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真夏の日差しの中で 2


 うだるような夏の日、

 あたし達は兄貴の待つ病院に向かって歩いた。


「明日から、何を支えに生きていけばいいのかな」

 ぽつりと柚花が落とした言葉に

「うん」

 とだけ答えたあたしの足はふらっとよろけた。



 病室の前で柚花とどっちが先に入るかで、譲り合っていると


「やべぇ~~よ~、誰かたすけて~~」

 兄貴の声。


 二人して顔を見合わせる。

 何かあったのか?

 あわててさっきまで譲り合っていたドアを先を争うように開けた。


「おお~~、たすけて~~」


 顔色のいい兄貴は元気そのものだったけど、

 それでもあたしは眉をひそめて

「どうしたの?お腹痛いの?大丈夫?」


 隣で柚花が

「看護士さん呼んできましょうか?」

  

 その数分後、

 あたしと柚花はたくさんしていた心配が無駄だって思うことになった。


 兄貴は、包帯を巻いてある足がどうしようもないくらいかゆくて

 夕べからちっとも眠れなかったそうだ。


 二人して言いにくそうに、試合が負けたことを告げると


「ああ、そう。やっぱね。やっぱり俺がいないと、だめなんだな~~!」

 と、意外な表情。


「もう、あたしも柚花も明日から何を支えに生きてゆこうって、がっくりしちゃったんだから~」

 とどんなに二人ともこの報告が辛かったかを、

 兄貴に浴びせてみたら

 本当にしらっと


「なんで?なんでお前が支えに思ってんの?別にいつも見にも来ないくせに」


 うう、そう言われればそう言えなくもない、かな。


 まあ、あたしが野球やってる訳じゃないし

 それほどいつもは重要視してたわけじゃないのに、なんでだろう。


 あたしが、頭の中をぐるぐるかき回している間に柚花が、

 あたしの言いたかった事をバシンと言ってくれた。


「でも、先輩が試合見てきてくれって言うから、先輩の心境考えちゃって、

 落ち込んじゃって悲しくなってどうしようと思って」

 ついに涙ぐんじゃったよ、柚花。


「あ、悪い、俺テレビ見ちゃったんだよね。

 地方局で今日の試合、放送してたの。

 だから、あんなもんかなっと。いや、ごめんね」


 能天気な兄貴は、柚花の頭をいい子いい子して謝った。


 と、思ったら

「でも、俺、我慢できないよ、このかゆさ~~。うう~~かゆいよ~」


 お気楽なわが兄貴で、ごめんね柚花。

 あたしは心の中兄貴の代わりに謝った。


 でも、涙をためてた柚花が兄貴にいい子いい子されて

 うっすらとほっぺが色づいていたのを見逃さなかった。


 兄貴は、担当の整形外科の先生が驚くくらいの回復力だって言われたって、

 ものすごくうれしそうに話した。


 あたしも柚花も、はいはいってうなずくだけうなずいて聞いていた。


 来週には、家に帰れるかもってにこにこして話す兄貴を見ながら

 ちょっと不安になった。


 家に帰れるって言うのはなにかい、

 あたしが面倒見るってことじゃないかしら?


 もう、夏休みに入っちゃうし昼間はあたししか側にいないじゃん。


 ええ~、もうちょっと入院していて欲しいな。

 夏休みに入ったら、柚花とたくさんおしゃべりしたり

 出かけたりしたいなと思っていたのに、あてが外れた気がしてちょっとがっかり。


 まあ、とにかく落ち込んでない兄貴は安心だったし、

 能天気なのでほっと一安心って事で柚花と病室を後にした。


「よかったね、案外気にしてなかったね」

 柚花が独り言のようにつぶやいた。


 きっと落ち込んでいたのは、怪我をした直後だったかもしれないとあたしは思った。


 そのくやしさも悲しみもかみ締めて自分を納得させて、消化したのかな。

 自分がその目標に向かってがんばってきて、

 ある日その希望の先が見えなくなったらどんな風に乗り越えられるんだろうか。


 あたしだったら、消化できるだろうか?一人で。


 そんな風に考えてみると、兄貴は動けない病室の中で

 いろんな事を考えながら苦しんだのかもしれないね。

 誰に当たるでもなく、文句を言うわけでもない。


 兄貴はやっぱり、結構すごいのかもしれない。


「たくさんの事考えて、苦しかったと思う。美羽のお兄さんって、すごいかもね」


 柚花が、あたしと同じ事を考えていたのに驚いた。


「かも、ね」


 短くうなずいただけで、

 柚花には思っていることが通じてる気がして黒い瞳を覗き込んでみた。


「動けない身体で、あんなふうに納得できないよ。私たちまだまだ中学生なんだもの」

 柚花があたしを見て言った。


 中学生。

 子供でもないしおとなでもない。

 子供のようにだだをこねる事もできないけど一人で何でもやれるかっていうと、

 そうでもない。

 中途半端な今のあたし達。


「泣きたい時に、泣けたらきっと気持ちいいのかもしれないね。子供のようにさ」

「そうだね」


 あたしたちの影が道路に落ちてゆらゆらしている。

 しだいに暮れてゆく世界が淡い薄紫色につつまれて、

 むっとする夏の暑い一日がゆっくりと冷めていくのを感じていた。




 ドライヤーで髪を乾かしているとパパとママが帰ってきた。


「ただいま~、お~かわいいみわちゃん。今日はどんな一日だったかな~?」

 と、言ってあたしの顔をさらっと見ると安心して、

 さっさと風呂へ向かったパパ。


 その後から、眉間にしわを寄せながら

「ちゃんとお夕飯、温めて食べたの?」

 と、お皿をチェックしているママ。

 

