百合
「百合ねぇ」
あまり興味なさげに亜美が溜息交じりに言った。その目は細められ、逸らすようにして虚空に泳いだ。
放課後の教室、小学校以来、十年ちょっとの間最も仲の良い亜美。そして私こと春香。夕焼けによってまるでオーブンの中に居る様で、私の体温も上がっている。
「だって大切な事じゃない。私も亜美だって…」
「分かってるよ。そんな事。でも、さ…」
さっきからずっとこの調子だ。平行線と言う訳ではないが、亜美が煮え切らない。
亜美と私は何をするにもいつも一緒だ。遠足の班も、登下校も、部活でベンチ要員な事も。だから今回も、と私が思ったって何も不思議じゃない。それは亜美だって分かってくれてるはずだった。少なくとも私はそう信じていた。なのに―――。
「私はさ、そりゃ好き、だったよ。ん、いや今でも好き、かな。でもさ…! でもそんなの不毛じゃんってずっと思ってた。大切な相手だってのは、その認めるけど、でもなんて言うか、ちょっと違うんだよ!」
ほらね。私の思った通り。亜美だって私と同じ気持ち。知ってた。
「大丈夫だよ、亜美」
私はそう言って、亜美の意外に細い肩をうしろから抱きしめる。亜美の短い髪からシャンプーの香りがする。亜美の体に力が入って強張るのがわかる。震えている。泣いているんだな、と思った私は「大丈夫だよ」と繰り返した。
「きっと忘れてなんか居ないよ」
そう耳元で囁いた私の声に呼応して、亜美の体が一層強張って、肩が持ち上がる。
亜美の嗚咽と、ゆるゆると落ちて行く太陽。赤を一瞬強めて宵闇に沈む教室で、私達は抱き合った。
小学校の頃大好きだった担任の先生が結婚するらしい。それはライクじゃなくラブの『好き』だった。私も亜美も。だから、精一杯の感謝と愛を込めて、私達は花を贈る事に決めた。私が提案したのは百合の花束。花言葉は、純粋と無垢。