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真夏の日差しの中で 3


夏は楽しい事ばかりがたくさんで、

気がつくと夏休みはもう終わりに近づいていた。


あれから、兄貴の足の具合は順調で松葉杖なしで、

ホントはいけないんだろうけど普通に足をついて歩いている。


たもっちゃんは一度兄貴の顔を見ると、

気にしていたことなんかなかったかのように毎日遊びに来ていた。


でもね、受験生なんじゃないのかね。

兄貴が塾に行く事は無理だろうからとママは家庭教師を頼んだので、

兄貴と夕ご飯を一緒に食べる事は少なかった。



たまに柚花が家に遊びにも来たけど、

兄貴に会うときゅっと縮んじゃって

声までかよわくなっちゃうのが楽しかった。


キラキラした太陽がまぶしかったけど、

柚花の笑顔のほうがもっときらきら光って見えた。



そんな風に過ごした夏休みは、いつものだらだらと過ぎてゆく夏と違って

瞬く間に過ぎようとしていた。



新学期が始まる前の夜だった。


あたしは、もう夏休みも終わりなのか~っと満腹のお腹をぽんぽんたたきながら

ソファーでごろごろしていた。


「どうも、ありがとうございます~」

兄貴の声が聞こえてきた。

家庭教師の先生が帰るんだ。

優しそうな若い男の先生でママがあたしも一緒に教えてもらえばって言ったけど、

まだ受験は先の話しだし「いいよ」と言って断っていた。

 

でもあんな優しそうな先生なら、

教えてもらうのも悪くないかもと内心思ったんだよね。



バタンと玄関のドアが閉まる音がして、

兄貴が遅い夕食を温めだした。



その時、電話のベルが鳴った。


トゥルルルル、トゥルルルル、


二回鳴ったところで兄貴が

「俺、手ふさがってるから、おまえ出ろよ!」


別にどうせあたしには関係ない電話に決まってるのに。


「ふぇ~~い」

気のない返事をしながら、

もう一度声を上げようとしていた電話の受話器を取った。


『みわ、どうしよう』


柚花?

受話器の向こう側で、ドキドキ胸の鼓動が伝わって来る。


『わたし、家出てきちゃた。

このままじゃ、家に帰れないよ。

帰りたくないよ。みわ』


向こう側の柚花は走ってきたのか、

息が切れている。


いつものかわいい優しい柚花とはどこかが違っている。


だるだるのあたしの身体に電気が走った。

「どうしたの?今、どこにいるの?」


『みわの家の近くの公園』


「わかった。すぐに行くからそこから動かないで!」

あたしは、あわててママのサンダルを履いて外に飛び出した。


後ろのほうから兄貴の声が追ってきていた。

「なに~、みわ~どこいくの~」



もう真っ暗の公園へ続く道は少し暑さが和らいで、

今日は涼しい風が吹いてきていた。


あたしの家の裏手にちょっと大きな公園がある。


家と反対側には小さいけれどグランドもあって、

小さい頃は兄貴やたもっちゃんとよくキャッチボールしたっけ。


そのグランドの脇に公衆電話がある。


小さい頃からあったやつ、今でもちゃんと変わりなくそこにあって

その脇に立っている小さな影は、

あたしの大好きな柚花の影に違いない。


はやる気持ちを抑えながら、懸命に走ったんだ。

思ったように早くは進んでくれなかったけど。



 

その影は深く大きく息を吸い込んでまるで何かを決心したように空を見上げると、

こちらを向いた。


そして、何事もなかったかのようににっこり微笑んだ。


そこにはいつものいつも通りの柚花がいた。


不安なあたしの胸はきゅうにしぼんでぺちゃんこになっちゃたみたいだ。


「ごめんね」


どうしたんだろう、さっきの柚花は別人だったのかな。


でも、柚花の笑顔はあたしを安心させてくれたし、

思いっきり走ってきた足の力が抜けた。


急に走ったからか横っ腹が痛くなってきた。


生ぬるい風が吹いてきてあたしたちの間を通り過ぎる。


「電話しちゃうなんて、わたしちょっと弱気だった。ごめん」


なにが弱気だったの?