 大抵いつもこのくらいの時間に二人して戻って来るんだ。


 二人とも職場が同じだからね。


 ママのお父さんは娘婿もお医者さんだから安心して病院を任せてるって訳だけど、

 そこそこ大きい病院は大変そうで、ママはいつもため息ばかりが出てしまうみたい。


「ああ、翔ちゃん来週にも退院できそうなの。

 退院してきたらすぐには動けないから、いろいろと美羽に頼む事になるわ。お願いね」

 ママは、パパのご飯を作りながら簡単に言った。


 お願いねって、断ったらどうなるのかな。

 断る事できないよね、

 そうするとかなり命令と受け止めなきゃいけないかもね。


 家事らしいことできないあたしにとって、かなりきつい事にならなきゃいいんだけど。


 仲のいい二人は、結婚っていいなっと思わせるように何でも一緒だ。

 たまに、あたしなんかが入れないような真剣な話なんかもしていて、

 子どもから見ても理想の夫婦って感じ。


 お隣のたもっちゃんの家だって仲が良いパパとママがいて、

 家族ってそんな夫婦がいて成り立ってるんだって思ってた。



 夏休みがはじまったと思ったら、兄貴は元気に松葉杖で退院してきた。


 かゆがっていた足の包帯も簡単なものになってたの。

 指先も出ているので、もうちょっとで完治的な印象を受けた。

 なんだ、早く治りそうじゃん。心配して損しちゃったな。


 だけど思った以上に動きの鈍い兄貴。

 気を使って飲み物や雑誌まで取ってあげてたのが、

 一週間以上たつと、だんだん苦痛になってきた。


「あのさぁ~、飲み物くらい自分で取れるんじゃないの?いいかげん」


 いらいらしながら兄貴に向かって言ってみると、すっごく嬉しそうに


「え?取れるよ。

 なんか美羽がこんなにしてくれる事ってもうないような気がしたんで、

 ちょっと甘えてみたんだけど、ははは」

 だって。


「動けよ!」

 ああ、あたしの楽しい夏休み、兄貴の世話で終わらせてしまうとこだった。


 結構、こいつは変化球を投げてくるじゃん。

 思ったままに態度に言葉にでてしまう柚花とは、全然違うタイプだよな。


 優等生の裏側で、いろんな事考えてるのかもしれない。

 あたしには、わかんない兄貴の裏側。


 だけど、その日から兄貴はあたしに頼んでいた事みんな自分でやり始めた。

 下に落ちた物を拾うのは一苦労みたいだったけどそのほかのことは何でもできるみたいで、

 あたしは安心して柚花と出かける事ができそうでうれしかった。



 久しぶりに真夏の太陽の下に出た。


 市民プールに来たあたしの前には、ちょっと恥ずかしそうな水着姿の柚花がいた。


「よかったね、翔先輩」

 兄貴の事心配でしょうがなかったみたいで、本当にうれしそうだった。


 あたし達は、真夏のぎらぎらが気持ちよく感じる水の中で泳いだ。

 思ったより柚花が水泳が得意だったんでびっくりした。


 平泳ぎしながら、たまに上を向いてぷかぷか浮かんでるだけだけど

 とっても幸せな気がするのはなんでだろうね。


 ふと思い出して口にする。

「兄貴にいい子いい子されちゃって、ちょっと嬉しかった?」


 ザバン 水しぶき。


「涙が急に止まっちゃうくらい、どきどきした!

 おうちに帰ってからも思い出すとどきどきが止まらないの」


 立ち上がった柚花の頬を、前髪から落ちる水の雫がぬらす。

 兄貴に恋する女の子。


 そうか、どきどきしたんだね。

 あんなお気楽変化球ボーイだけど、彼女には素敵に見えるんだろうな。


「おお~い、みわ~、翔の具合どうだ~」


 まったりと楽しんでるのにやっぱり壊すのはこの声の持ち主、水嶋保。


 野球部の連中と泳ぎに来たんだろう、

 たもっちゃんは手足だけ真っ黒の土方焼け。

 仲間もおんなじ身体だけ日焼けしてないから白い。


「そう思ったら兄貴のとこ行って見ればいいじゃん!」


 へらへら笑いながら

「翔って、案外わがまま言うんだぜ。俺にはさ!」


 たもっちゃんにわがまま言いたくなる、その気持ちはわかる。

 なに言っても笑って答えてくれるし、

 すぐに動いてくれちゃうたもっちゃんは、つまんない時のおもちゃみたいに楽しいもん。


 でも、やだなって思うこともあるのかな?

 だから、兄貴のとここないのかな?


「試合負けちゃったの、俺のせいじゃん!」


「え?」


「翔にたよってたのかもな、俺」


 もう当の昔にそんな事忘れてると思っていた。

 というか、あたし達は試合に負けたときは落ち込んでたけど、

 兄貴のくったくない笑顔をみてからは忘れていた事だった。


 何てことだろう、

 たもっちゃんは責任感じちゃって兄貴のとこに顔見せてないなんて。


「沢岡先輩のところに、はやく行ってあげてください!

 もう、試合が負けたとかそんな事考えてませんから!」

 柚花がぬれた髪をかき上げながら、強い調子で言う。


 そう、兄貴は先のこと考えてるよ。


 悔しい事はばねにして、次につながるステップに変えようと。


 たもっちゃんの笑った瞳が空にでき始めた入道雲のりんかくをなぞっていく。


「帰りによってみるよ」


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