夢で見た話
「お父さんおかえり〜」
団地の扉が重い音を立てて閉まるのを背中で聞いて、腰の辺りにまとわる息子の頭を撫でて、ただいまと言った。
2LDKと手狭ながら、親子三人で住むには不便の無い我が家は、埼玉県でも少し奥まった、所沢の更に先と言った立地だったが、県営住宅という事もあって、薄給の自分にはありがたい家賃である。
「パパ着替えるから、お皿並べといて〜」
妻が先程か香るカレー鍋の前から息子に呼び掛ける。
はーいと、少々不服な感じで落ちた声で息子が自分の腰から離れる。
カチャカチャという息子が背伸びをしながら食器棚からカレー皿を下ろす音を聞きながら、ジャケットから袖を抜いてハンガーに掛ける。
「今日は早かったのね、」
妻がパジャマを持って来てくれた。
「ああ、一旦プロジェクトが落ち着いたからね。明日は有給って事にしたし、買い物でも行こうか。あれの誕生日プレゼントも買わないとけないしな」
背の高い食器棚に苦戦しつつも皿を取り出す息子に顎をしゃくって言う。
「あー、でも今あの子が欲しいニンテンドーDS、ほとんど売ってないのよ。入荷があっても抽選販売とかで、難しいかもよ?」
それは俺も知ってる。
っていうか俺だって欲しいよ。DS。ちょこちょこヨドバシのネットショップで抽選受けてるけど、まだ手に入らない。息子の分と自分の分、っていうか妻もゲームは好きだし、本当なら三台欲しいというのが正直な所だ。
「まぁ何軒か回ってみよう、手に入ればラッキーだし、駄目ならブックオフとかで、ちょっと割高でも買ってやろう。一人息子の誕生日だからな」
親バカを見る目で俺を見た妻がため息をついて言う。
「結婚前は、子供ができても、子供より私の方が好きなままだって言ってたのに……」
こういう事を結婚八年を数えてもまだ言う妻は可愛いなと思う。
「君はさ……」
苦笑いをしながら、まんざらでもない感情で言う俺。
「お皿並べたから早く〜」
息子が呼んでる。
ちょっとムラっときた気持ちは息子が寝静まるまで置いておこう。ムスコはそれから起きてくるんだけど。
翌朝、小学校に出掛ける息子を送り出し、俺も妻と出掛ける用意をする。
……はずだったんだけど、ちょっとエッチな感じの下着を着けた奥さんにまたもやムラっときてしまった。
弟か妹が居ても良くない? とかテキトーな事を言って朝っぱらから致してしまうエロ夫婦ですいません。
閑話休題。
平日昼間のショッピングモールは、思ったより人が出ていた。
運良くその日は、ディスカウントストアにDSが入荷する日だったので、抽選券を夫婦で二枚受け取り、抽選の時間まで、久々のデートと洒落こむ。
妻は可愛い。
ぽわんとした雰囲気で、芸能人で言うなら相田翔子に少し似ている。
黒髪のロングヘアに白いロングワンピ、薄い青のジャケット、KANGOLのリュックと、普通なら三十路のオバサンがする格好じゃないけど、不思議と似合ってしまう。
俺はロリコンなのかもしれんなぁ。
「ね、ちょっとこれ羽織って」
ラコステのコーデュロイジャケット……俺、そこまでオッサンじゃないよ? 君と同い年やで?
そんな風に思いつつも、羽織ってみる。
おや、悪くないじゃん。
少しずつ秋から冬に近付いてきて、少し肌寒くなってきたのもあって、コーデュロイが温かい。
「いくらって?」
言いながら値札を探す。
「あった! えーっと……」
首筋にあったタグを妻が見ながら言う。
「いくらって?」
繰り返す俺に、あんまり似合わないかもねなんて言う妻。
そうか、高かったか。
その後、なんだかんだ飯を食ったり、買うつもりも無かった大きな熊のぬいぐるみを買ってみたりしながら、夫婦デートを楽しんだ。
楽しかった。
DSの抽選にも、妻の分の抽選が当たり、これで誕生日プレゼントも完璧だ。色は選べず、地味な紺色になっけど、それはしょうが無かろう。
「楽しかったね」
「うん」
「また、たまには二人だけでデートしようね」
「うん」
「本当に?」
「……うん」
「何で間があったの?w」
「いや……」
「そっか」
「うん」
「またね」
「……うん」
また会いたいよ。
いつでも一緒に居たい。
息子が帰って来て、プレゼント渡したら、喜んでくれるだろうね。
何て言ってくれるかな。
弟か妹が出来たら、喜ぶかな。
いつかまた。
君たちに会う為に、俺は戻ってくるよ。
本当は戻っちゃ駄目だってのは知ってるし分かってんだわ。
それにきっと起きたら俺はまた泣くんだ。
きっとこんな日々は、本当にあったんだろうな。
あの日、君と、お腹の子が、事故で死ななければ。