」

 ちょっと大げさな声をだして笑ってあげる。

 パパも笑った。

 さびしさが遠くの方に消えた気がしたよ。ちょっとだけパパに感謝!




 あたしは三日間、のらりくらりしてからご飯ももりもり食べれるようになってから復活した。


 元気に学校に行くと、

 クラスメートが心配して集まってきたのは気恥ずかしかったね。

 柚花は満開の花みたいにかわいい笑顔で

 あたしを癒してくれちゃったのね。

 うん、学校っていいかも。楽しいな。


 もう、卒業式の練習が始まっていた。

 兄貴やたもっちゃんたち三年生に送る歌とかね。


 放課後の美術準備室。

 夕日がまぶしかった。

 あたしは、たもっちゃんや兄貴のこと、

 うなされて見た夢の話とかパパが言った言葉なんかをずっとしゃべってた。


 今日はいつもの逆で柚花が聞き役になってて

 変な感じだったけど、あたし興奮してたのかもしれないね。

 いっきにおしゃべりしたらのどがかわいちゃってさ、水飲み場に行って帰ってきたんだ。


「ふぅ~、もうすぐ卒業しちゃうんだね。三年生」

 美術準備室のドアを開けてつぶやいたあたしに、

 まっすぐな柚花の瞳が飛び込んできた。


「美羽のおとうさんの言葉」

 きゅっと唇をむすんだ小さくてかわいい、だけど意思のしっかりした表情。


「本当にそうなのね、一人一人ちゃんと自分の人生歩いていかなくちゃいけないのよね」


 柚花が何か言うなって思ったから、

 あたし返事もしないで柚花の真っ黒い瞳を見つめたんだ。


「わたし、和歌山の高校に行く」


 え?


「さびしくても、自分の信じた道を行こうと思うの」


 柚花は農家で人手がなくて困っているおじさんの家にいる心苦しさを、

 かみ締めるように話した。


 義理のお父さんは、必死でアルコールを断ち家族みんなで暮らせる為にがんばっている、とも。


「この間ね、久しぶりに夕食を一緒に食べた時にね、

 あの人泣いちゃったの。はじめて見たわ、あの人のそんなとこ」

 家庭内暴力、ドメスティックバイオレンス、DV。


 自分のまわりで起こることなんて考えた事なかったけど、

 柚花はあたしの知らない苦しさを知っているんだよね。

 傷ついて、たくさんの気持ち抱えてたんだよね。


 柚花のお母さんはアルコール中毒症と戦っている夫を支えるのに

 できる限りのことをしている。


 決して生活は楽ではないだろう。

 柚花の弟を育てながらぎりぎりなんだと言って、窓の外を眺めた。


 その瞳の先は、兄貴のいないグランド。

 寒そうな寂しい冬の校庭だね。


 ビュウと北風が吹いた。木々をゆらすだけで、枯葉ももうないよね。


「だからね、私あの人たちのところへは帰らない事にしたの。

 高校は通信制にしておじさんの家を手伝おうかとも思ったのよ。農家もいいかなって」

「農家って畑とか?」


 そうだ、赤い屋根の家はとなりに広い畑が広がっていたっけ。


 だけど、だけど柚花には夢があるんじゃなかったの?

 そんなのって悲しすぎるよ。

 夢も将来も考えてないあたしとは違って柚花には、

 苦しくてもがんばれる夢があるのに。


 たぶんその時のあたしの顔は、相当ひどいもんだったんだよね。

 柚花が笑い出しちゃったんだからね。


「はははは、思ったとおりの顔するのね!みわ!」


 あたしは涙がでそうになちゃって鼻をかんじゃったよ。

 大きな音たててさ。


「でもね、今決心がついたの。

 みわの話を聞いていてね、夢はあきらめないってね。どんなにさびしくても」


「ええ?」

「だから、和歌山の亡くなったお父さんの実家のある家に行くわ。

 おじいちゃんとおばあちゃん二人で暮らしていて何度か会ってて、

 何かあったらおいでっていつも言われてたの。

 だけど、母さんと別れるのは悲しすぎるから言い出せなかったわ。

 でも私、自分の人生を歩いていこうって。

 たくさんの大好きな人達、みわとも離れちゃうけど」

 柚花の言葉の語尾が震えてかすれてた。


「みわとも離れちゃうけど」


 そうか、自分の人生を歩いていくって事はそういう事なのかもしれないんだ。


 一人ひとり性格も違うし夢だって違ってる。

 だから、いつまでも一緒に仲良く歩いていけるかなんてわからないんだね。

 いずれ、その時は来るんだ。

 そしてそれは、お互い自分の人生をちゃんと自分の為に生きてゆくって事で。


 改めて思ったの。

 ああ、柚花に、この時期にこの時に会えてよかった。


 こんなに大切に胸が熱くなる友だちに、

 果たして何人出会えるかわからないよ。


 あたしは、自分の寂しさよりも柚花の幸せを嬉しいと思った。

 柚花が夢を諦めるなんて、絶対にいやだ。

 柚花はいつでも、夢に向かって胸張って生きていって欲しいよ。


 きっと寂しさは埋められる。

 あたしと柚花だったら。


「いつでも、会えるよ。連絡だって電話もメールもあるもんね。

 高校生になったら一人旅だってきっとできちゃうもん。和歌山なんて近い、近い!」


 和歌山ってどこにあったっけ?

 嬉しいのに涙がこぼれ落ちちゃったんだ、

 あたしの涙腺ここんとこゆるみすぎ。


 柚花の決断を笑顔で祝いたいのに、涙がでちゃうなんて。


「ありがとう、みわ。

 心強い友だちがいて私本当にここに転校してきて良かったわ」


 柚花の瞳は、まっすぐにあたしを見て大粒の涙がこぼれてた。

 でも笑ってるその顔は、輝いて見えたよ、大好きな柚花。


 たくさんのこと、乗り越えてきたね。

 あたしなんかの何倍も何倍も苦しい事あったよね。


 でも、大丈夫。

 あたしのできる限りの事をしてあげる。

 こんな、ちっぽけなあたしだけど柚花を温める事ができるんだって、

 ちょっと自信がついちゃったよ。



 その日あたし達が帰ったのは、もう夜っていってもいいくらい真っ暗だったの。


 冷たい北風は強かったけど、あたし達は負けないで走って帰った。


 小柄で足が遅い柚花を「はやくはやく!」って後ろからつっついたりしてさ。


「美羽みたいに早く走れないもん」


 なんて汗かいちゃって、寒さなんかへっちゃらな柚花。

 笑い転げるあたし。

 北風、吹いてこい!

 あたし達、絶対に負けないんだからね。


 あたし達どんなに遠くたって、離れないんだからね。



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