あたしは訳がわからない。

でも柚花は冷静になっているみたいで


「そうだ、なんか飲む?わたしなんか買って来るね」


と言ってポケットの中から小銭を取り出して手のひらを眺めた。


すぐ近くにある自動販売機で、

オレンジジュースとコーラを買ってきた。


「どっちがいい?」

 いつもの柚花。


あたし用かなと思ってコーラを受け取ると

プシュッと音をたてて開けてごくごく飲んだ。

横っ腹はまだちょっと痛かったけど、うまかった。

とっても冷えていた。


「ねぇ、美羽。家族って何だろうね」


柚花がオレンジジュースを開けながらつぶやく。


あたしたちは公園の入り口にあるベンチに座った。

相変わらず生ぬるい風があたしたちを撫でてゆく。


家族?

そうか、柚花はお父さんと血がつながっていないんだっけ。

彼女の中で何か問題が起きているのかな?

そして、それはさっきの電話の向こう側の柚花を作り出したのだろうか。


今、ゆっくりと確認するように

「母さんは、父さんが突然亡くなってから

わたしを抱えて必死で生きてきたんだと思う。

小さかったわたしは寂しかったけど

がんばってる母さんの背中を見て育ったの。

だから感謝してるし、母さんが幸せになることを一番願ってる」


いつもの行動や言葉の端々からそんなことを感じる事はできた。

そして、柚花がお母さんの事をとっても愛している事も。


柚花はあたしにと言うより

自分の中に向かって話しているようだった。


だけど、心の中の声を聞いてあげられるのがあたしだって事、

側にいてもいい存在だって事、

すごくうれしい気がしてだまってうなずいた。



「わたしにとって、母さんは家族だわ。

母さんの好きになった人だもの家族になりたいと思った」

 そこで柚花は、手の中にあるスチール缶を頬に当てた。


「わたしは母さんと同じ気持ちにはなれないのかもしれない」


この言葉を確かめるように呟いた。


柚花、自分に言っているの?


「うん」

うなずくしかできないよ。

そんないろんな気持ち、あたしは経験したことのない心の葛藤。


日々のほほんと暮らしているあたしにくらべて、

どんなにいろんな気持ちと折り合いをつけなくちゃいけないんだろうか。


お母さんが選んだ人、

その人をお父さんと思わなくちゃいけない。

そんなシチュエーション、あたしの中には存在しない事だもの。


想像した事もないし、

思い描く事もできるかどうか。


ちっとも気づいてあげられてなかったな、あたしって。


「家をね、飛び出してきちゃったのはね、

母さんは本当にこのままでいいのかなって思ったから」


飛び出してきちゃったのか。


だから、息が切れるままにあたしに電話してきたんだね。


なんて言ってあげられるんだろう?

どうしたらいいんだろう?


あたしなんかに何ができるっていうのよ、情けないよ。


「気がすむまで一緒にいるよ」


あたしの言葉に「うふふ」ってなんだか喜んでいるのかな?


ゆっくりかみ締めるように言葉を選んで

「美羽、ありがとう。

うん、美羽がいてくれて良かった。

大丈夫だねわたし、美羽がいるもんね。

飛び出してきちゃって頭の中がぐちゃぐちゃだったけど、

冷静になって考えてみる事、できそう」


「あたしなんて、何にもできないよ。

ただ、聞いてるだけしかできないじゃん、ごめん」


柚花が首を振った。

ちゃんと何かを考えている目をした、いつもの柚花がそこにいる。


「そうやって、聞いてくれるからわたしは落ちつくよ。

そう、落ちつんだわ、

美羽は本当に大切な大好きな友だちだもの」


柚花本当にそうなの?

何の気の効いたアドバイスも何もしてあげれないあたし。

柚花の辛い気持ちもどこまで感じられてるかもわかんないよ?


もっともっと、おんなじように感じられたらいいのに。

そうして苦しさも半分こになればいいのに。


「どうするか、考えてみる。そうして、ちゃんと答え、出すからね」


直球ガールは、まっすぐにあたしにボールを投げようと必死でがんばっている。


でもね、まっすぐに投げてこなくていいんだよ。

思い思いの球、投げていいよ。

あたしはどんなところに飛んでこようと、キャッチしてみせるから。


だけど、あたしのこの思いは言葉にならなかった。

不思議だけど、言葉にしなくても柚花と目が合って

わかってるって感じたからそれで良かったんだ。



あたし達は飲み物がからっぽになると、

いつものように手を振って何事もなかったかのように別れちゃった。


夕闇の中に消えてゆく大好きな柚花。


 

その時の笑顔を思い出すたび、涙が出るんだ。

切なくて胸のどこかが痛くて。


それから、柚花としばらく会えなくなる事なんて、想像もしてなかったから。



月、水、土、アップします

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