「DVD/暗闇/あんぱん」
某ニコ生にて行われた『即興三第噺』より。
タイトルの3つテーマを全部入れて即興ショートショートを書くという遊びです。
安普請な造りのアパート。隣家の生活音がダイレクトに聞こえてしまう。
「どうしてアンタは言う事が聞けないのっ!」
「ごべんなざぁぁぁぁい」
今日も隣の母子家庭が住む部屋から、悲壮感をたっぷりと含んだ絶叫にこそ近い言葉が壁を抜けて聞こえてくる。
『うるさい』という意思を込めて拳で叩いて伝えると、「うううううっ」という唸りにも似た母親の声色に続いて、何をされているのか想いを馳せたくもない、娘さんの泣き叫ぶ声が追従する。
何度かしか目にした事はないが、隣家の娘さんは5~6歳、母親は20代後半~30代前半と言った年頃だった。
父親の姿は見た事は無いので、いわゆるシングルマザーなのだろう。
ある日、俺がバイトから帰る頃、ケバケバしく着飾った母親とすれ違った事もあるし、水商売で生計を立てている事が窺い知れたが、そんな日は、むしろ安眠を妨害する躾の怒声に悩まされず床に就く事ができ、俺にとっては都合が良い。
逆に最悪なのは、深夜を回って、件の母親が客なのか男を連れ立って帰ってくるパターンだ。
酒に酔ったまま帰宅し、そのままコトに及ぶ。
無論、その傍らには娘が居るわけで、男女の喘ぎ声に少女の泣き声が混じりだし、終いには大人二人の怒号に差し換わる。
大概の場合に置いて、その後は男が室内で暴れ、乱暴にドアを閉めて帰った後、母親の怒声と少女の痛々しい声で俺の睡眠は完全に中止されるのである。
とは言え、この安いアパートから引っ越すだけの蓄えが学生である俺には無い。
やむなく大家に文句を言って我慢するしか無いのが現状だ。
そんなある冬の日の事だった。
友人宅で飲んで帰宅した俺は、肌を切る様な寒風の吹きすさぶ中、電灯が切れたアパートの廊下で、硬くなったアンパンを震える手と歯で、むしり取る様に齧り取っている、隣家の娘を見た。
室内には煌々と灯りが点っていたが、母親と連れ込んだ男が獣の様な声を上げていた。
普段は無関心を決め込んでいる俺ではあるが、一見してわかる程に少女の身体の至るところに痣を見て取ってしまえば、さすがに良心がメラッと上がる。
急いで自室に入った俺は学祭で使った覆面を被り、手には金属バットを持ち、隣家のドアノブを乱暴に開けて室内のケダモノ達に言い放つ。
「俺の名はDVD(ドメスティック・バイオレンス・デストロイヤー)!! てめぇらに天誅を下す!!」