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家族 1

    家族


 あたしは帰りのバスの中で、

 頭の中にある断片をつなぎ合わせてみた。


 柚花に会えた嬉しさは

 彼女の心の中にあった辛さに、かき消されちゃったみたい。


 DV、アルコール中毒、克服、家族、そんなピースがきれいに当てはまる訳もないよね。

 

 今日、初めて身近で聞いたんだもんね。

 あたしは、なんて幸せに生きてきちゃったんだろうね。

 そんな言葉が身のまわりに起こる事なんて想像もしてなかったよ。


 パパもママも、あたしの事大切に思ってくれてるだろうし、

 そりゃあ兄貴にかける期待度に比べてはるかに少ない事に

 腹立たしいと思ったことだってある。


 だけど、あたしはパパもママも大好きだし

 忙しくおじいちゃんの病院を手伝ってがんばってるから、

 寂しいのくらいは我慢できるって思ってたな。


 あたしの悩み事なんて、こんなもんじゃん。小さいね。


 バスの揺れは、意外にも心地よくてあたしはいつの間にか夢を見ていた。


 ガチャンというガラスの割れる音、

 泣きながら倒れている女の人。

 お酒を飲んで知らん顔して酔いつぶれる男の人。

 玄関のドアの外で涙を流しながら上を向いて立っている柚花。


 柚花の中にある言いようのないモヤモヤした気持ちは、

 渦を巻いて空に昇ってゆく。

 大好きな素直な柚花が、あたしの知らない女の子になってそこにいる。


 胸が張り裂けそうだった。

 なんて言ってあげればいいんだろうって。

 どうしてあげられるんだろうって。

 あたしはすごくすごく遠い場所で頭を抱えてるんだ。


 柚花が本当の柚花に戻る為に、何かできる事を探さなくちゃ。


 それでも、あたしの頭は停滞して、何にも思いつかないなんて情けないよ。

 何にもできないよ、何もしてあげられないよ。

 そんな自分が大っ嫌いな気がした。


 泣きながら駆け出す柚花を、高いところから見つめながらあたしは頭を抱えて叫んでいた。



 気がつくと、ぼーっとする頭で家のドアの前に立っていた。


 どこにも行くところなんてなくて、

 あたしは自分の家に帰ってきたんだ。


 それでも、ドアを開けると肩から力がすっと抜けるのがわかった。


「おまえ!どこ行ってたんだよ。

 親父もおふくろも心配して大変だったんだぞ」


 下から見上げると兄貴が仁王立ちで怒っている。

 いつもの冷静とは違う表情に、ちょっとびっくり。


 そういえば、朝みんなと会っていなかったっけ。


 遠い昔の事のように感じちゃうな。


「えっと、友だちのとこに行って・・・」

 ばたばたと奥のほうからスリッパの音が走ってきた。


「みわ~、どこ行ってたの?なんで何にも言わないで出かけるの!心配するでしょう!」


 ママが大きな声で、あわてた様子なのにもびっくりした。


 あたしの事なんて、そんなに心配するって思ってなかったから。


「やあ、やっと帰ってきたな。

 かわいい美羽がいなかったから今日はパパつまんなかったぞぉ~」


 ニコニコしながら出てきたパパは、怒ってなさそうだったからほっとしちゃった。

 けど、そんなパパはママに肩を叩かれたりしていた。


「ごめんなさい」

 素直に謝った。


 いつものあたしなら、ここでなんでそんなに怒られる必要があるのか、

 とか心配しすぎだとか言ってふくれるんだよね。


 でもね、頭の中の一つ一つのピースがこんな事の暖かさを教えてくれていたの。


 ああ、家族ってこういうことなのかもしれないなって。

 一人が欠けても、だめ。

 ちっぽけな事なのかもしれないけど、それって欲しくても簡単に手に入るものじゃないんだよね。

 普通の事だけど、絶対じゃない。


 ママの怒った顔、兄貴の文句一杯って顔、嬉しそうなパパの笑顔。


 ああ、あたしには家族がいるんだって。大切なんだって。


 簡単に家族には、なれないんだね。

 柚花の言ってた「家族って何だろう」の意味。

 今初めて、感じる事ができた気がする。



 その日の夕食は四人がそろった。

 ママは妙にぷりぷりしてたしパパははじけたようにダジャレなんかを連発していて、

 けっこう面白かったんだ。


 だけど、そんな空気の中あたしはちょっと呟いてみた。

「あのさ、アルコール中毒ってさ、治るの?」

 シンとした。


 そりゃそうか、いきなりそんな事口にするなんて思ってないよね、楽しい夕食時。


 ママは持ってた箸がピタッと止まって動かなくなった。

 兄貴は隣のあたしの顔を怪獣でも見るみたいに上から下まで、あきれたように眺めた。


 パパだけが、何も変わることなくぱくぱく煮物の里芋を口の中に放り込んでいる。


「う~ん、治るよ、もちろん」

 里芋が口の中で見え隠れしている。


 ママはそんなパパをけげんそうに眺める。


 兄貴がふぅっとため息を吐き出しながら

「今は専門の医者もいるし、患者や家族の連携もできてきているからね」


 うっ、兄貴には当たり前の事のようじゃんか。

 あたしは、こんなにビクビクして震えてるのにさ。


 まだ、里芋を口の中に入れ続けているパパが

「う~ん、かなりの努力が必要だけどね。絶対治そうと思えば治るよ。うまいね、この芋」


 そんなに里芋がうまいのかと、一つ口の中に入れてみる。

 ねっとり、しっとり、ママはお料理上手だね。


 そうか、がんばれば治るんだ。なんだか、ちょっと安心した。


 里芋もこんにゃくもおいしかった。

 かにクリームコロッケはもっとおいしかった。

 ママの得意料理であたしの大好きなメニュー。

 たくさん食べて、パパのくだらないダジャレにたくさん笑った。


 長い、いろんな事のあった一日は過ぎていった。

 お風呂で温まって初めて普段の自分が戻ってきた気がした。


 あたしの頭の中には大きなイチョウの木が写っていて、

 スケッチブックにその木の下で笑っている柚花を描いてみた。

 どうしても、色がつけたくて水彩の色鉛筆で色をつけてみる。


 黄金色がうまく出せたので、柚花もきっといろんな事、うまくいくって信じられそう。


 そう思ったらいつしか黄金色のイチョウの木と一緒に夢の中へ、

 黄色い葉っぱの中を泳いでるあたしがいたの。


 とってもあったかくって、幸せだった。

 そばに柚花の大好きな笑顔がしっとりあたしを見つめていた。


 『もう少しだけ、待っていてね』そう言って、

 あたしに手を差し伸べた。


 嬉しくて嬉しくて、あたしは一生懸命に手を伸ばしていた。




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